3-155 ナンブルとナイール9











今回、閉じ込められたナイールの世話は、ずっと付き添っていてくれたナルメルに依頼された。



ナルメルは、ナイールの身体が冷えない様に気を使い温かい飲み物や背中を擦るなどして、二人の無事を祈った。





毎日子供たちが、先生のためにと鼻や木の実を持ってきてくれた。

子供たちもナイールと会えなくなって寂しかったが、そのことは必死に我慢してナイールの無事をみんなで祈ってくれていた。








さらに数日後……

いよいよ、身体に危険な兆候が表れ始めていた。




食事採ることができず、顔色も赤黒く悪い色になる。

それでもお腹の中の子は、出てこようとする気配はない。







「相当……頑固ね……この子も……一体……誰に……似たのかしら……うぅっ!?」






「ナイール、大丈夫!?……ほら、これを飲んで」






ナルメルは、ナイールの口に茶色い丸薬を入れ、口元に水を持っていく。

気持ちを落ち着かせると言われる草と、お腹に入れると清涼感の出る草と栄養価の高い木の実をすりつぶして果実の汁で丸めたものだった。

果実で味付けはしているが、決して楽に飲めるものではなかった。




ナイールは水を含み、一気に流し込んだ。






「ゴホッ!ゴホッ!」






ナイールの身体は、異物を体外に排出しようと反応する。





ナルメルは背中を擦り、ナイールのために自分がしてあげられることが何かないかと、思いついたことは何でもしていた。






「ありがとう……ナイール……少し……横に」





全ての言葉を伝えきれないまま、ナルメルは再び身体を横にする。


身重の身体は、仰向けにもうつ伏せにもなれないため、左右のどちらかを向くことしかできない。

毎回同じ体制で横になるため、身体も関節も悲鳴を上げていた。





そんなナイールを不憫に思いつつ、ナルメルは毛布を体にかけてあげた。





「……すぐそこにいますから、何かあったら声をかけてね。離せないときはこのベルを鳴らしてくれればいいから」







ナルメルは枕元に置いてあるベルを手に取り、左右に振った。

すると、耳に心地よい金属の高いきれいな音が”チリリーン……”と部屋中に響き渡った。





気を使うナイールも、この返事は笑顔で応えることができない。

眉間に皺を寄せ目をつぶり、小さく頷くのが精一杯だった。






ナルメルはくしゃくしゃなっているナイールの前髪を整えて、食べられることがなかったスープとパンを乗せたトレーを持ち上げて静かに部屋を出た。




隣の部屋では気を紛らわせるために、ハープでゆったりとした曲を弾いてくれている。

壁を挟んでいるため、音量も大きくはなく目をつぶって聴いていれば普通ならば気持ちよく眠ってしまいそうな雰囲気だった。





また再びナルメルが、この部屋に戻ってきた。

トレーの上にはナイールと自分の飲み物と、時間を過ごすための読み物を持って。






トレーをテーブルの上に置き、ナイールの方を見る。

先程の苦しそうにしていたのが、嘘のように静かに眠っていた。




その様子に安心したナルメルは自分の飲み物をカップに注ぎ、ナイールがまっすぐに見える位置の椅子に腰かけ本を手に取った。




本を開く前にもう一度、ナイールのベットを見る。

特に変わった様子もなく静かに眠っているようだった。





苦しんでいない様子に満足し、ナルメルは読みかけていた栞を挟んでいたページを開き前回の続きからの文字を探した。







――??







丸めるは脳裏に浮かんだ、直前の映像の違和感に気付く。



穏やかな気持ちが一変し、心が不安に塗り替えられていく。







「……ナイール?」




ナルメルは驚かせてはいけないと、小さな声で名前を呼んだ。

だが、その呼びかけには全く反応を示さない。








「ナイール?」









次は普通に話しかけるような音量で、呼びかけてみた。

普通であれば、このくらいの音量だと何らかの反応を示す音量だ。





だが、この音量にも反応が無いため、ナルメルはナイールの身体を触りながら声を掛けた。





「ナイール!?」





”これで目を覚まして返事をして欲しい……”





そんな願いも込めながら、ナルメルは肩を揺らしながらナイールの名を呼んだ。

だが、その声に反応はなかった。








「誰か!お願い、誰か来て!!ナイールが……ナイールが!?」




隣の部屋で待機している、ヒールを使えるエルフを大声で呼んだ。







その呼びかけに応じて、医療班が入りナイールの状態を確認する。


ナルメルは、必死に姉の名前を呼ぶ。

何度も何度も、その目が開くまで叫び続けるつもりでいた。




だが、その声は悲鳴にかわりつつあるため、近くにいたエルフがナルメルの肩を掴んでその行為を止めさせる。










術者の手が光、その光はナイールの胸に当てられる。


ヒールの魔法は、効果があるとその魔法の反応として治癒対象も発光する。

それによって組織や臓器の損傷が元に戻っていく。




だが、ナイールの身体は何の反応も見せない。









「ナイール!?」






遠くから掛けてきたのは、夫のナンブル。


何か緊急なことがあれば、自分に連絡をして欲しいと頼んでいた。





そして、部屋に入り保護されているナルメルを見つける。







「ナルメル!……ナイールはどんな様子だ!?」





ナンブルは、向こうのベットで対応しているのを邪魔しては悪いと、この場にいたはずのナルメルに状況を聞いた。




ナルメルは、兄の問いかけに辛うじて答える。

苦しそうにしていたのでいつもの丸薬を飲ませ、部屋を一度出て戻ってきた時には声をかけても返事がなかったことを説明する。





さらに遅れて、村長のサイロンとゾンデルが到着する。




サイロンは、医療班にもっとヒールの魔法を要求するが、結局はゾンデルが意味がないことを説明し止めた。





一番最後に、ナンブルが治療の停止を申し込んだ。

まだ温かい、ナイールの頬をなでながら。









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