3-49 二人の生活






「お前、名前は?」



「す、スズナと申します」






二人は、洞窟の中で一緒に暮らすようになった。

スズナは、目は見えないが次第に慣れてきて洞窟の中や近くの森で草木や木の実を採ってこれるようにまでなっていた。

料理は、当初道具もなく今ある技術と素材だけで調理していた。


時が経つにつれ、妖精はスズナの要望に応えるべく道具やその手助けを行うようになった。







「スズナ、お前の家族は今どこに?」



「小さなころから売られてしまったため、家族の記憶があまりないのです……ですが、兄上がいたことはうっすらと覚えております。あの……」



「ん?どうした?」






「精霊様のことを、”兄上”とお呼びしてもよろしいでしょうか?……ずっとそう呼べるお方に出会えることに憧れておりまして。もしくはお名前がありましたら、そちらでお呼びさせて頂ければ」




妖精はその言葉に動揺した。

名前は、一度も付けられたことはない。

この少女は自分に呼び名を点けてくれるというのだ。





「う、うむ。名は無いが、スズナの好きなように呼ぶといい」




「え!?ほ、本当ですか!」




スズナは喜びのあまり飛び跳ねて、洞窟の天井で頭を打ち抱え込んだ。





「おい……相当すごい音がしたが、大丈夫か?」



「えへへ……大丈夫です、”お兄様”」





スズナは、妖精の言葉に恥ずかしそうに応えた。





そこから数年、二人に穏やかな日々が流れていく。

生活も落ち着き、こんな日々が最後まで続いて行くと信じていた。





「こほっこほっ……」




「どうした?体調が悪いのか?」



「ちょっと頭が重くて寒いです……」



妖精は、身体の状況を確認すると軽い病原菌に感染しているのが確認できた。

この症状は、水の力では対応ができない症状だった。


だが、これくらいなら通常は休んでいれば回復するだろうとスズナをゆっくりと休ませることにした。




「スズナは、今日はこのまま休め。今日の仕事は、私が代わりにやろう」




「すみません、お兄様。有難うございます」




そう言われた妖精は、横になったスズナに毛布を掛けスズナの頭を優しく撫でた。

次第にスズナは、その心地よさに眠りについた。







「そういえば、この症状にはあの薬草が効いたな……」




妖精はスズナが眠ったことを確認し、立ち上がって薬草を入れる袋を持って洞窟の外へ出かけた。













「おい……この辺りだ。見つからないよう、注意しろよ」





「「へい!」」




見知らぬ男たちが、川の上流を目指し上ってくる。



そして滝までたどり着き、その後ろ側にある洞窟に気が付いた。






「あ。お兄様、戻られたので……きゃ!?」







「チッ、じたばたするな!……おい、さっさと袋に詰めて運び出せ!」





スズナはその男たちに口をふさがれ、手足をロープで縛られた状態で乱暴に袋に入れられた。




「やっと……やっとこの時がきたぜ?スズナ、待たされた間の分まで、十分に楽しませてもらうからなぁ!」













「おい、戻ったぞ。この時期には生えてない薬草だったからな、少し時間がかかって申し訳なかったな。……スズナ、具合はどうだ?」






妖精の呼びかけに、返ってくるいつもの言葉はなかった。






「――?おい、スズナ!?」





妖精は、出かける前まで寝ていた場所にスズナがいないことに気付いた。





妖精は薬草の入った袋を投げ捨て、急いで洞窟から飛び出し空からスズナに対して呼びかけた。





「スズナ!スズナ!!返事をしろ!!」






必死の呼びかけにも、その返事は返ってこない。







そして随分と時間が経ち、川の下流に近い場所で人が裸で倒れているのを見つけた。


その場に近寄ると、それはまさしくスズナの特徴と重なる部位が多かった。






精霊は、力が抜けた傷付いた身体の少女の身体を起こし名前を呼び掛けた。






「す……スズナ」






「お、お兄様……わ、私……怖かった……殴られるよりも……足蹴にされるよりも……お兄様、怖かった……」





妖精は、スズナの身体を自分のローブで包み優しく抱きしめた。






「いい……今は何も言わなくていい。スズナが無事で……よかった」





スズナの顔に、妖精の目から伝う水滴が落ちていった。

















スズナの症状は、日に日に悪化していく。

薬草も聞かず、水の力で身体の巡りを良くしても何の効果も見られなかった。


不運なことに、あの日の暴行によって堕胎し身体も心も損傷が激しかった。






朦朧とした意識の中で、スズナは最も近い家族を呼んだ。




「お……お兄……様」





「どうした?私はここにいるぞ」




「今まで……有難う……ござい……ました。本当の……家族のようで……スズナは……幸せ……でした」




「何を言う。お前こそ、私の契約者……いや、私の家族になってくれた。こちらが、礼を言うところだ」




「わたし、もう……疲れました……眠い……です」





妖精は、スズナの手をとり見えない目を見つめた。






「あぁ、少し寝るといい。私はずっと、ここにいる」







スズナはその言葉に安心し、少し口元が微笑んだ。




「お兄様の……手……温かい……気持ちい……い」







そういうと、スズナの身体から力が抜けていく。





「……スズナ?」




妖精の呼びかけた声に、反応は無い。


身体の血液の流れを見ると、動いていないことが見えた。






「スズナ……」






妖精はもう一度その名前を呼び、スズナの両手を胸の前で合わせた。


スズナの亡骸の周りに、水の元素が集まっていく。

そして妖精はスズナの身体を、氷漬けにした。


妖精が愛した、少女のままでいられる様に。









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