エレーナとアルベルト、ときどきハルナ7




後から聞いた話によると、男たちに命令をしていたのはギルドにも属さない流れの商人の仕業だったとのこと。



この商人は、主に金貸しを業としていた。

金銭面で困っている弱いものを操り、高額な商品となる素材を集めて裁いていた。

確かに、危険度の高い討伐依頼だと、雇う戦士たちもかなり高額になる。

コレでは儲けがえられないため、こういった形をとっていたようだ。




勿論、その者たちが帰ってこなくても、少しの損失だけで済んだ。






ギルドに所属すれば商人同士のつながりがあり、ノウハウや援助も行ってもらえる。

しかし、口うるさいことを言われたり、自分のやりたくない仕事を押し付けられたりと嫌な面もある。



そういったことが煩わしいと感じる商人たちはギルドに所属せず、規律に縛られることなく商売を行うことを選ぶ者もいる。

貴族の中には、そういう商人をターゲットにして援助と称し、金を巻き上げようとする者もいるのだ。



ただ、ギルドはそういった商売をするものを否定はしない。

誰かに頼らずに、自分の手でのし上がっていく。そういった野心も、認めているのだ。

結局は食うか食われるかの世界で、生き延びていかなければならないことには変わりはない。


生き延びた者たちの中でギルドとして協力できるものがいれば、それはそれで良しとしていた。




今回はそういった商人たちの仕業であったらしい。が、実は後ろにギルド所属の商人が隠れていた。


その話がグスターヴまで届いたときは、ものすごく激怒したという。

それは報告書の中に、ハルナ達の名前を見つけたからだ。


ギルドの信頼を損なうようなこと、恩人たちに対して問題を起こしたこと。

これはギルド長として行う最後の裁きとして、処分を下した。

その後、その商人の行方を知る者はいなかったという。




今回の事件がきっかけで、後に動物や植物の保護法が生まれることなる。

これにより、みだりに乱獲を行ったりすることは禁じられ、希少生物たちの保護にもつながることだろう。

しかし、これは蔓延する病気や自然に淘汰されてしまうことに関しては保護されない。


人間でさえ自然の中で生きるもの、いつかは消えてしまう存在、種族かもしれない。

そうなればそれで、自然の中のごく当たり前の”流れ”なのだ。







「さぁ、最後の一日よ。張り切っていくわよ!」



「……もう、元気ね……」



「お酒もすっかり抜けたし、今日は最終日だから仕事を終わらせてパッと飲みましょう!」




(やれやれ……)



ハルナとアルベルトは、顔を合わせあきれた表情をした。







『おはようございます、アルベルト様、契約者様。本日もよろしくお願いします!』



「あぁ、おはようございます、長殿。今日もよろしくお願いします」





アルベルトが、長に向かって挨拶をする。

長は、昨日の一件でアルベルトの強さを認め信頼していた。


長は、自分が家族を守れなかったことを責めていた。

だが、それでも生きてくれている。完全にではないが、守ってくれていた恩のある人間に対して失礼なことができるはずもない。

まして、精霊様およびその契約者の傍にいる方なのだ……と。






長は誇らしげにアルベルトを背に乗せ、森の中を進んでいく。


昨日のように過度な緊張を必要とすることもなく、ただただ森の中を調査するだけであることがとても楽に思えた。





「でもまぁ、運が良かったよね。あんなにすぐ見つけられるとは思ってなかったし」



「ギガスベアさんたちのおかげでもあるよね?」



「そうですね……私たちだけだと、すれ違っていた可能性もありますし、その間にやられていただけという可能性もあったでしょうね」



「町に戻ってから調査しても、最終的には防げたかもしれないけど、その間の被害を考えると……ねぇ」



『我らも、こうしてお話しができる精霊様と出会えた運命(こと)に感謝ですな!』





後ろをついて歩くその他の熊も、頷いている。





『……ところで、アルベルト様』



「……どうしました?」




長は、周囲を確認しながら走行ポイントを地図上でチェックする背中のアルベルトに問いかける。




『アルベルト様は、どちらの方と”お契り”に?』




――ガタッ!




アルベルトは書きかけの地図の板を落としそうになり、エレーナはギガスベアから滑り落ちそうになっていた。





『ドウサレマシタ、ケイヤクシャサマ?』



「え!? ……えぇ。大丈夫、何でもないわ」




その様子をみて、笑いをこらえるハルナ。




『アルベルト様がよろしければ、我が一族の一頭を差し上げても良いと思っているのです。いつまでもお傍にお仕えさせて愛でて頂き、その……できれば……子を……』





「え?……あ、有難うございます、長殿。今回はご厚意だけ、受け取っておきます」




まさか、断られるとは思っていなかった長。

予想していなかった返答に対して、がっかりする。




『……そうですよ……ね……お二人の契約者様の方が、お似合いですし……一族(うち)の娘たちなど……』





未練がましい独り言はいつまでも続いた





そして、最後の地点に到着し、調査が完了した。




「やったー!終わった!!!」



「ハルナさんもお疲れ様でした。そして長たちも、ご協力ありがとうございました」




『……いえ、いいんですよ。(先ほどのショックに比べれば)大したことではないです……』





実際、ギガスベアがいるとそれ以下の力の獣たちは襲ってこなかった。

遠目から顔を出したりはするが、こちらを威嚇することなどはなかった。



実際追い払うだけでも、それなりに気力を使うので調査の進行には遅れが生じがちだった。

なので、この二日間の進行はスムーズに行われ、無事に任務は完了した。





「それじゃ、戻って最後の宴よ!!!」



「『「おー!!!」』」





一同はテントに戻ってきた。





ギガスベアは大きな葉に木の実みや果物を乗せ、帰りを待っていた。

火が怖いことや、手も器用ではないので調理はされていない。

”自然の風味をそのままお召し上がりください”といった感じだ。


これが、彼らなりのおもてなしだった。





焚火から少し離れた場所に会場をつくり、みんなで楽しんだ。



アルベルトに模擬戦を挑むもの。

ハルナに絡みつく子熊たち。

エレーナに”異なる種では子ができない”と慰められる長。



みんなで、最後の夜を楽しんだ。



後半戦、エレーナは新しいお酒の筒を出す。

初日に飲んだ焼酎のような酒の二本目を隠してあった。



月が頭の上に差し掛かるころ、周りに酒を勧められても頑なに断っていたアルベルトが”一口だけ”という条件付きで付き合った。





そして、数分すると



……クラ――ドシン!!!




アルベルトは目を回して倒れる。

やっぱりお酒は弱かった。



勧た周りのギガスベアたちは母熊に怒られた。

彼らの英雄に無理をさせたためだった。




その辺りから、会場の雰囲気が変わり宴会は終演に向かっていく。



ギガスベアたちは片付け始める。

ハルナ達も手伝おうとしたが、任せてほしいとのことでその言葉に甘えた。


そして、完全に宴会はお開きとなった。



















月が頭の真上を通り過ぎていった。

焚火も薪が少なくなり、火力がやや落ちてきた。

しかし、三人が一晩過ごす分には問題がなかった。




アルベルトはいま、エレーナの膝の上で眠っている。

アルベルトが起きないようにじっとしていて、その片手にはお酒の入ったカップを持っていた。


退屈をしのぐため、エレーナの精霊が周りをくるくると飛び回っていた。

時々、グラスの中に氷を入れてくれたりしている。


その反対の手で、アルベルトの髪の毛を優しくずっと撫でていた。





「……う……うーん」






アルベルトが目覚めた。






「アル、大丈夫?」




「あ、あぁ。大丈夫、問題ない」






そして、身体を起こそうとするアルベルトの頭を押さえて制した。





「……もう少し横になってなさい」




「で……でも」



「いいの……このままで」




「ハルナさんは?」



「もう、テントの中で寝てるわよ」







アルベルトから見たエレーナの顔は、白い月の光に照らされたお酒でほんのり赤くなった頬がとても印象的だった。


頭が気持ちがいい。ずっと撫でてくれたのだと気付く。

それをかみしめる様に、アルベルトは目を閉じて堪能する。





「ねぇ、アル。小さい頃にも、こうして膝枕してあげた時のこと……覚えてる?」


「もちろんだよ……エレン」





「風で帽子を飛ばされて泣いていたとき、木に登って取ってくれたんだよね?」



「あぁ……」



「あの頃は高いところが苦手だったんだってね?」



「……」



アルベルトは黙った。




「取ってくれた時は嬉しかったけど、木から落ちて呼んでも答えてくれなかったときはビックリしたわよ」



「……よく覚えてないな」



「じゃあ、あの後なんて言ったかも覚えてないの?」



「……覚えてる」



「ずっと守ってくれるって約束したよね。強くなってずっとずっと守ってくれるって」



「あぁ。だけど、まだ全然強くなってないし……精霊使いの方が強いんじゃないのかな?」




「……それじゃ守ってくれないの?」



「そんなことは言ってない」




「あと、もっと小さい頃”お嫁さん”にしてくれるっていう約束は?」




「ど……どうだったか……な」




「……覚えてないの?」




「…………おぼえてる」




「そう……よかった」




エレーナは、手にしてたカップを地面に置いた。

その手で、アルベルトが自分のお腹の上においてあるその手を握った。




「待ってるんだからね……はやくしてよね」




少し照れながら、エレーナはアルベルトに伝えた。



アルベルトは、握られたエレーナの手を自分の口元に近づけて、手の甲に口づけする。





「あぁ……悪いな」





アルベルトは悩んでいた。

相手は町を任されている、大臣の娘。

一方、自分はその家に仕える使用人。



叶うはずのない、想いだと思っている。

だけど、今のエレーナからの言葉で諦められるはずがない。




(いつか……強くなって、王国の戦士に抜擢されれば)




今晩の出来事で、その思いは一層強くなった。



アルベルトは身体を起こし、エレーナに向き合う。

この決意を忘れない……、エレーナの身体を自分の胸の中に抱き寄せる。



エレーナはアルベルトの顔を見上げる形で見守り、そして目を閉じる。



――唇に柔らかい感触が触れた。











翌朝、ハルナ達はテントを畳み帰り支度を整える。

周りを見渡してもゴミは落ちていない。




「それじゃ、行きましょうか」




三人はラヴィーネに向かって歩き出した。



三十分程歩き始め、前の二人は欠伸がちょくちょく出てることに気付く。



(――!ま……まさか!?)



驚きの妄想に、思わずハルナの歩みが止まった。





「……どうしたのハルナ?」




振り返ってエレーナが問う。





「ま……まさか、あなたたち……」



――!!!




アルベルトも振り返ってハルナを見る。






(まさか、見られた!?)





ハルナは深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。


そして……




「まぁ……結果的にはいいことだわ。……そうよ、これはおめでたいことなの!!」





(やっぱりみられてた!!)





そう思い、アルベルトの背中に汗が伝う。




「でもね……まだ、赤ちゃんは早いんじゃない?……いや、元の世界では少子化だったし……でも結婚する前から……」




混乱するハルナにエレーナは告げる。





「ちょっ!?何言ってるのよ。口づけだけで、子供ができるなんて聞いたことないわよ!?」





「おい!エレン!!!!」



耳を真っ赤にした、アルベルトが叫ぶ。






「え?そうだったの??」





「あーーーーもう、ハルナ!!!!」



エレーナはハルナに向かって手を振り上げて追い掛ける。





「え?なになに???」




よく状況がわからないまま、逃げるハルナ。



「二人とも待ってー!!!」




一番重い荷物で追い掛けるアルベルト。






こうして三人の休養兼、リハビリテーションの旅は終わった。






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