2-90 奥の手





警備兵の隊長は、エレーナたちに向かって上から声を掛ける。

その目は血走っており、正常な精神状態でないことが伺える。





「申し訳ないが、東の方々がこれ以上西の国の事情に関与しないでいただきたいのだが」



「この状況は、とてもお願いされているようには見えないんだけど?」






エレーナが、水の球を浮かべながら隊長に声を掛ける。






「そうだな、確かにこれはお願いではない。こちらからの一方的な命令なのだ。我が警備隊は西の国でも上位の番号を持つ部隊だ。たかだか八人では抵抗すらできまい。大人しくここいらで事故にあってほしいのだよ」



「……なるほどね、道理で早いペースで登っているのだと思ったわ。引き離したところで、隠しておいた兵に襲わせて”事故”に見せかけようとしていたわけね」





ルーシーは腕を組みながら、自分の推理を続けた。





「だけど、思った以上についてくる者だから、強硬手段に出たということね」



「ふん。その考えが当たっとしても、何の意味もないわ!お前たちは、ここで魔物に襲われて消息不明になるのだからなぁ!!」






叫びながら、隊長は上げていた手を振り下ろす。

その合図で構えていた弓から、エレーナたちに向かって矢が放たれた。




同時に目の前に石の壁が現れて、次々と矢を弾いて行く。






「ちいっ!やはりあの石の使い手は厄介だ。まずは、あの女を狙え!!」





その命令で、兵士たちは石の壁を越えるように弓をやや情報に向けて矢を放った。

それと同時に石の壁は消え、そこから二人の男が飛び出してくる。





「ぐわっ!!」





油断していた兵が、アルベルトの剣の腹で頭部を強打され、脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちる。





アリルビートは反対側の兵の弓を切り、使えなくしていく。





――ブオォッ!





火柱が上がり、放物線を描いて飛んでくる矢は全て焼失してソルベティの元には届くことはなかった。


ルーシーは白い火の玉を飛ばし、警備兵が手にした剣を溶かし使い物にならなくしていく。






次々と自慢の兵隊たちの戦闘力を奪われていく様をみて、隊長の顔は赤黒く染まっていく。



腰に下げていた長剣を抜いて、両手で構えて叫んだ。





「お、お前らぁ!西の上位警備兵の実力を舐めるな!!!」





そう言って男は、坂の上という有利な地理を利用して、エレーナに飛び掛かるために身を低くして地面を蹴り上げた。


が、蹴った足が地面から離れる感覚はなかった。

そのままの勢いは止まらず、足元を中心として弧を描くように倒れこんだ。





「グアァッ!」





地面に打ち付けられた痛みと足が何らかの力により固定され、足首本来の稼働範囲を無視した方向に曲がってしまい捻挫したような痛みが走る。

隊長は打ち付けた顔面の土を払いながら足元を見ると、足が氷で固められていた。






「き、貴様の仕業か!?」





エレーナは腕を組んで、傷だらけの男の顔を見下ろす。






「失礼ね……エレーナっていう親からもらった立派な名前があるんですけど?」





エレーナは目の前の男が倒れた時に手放した長剣を、足で蹴って男から離した。

その他の警備兵も戦闘力を奪い、抵抗する気はなくなっていた。





「さて、これはどういうことなのか説明してもらいましょうか?」



「いい気になるなよ、小娘が……戦闘は、二手三手先を用意しておくものなのだよ……」





――ピィッ!





男は指笛で、どこかに合図を送る。






――しまった!?




エレーナは、身を固めて相手の攻撃に備えた。

多少の攻撃を受けても仕方がない、油断していた自分が悪いのだから。


アルベルトがにエレーナの盾になろうと、こちらに向かってきているのが見えた。

そんなアルベルトの姿を見て、何故かエレーナは嬉しくなる。




”絶対に防いでみせる!”




エレーナは強い気持ちで、奇襲に対して準備をする。





……が、しばらく経っても何も起きない。


アルベルトがエレーナの傍に盾を構えても、全く何も起こらなかった。





下を見ると、隊長だった男の顔が真っ赤な怒りの色から普通の色に戻っており、余裕の視線も消えていた。




――ガサ



茂みから音がして、エレーナは音の方に振り向いた。

するとそこにはメイヤの前に見知らぬ男が顔を腫らして立っていた。





「メイヤ……その人は?」



「はい、草むらに隠れて何か良からぬことを企んでいたようでしたので、”少々”お願いをしてお話しを聞かせて頂きました」



「あ……そうなの?」





エレーナは二人の男に、同情しかけたが命を狙われていたのだから同情どころではなかった。





「……で、その”二手三手”というのは、どこに仕掛けたんだ?」





アリルビートが、手の指の関節を鳴らしながら近寄ってきた。


隊長の顔は、徐々に真っ白になっていく。

自分の状況を、徐々に把握し始めたようだった。




「……全て、見透かされていた訳か」



「前のゴーフっていう方でしたかしら?あの方も同じ手を使ってらっしゃったのよ?」





メイヤは、事前にソフィーネからハルナ達の時に茂みに隠してあった兵の話を聞いていた。

まさか同じ手を使うとは思ってもいなかったが、シュクルスを狙った矢の方向から茂みの中をメイヤは注視していた。

その意味もあり、最後方をメイヤは歩いていた。




エレーナたちは、警備兵の武器や装備品を全て回収し、ルーシーとソルベティの炎で全て焼き尽くした。



そのまま、ソルベティとシュクルスがこれ以上抵抗しない様に紐で手首を縛っていく。



その状態のまま、エレーナたちは西側の国を目指していった。








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