2-85 アーリスの料理
ボーキンは、石の檻の前に立つ。
中の男たちは酷く怯え、壁に向かい頭を抱えて身体を丸めていた。
「……ゴーフ、久しぶりだな」
ボーキンは中の警備兵の隊長に向かって言葉を掛けた。
名前を呼ばれた男は、その懐かしい声に向かってゆっくりと顔を見せる。
「ボ……ボーキン隊長」
男は弱々しい声で、言葉を返す。
「お前がなぜいまこうなっているのか……わかるな?」
「はい、あの日隊長の忠告を聞いていなかったからです。じ……自分の考えが浅はかであったためです」
「ゴーフ様……」
「お、エルメトか。お前も愚かな私を笑いに来たか?……と、すまんな。私はお前の妹の忠告も聞かず、さらには命を奪おうとしていた……申し訳ない」
ゴーフと呼ばれた男は、まだ先ほどの恐怖を引きずったまま檻の向こうのボーキンたちと会話を続ける。
「今回の件、誰かの命令なのか?それとも自分の意思で行ったのか?」
「今回の件は、私の判断で行いました。ただ、直接は命令されておりませんが、上の方から圧力がかかりこの作戦……私が放火するような流れになっていたのです」
「だが、やったのはお前だ、ゴーフ。それについての裁きを受けねばならん、良いな?」
「はい……どのような結果になろうとも覚悟しております」
「……ゴーフさん」
ゴーフは、ボーキンの後ろから現れた、ここにはいないはずの人物を目の当たりにして行動が止まる。
そして驚きを何とか押さえつけ、やっとの思いで言葉を口にした。
「ニーナ……王女……な、なぜこのような場所に!?」
「ゴーフさん、あなたのことはこのボーキンさんから聞いています、ここに至った今までの経緯も。率直に申し上げます……罪を償って私たちに力を貸していただけませんか?」
――!?
ゴーフの目は大きく見開いて、ニーナの姿から外れなかった。
「この私に……もう一度……?」
「はい。……ただ、今回の件を何もなかったことには当然できません。ですから今回の件で、一度は罪を償って頂きます。その後よろしければ、ゴーフさんの力をぜひお貸しいただけませんでしょうか」
「そうだ、ゴーフ。もう一度、俺の下でやり直せ。あの王子を王にしてはならん、この国を共に守っていこうぞ!」
「……ありがとう……ございます……」
ゴーフは、地面に両手を付き、涙を流しながら感謝を伝えた。
ニーナは再びハルナたちの元へ戻り、今の状況を伝えた。
「では、あの方は西の国で引き取られるということですね?」
「はい、大変勝手で申し訳ございませんが、大切な人材ですのでそのようにさせていただきたく思っております」
とはいえ、これから同盟を結ぶとなれば東の国にも許可を得なければならない。
しかも相手は、国というわけではなく、国の中の一部の派閥が相手となる。
まず、ドイルはこの話をハイレインに相談するため兵を一人馬で走らせた。
その内容については、ニーナの署名入りの書簡を持たせてある。
次に、今回襲撃した者たちの対処の仕方だった。
考え方は、ゴーフの時と同じ対応になるが、東の国も攻められていることを考慮すると黙ってはいられるものではない。
しかし西の国の関与が証明できないとなれば東だけで裁くことも可能であるが、西の王選の派閥が絡んでいるとなると、ニーナ派にとっては大きな証拠ともなりえる。
『……人間とはいろいろと不憫な生き物なのだな』
その話を聞いていたコボルトの長でさえも、思わずうなってしまう程だ。
だが、この悩みも当然の判断だろう。
これだけ大きな国が何かを決めるとなると、国の中で全員の意見は纏められない。
更にその次の国と国の間になると、お互いの利害関係も考慮されなければならなくなる。
特に今回は、西の国もこれからの王が争う片方を担ぐことになるため、反対の派閥からは東の国への非難が出てくるのは確実だろう。
万が一、反対の派閥がこの先政権を握ることになれば、両国間での戦争に発展する可能性さえある。
「はぁ……結局、ここで理想論を語り合っても決定権がない私たちにはどうしようもないわね」
「そんなことないですよ、エレーナさん。こうして様々なパターンが出せたのは良いことだと思いますし、国家間での話し合いになった時にも少しは生きてくるのではないですかね」
ルーシーは、今回の同盟については前向きだった。
”もしこのまま自分たちが国の仕事に携わったら”、とその時の場合のことも考慮していた。
とにかく、これ以上は新しい材料が入ってこなければ話の進展はなさそうだ。
――日も落ち始めたため、一同は食事をとることにした。
「で……では、我々はどこかで食料を調達してまいります。ここから近い町はどちらでしょうか?」
申し訳なさそうに、ニーナはエレーナに告げる。
ふと、横を見るとアーリスが当たり前のように、一同の食事を用意する手伝いをしていた。
「お、おい!アーリス、お前は何をしているんだ!?」
エルメトは、アーリスの厚かましい行動に怒りの声をあげる。
「え?何って、見てわからないの?食事の準備よ?」
「そうじゃなくって、相手の食料を……」
ドイルが。エルメトの言葉を遮る。
「良いのです、我々も少し多めに持ってきております。それに、アーリスさんは調理がお上手なんですね。とっても美味しい食事をご用意してくれるんですよ。よろしかったら、ご一緒にどうですか?」
「……うむ、ここはせっかくのご厚意に預かりましょう」
ボーキンは、ニーナにもそう告げ、エルメトもそれに従うことにした。
大きな焚火の前で、オリーブが用意した石のテーブルと椅子で、これから起こる大きな問題を忘れてひと時の食事を全員で楽しんだ。
そして、翌朝。
ハイレイン宛に出していた、兵がその返答を持って戻ってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます