3-46 滝の裏の主






『誰だ、お前たちは……ここへ何しに来た?』



姿の見えない声に、アルベルトは答えた。




「ここに病に効く苔が生えていると聞き、それを採りに参りました」




『そのようなものはここにはない……早々に立ち去るがいい』




「待ってください!私たちの友人が、病で危ない状況なのです。何か助かる方法をご存じないでしょうか!?」





ハルナは、こちら側だけの事情で申し訳ないと思いつつもエレーナの命に関わることなので、必死にお願いをした。







『こちらが知ったことではない。これ以上ここにいるとただではすまんぞ、早々に立ち去れ!』





「お願いします、何かご存じなら……え?」






その瞬間、ハルナの身体に軽い衝撃波が通り抜ける。


だが、ハルナの身体には何も変化がなかった。




「なに?何かしたの?」





『そうか……お前は精霊使いか。しかし、隣のやつは無事ではない様だぞ』




ハルナは隣を見ると、アルベルトが脂汗を流しながら崩れ落ちない様に必死に耐えている。





「アルベルトさん!どうしたんですか!?」





ハルナは、アルベルトの肩に手をやり身体を支えた。





「は……ハルナさんは、へ、平気なのです……ね。風が吹いたと思ったら、急に頭が割れそうに……痛くなって……ぐっ!」






いつも丈夫なアルベルトが、ここまで苦しんでいる姿をみるのは初めてだった。

これが、この声の主の仕業であることは判ったがどうすればいいのか、ハルナは判断に迷う。







『このまま大人しく帰るならば助けてやろう。だが、二度とここには近寄らないことを誓え。……いや。そうだ、いいことを思いつた。もう一つ選択肢を与えてやろう。苔を上げてもいいがそいつは一生そのままで過ごすことになる。ただ、この苔がお前たちが掛かっている病気に効くとは限らんがな――さて、どっちを選ぶ?』





アルベルトはこの選択を、ハルナに託した。

アルベルトは、あくまで王選の付き添いという立場という立場であるからだ。

重要な決断については、王選として選ばれた王子、またはその精霊使いが行うべきだとの判断だった。





「え、そんな。どうしよう……」





『早く決めないか。あと二十数える間に決めないと、どちらも逃してしまうことになるぞ。……二十』




ゆっくりと焦らせるように、声の主のカウントダウンは進んで行く。




『……十二……十一』





その時、ハルナの指輪がうっすらと光を帯びた。






(ハル姉ちゃん!?なんとか話は出来そうだね)




(フーちゃん、よかった。さっきの衝撃波でフーちゃんのことが感じられなくなって……無事なんだね)




(どうやら、さっきの力で封じ込められたみたい。あの人かなり力のある妖精だよ!)




「え?あの人、妖精なの!?」






ハルナは驚きのあまり、心の中の会話を大声に出してしまった。





「――グハッ!」






その瞬間アルベルトの頭は痛みから解放され、楽になったことで力が抜けその場に膝を立てて崩れ落ちた。





「アルベルトさん、大丈夫ですか!?」



「た、助かりました。ハルナさん……」







抑制が解かれた途端、フウカが姿を見せた。




「やっと出てこれたー!」






「私の正体を見破ったのは、お前たちが初めてだぞ」






その声のは、ハルナたちに向かって近付いてきた。





入り口から入る微かな明かりが、そのシルエットを浮かび上がらせた。





「……お前、風だな?久しぶりに、人型の精霊と出会ったよ。少しだけ懐かしいな」





「あなた、精霊なの?そんな風には見えないけど……」




「お前が契約者か……ん?お前、既に……いや少し違うな。お前はこの世の者じゃないのか?」




「そうです……信じてもらえないかもしれませんが、私は違う世界からやってきたのです」



「それなのに、精霊と契約……できたのか?」



「そのようです。あ、この子が私の精霊で”フウカ”ちゃんです」



「なるほどな。繋がりは、強いな。だが、まだまだうまく使いこなせてないな。……しかし、世の中まだまだ知らぬことが多いな」




妖精はさらにハルナたちに近寄り、その顔ははっきりと見えた。

背丈は青年のようで、アルベルトよりは小さめだった。


髪は肩までかかり薄い緑色で、ブラウンの目をした男性だった。

元は白色だったグレイのローブを纏い、素足のままこちらに向かってきた。





「お前たちが、悪いものではないことは初めからわかっていた。だが、お前たちの力になるものはここにはない」




「その苔というのは……」




アルベルトが意識を正常に戻し、話しの中に加わってきた。




「確かにはるか昔に、人を気まぐれで助けてやったことはある。だがそれは苔の力ではない」




「と、いいますと?」



「それは、私の”水の力”をもって体内を正常化しただけなのだ。しかし、そんな力が判ってしまえば、”人間”は私を利用しに押し寄せてくるだろ?」



「その力を隠すために……苔を?」




「そうだ、なかなか物分かりがいいな。そうすれば、こんな危険な場所には中々来ることはできないし、生息している数も限られているからな」




「失礼とは思いますが、その力をどうかお貸し頂けませんでしょうか」






アルベルトは妖精に深く頭を下げ、お願いする。






「人間よ、悪いがその力は私にはもう使えぬのだ……」



「それは、何故ですか?」




アルベルトは、何とか希望がないか食い下がる。





妖精は、静かに上半身ローブを脱いでその身体を見せる。




「見よ……私は過ちを犯し、既に魔に置かされているのだ」








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