1-17 襲撃




「……なぁ、そろそろ話して楽になったらどうだい?」




拘束した女性たちは王国直轄の警備隊の詰め所で、取り調べを受けている。

既に三日が経過しているが、今まで一言も口を開いていなかった。




「お前たちは一体、何を企んでいたんだ?」



取り調べは、それぞれ別々の部屋で行われている。

もちろん、それ以外の部屋も接触しないよう離してある。



尋問の方法も様々に行われている。

威圧、同情、孤独、取引を持ち掛けてみたり、”もう一人は白状した”などと偽の情報で釣ってみたりした。

しかし、それらに対して動揺したり反応を見せることはなかった。



その様子を、隣の部屋で見ているハルナ達。



「相手も、相当頑固ね。よくあれで口を割らないものね……」



エレーナが思わず口にする。

ハルナはもし自分が尋問される立場だとしたら、簡単にしゃべってしまいそうだった。



「相当訓練されているようですね。偽の情報にも動揺していないところを見ると、発言に関してもお互いにしかわからない暗号のようなものが決められている可能もあります」



そう告げるのは、マイヤ。

さすがに元エリート諜報部員といったところか。

マイヤが尋問した方が早い気がするが、町で起きた事件は町か王国の管轄下の人物しか行えない。


どうやら拷問という手段もあるようだが、表面上は禁止されている。




状況は変わらぬまま、さらに一週間が過ぎる。





食堂の女性については、警備隊病院に入院している。

どうやら、薬物らしきものを使用していた可能性があるとのことだ。

身体は極度に衰弱しており、重要参考人として保護されている状況だった。


旦那である男性は、毎日見舞いにやってきているが数分しか面会が許されていない。


それでも、毎日意識のない女性に対して声を掛け続けている。




遅れて情報を聞いた彼女の家族も見舞いに訪れ、同じように彼女の回復を願っていた。




そんな姿を見続けるハルナ達も、何とかしてあげたいという気持ちが募る。

この集団について解明することがこの二人に対してハルナ達がしてあげられる最善の行いだと信じている。




その思いを伝えた際、男性は彼女のことを話してくれた。





――――





彼女は精霊使いを目指していたという。


一般的な家庭で、三姉妹の三女として生まれた。

親の代で商売が当たり、裕福な暮らしを営むことができていた。


彼女が生まれた時は既に事業が安定しており、不自由なく生活していた。

二人の姉もよく妹の面倒をみてくれており、そんな姉が大好きだった。


ただ、いつまでも姉に頼った生活を続けるわけにもいかなかった。



一番上の姉は、学者となり他の町の大臣の家の下に嫁いでいった。

二番目の姉は、商売を得意としして家の家業を更に発展させていった。



(……わたしはこの家に必要なの?)



自然と彼女の中に、疑問が浮かび心に絡みついていった。





ちょうどその時に、水の町で精霊使いになりたい人材を育成している施設があると聞きそれに応募することにした。

条件は特になく、認められれば費用も一切かからないかった。

初めはモイスティアで訓練し、認められればラヴィーネにモイスティアからの代表として送られるといった流れだった。




自立し新しい自分の生きがいを見つけたい彼女にとって、それは丁度良いタイミングだった。

その話を聞いた親としては我が子が悩む様子を見ていたこともあり、本人にその決意を確認してすぐに承諾した。




運よく、彼女はモイスティアでの訓練を認められるようになった。

生まれて初めて、親元を離れ精霊使いになるべく努力をした。

他の同年代の子が、恋愛や流行りのファッションを追いかけている間にも努力をしていた。

彼女は自分で別の道を選択し、歩むことを決めていた。






――が、しかし。

彼女がラヴィーネ行きに選ばれることはなかった。



ラヴィーネでの施設においても、ある一定の期間で選ばれなかった場合は何も成果を出せずに退所させられてしまう。

このモイスティアでの施設においても、同様に一定の期間で選ばれなければその道は閉ざされてしまうことになった。




その期間は三年、短いようで長い期間。

ましてや、若い頃の三年間は今後の人生にも影響する大事な期間でもある。



重要な期間を、ほぼ何の結果も残せずに過ごしてしまった結果となった。

そして悩みは振り出しに……いや、更なる悩みが加わることになった。



”精霊使いになれなかった自分――”





早くに生きる意味を見失ってしまった彼女は、それ以降何もする気が起きなかった。

家族の慰めの声も聞かず、周囲の差し伸べる手も握らない。


そんな日々が続き、何が辛いのかさえ分からなくなってきたある日。

公園の噴水の近くのベンチで座っていたとき、声を掛けられた。



「いい天気ですね。この水の流れる音が嫌な気持ちも流してくれそうですね……」



まったく知らない人物だったが、知人で気を使われながら話しかけられるよりも気が楽だった。

何度か同じ公園で出会うようになり、お互い声を掛け合うようになった。




男性は自分のことを話すようになった。




料理人となり修行をしていたが、今回ようやく小さいが店を出せるようになった。

ただ、売れ行きがそんなに良くなく借金が返せない状況で悩んでいた。


すると彼女は店を手伝うと、申し出てくれた。

それも無給で、という。



そこからは風向きが変わった。

彼女は看板娘となり、お店を盛り立ててくれた。

もちろん、味もあっての評判だった。


翌年、二人は結婚する。

彼女の家はその祝いも兼ねて、融資を受けて現在の場所に店を移した。

これから続く二人の生活のため。







――――





それが、昨年までの話しだった。

順調な二人の生活を、誰が一瞬にして崩してしまったのか。

何の権利があって。



「彼女を……彼女の心を助けてください……お願いします」




その言葉を胸に、町での調査を開始した。






まず調べたのは、ラヴィーネに送る前に入った養成施設の件。

これは町をあげて行っていたことで、スプレイズ家も容認していたため問題のある施設ではないと、ソフィーネ。


そうなると、そこに関わった人物に調査対象が移る。

管理側、生徒側、生徒側も合格したものとしなかったもの。

この辺りから調べていこうという話しになった。


関係者の資料がスプレイズ家の中にもあるとのことで、移動することが決まった。




「……おーい!」




遠くから声がした。

誰かを呼んでいるようだ。


構わずに進んでいくと……





「……待ってくださーい!」




「――??」




自分たちが呼ばれている気がし、振り返ってみる。

すると向こうから、王子が走ってきた。


その姿をみたエレーナとハルナは驚いて、マイヤとソフィーネはあきれ顔。




「……ハァハァ、やっと……ハァハァ……追いつけました」



腕を組んでその様子を見守るエレーナ、それは本来王子への態度ではない。



「どうしてこんなところにいらっしゃるのでしょうか?」



「え……?」



少し怒り気味の声で、王子に問う。

王子はやっと探しまわっていた人物を見つけられた喜びから、一転。その気配を感じ取り、とても不味い状況であると認識したようだ。



「だって……あの家、誰もいなくて……その……何も教えてくれないし……それに……」




「それに?」




「……暇だったから」




ボソッと、本音を漏らす王子。





「今の状況ご理解されておりますか?王子。我々は怪しい集団の情報を調査しており、そのメンバーと思わしき人物もこちらで拘束しているのです。相手は、その状況をよく思っていないでしょう。ですから、相手がどんなことをしてくるか分からないから危険なのですよ!」




王子は説明を聞かされ、いまの状況が危険であるということを理解した。

そして、途端に怯えて表情も余裕が消えた。


「とにかくここまで無事だったのだから、よかったじゃない。一緒に屋敷まで戻りましょ」


ハルナはそう言って、王子に手を差し伸べる。

王子は子供のように、ハルナと手を繋いで歩き始めた。




――ドンッッッ!




遠くから爆音が轟く。



ハルナは咄嗟に、王子を抱きしめて庇う。

周囲を見渡すとみんな警戒しているが、この場所での被害はなさそうだ。



「アレ!」



エレーナが指を指した方向、スプレイズの屋敷から煙が登っていた。


「私は屋敷に向かいます!」


ソフィーネはマイヤにそう告げると、走ってスプレイズの屋敷へ向かった。



爆発音は、それ以降は聞こえなかった。が、町は少しパニックになっている。

警備隊が急いでやってきて、町の人々を落ち着かせようとしている。


「我々も、安全な場所に移動しましょう」



マイヤは避難先を警備隊の詰所とし、王子に後をついてくるように促す。

それに続き、エレーナも後を追っていく。しかし、その後に続く人物がいないことに気付いた。


マイヤ達に先に向かっててもらうように伝えた後、エレーナはハルナに近寄る。




「……ハルナ?」




「どうしよう……脚が、うごないの……」



エレーナはそのハルナの蒼ざめた表情を見て、その身に何かが起きていることを感じた。



「ハル姉、どうしたの?」



ハルナの心情の異変を感じてか、フウカが姿を表す。

その姿は知らない人に混乱をさせないため、訓練して他の精霊と同じ光の玉に変えられるようになっていた。



「フウカ様。ハルナは何が起きているのですか?」


「どうやら以前の記憶で強い衝撃があって、それを思い出したみたい!」



ハルナは、この世界に来ることになった出来事となった記憶が蘇る。

大した影響はないと思っていた。いま、こうして別の世界でも生きているのだから。

ただ、身体はそうはいかなかった。身体が硬直して、いうことを効かない。動き出そうにも、脚が震えて止まらない。



「それなら……」



エレーナは、ハルナの正面に向かって近寄っていく。




――バチン!!!




エレーナはハルナの頬を、両手で思い切り挟んだ。




「しっかりしなさい!あなたは今、こうしているじゃない。私もいるしマイヤもメイヤもフウカ様もいるわ。何も力を持たなかった頃よりも、成長しているの。私の友達が、こんな小さな傷なんて気にしちゃダメ!」



ハルナの脚の力が抜ける。

頬を挟まれたまま、ハルナはその場にしゃがみ込んだ。




「ごめんね、フーちゃん。心配かけちゃったね……。エレーナもありがとう。もう大丈夫、私達も警備所に向かいましょう!」



まだ少し目に動揺が見られるが、マイヤ達は先に行っているので追いつかなければとエレーナはハルナの言葉を信じた。





そして、二人は先ほどの詰め所へ到着した。





「さっきよりも人が少ない……」


「もしかして、さっきの爆発で屋敷の方へに向かったんじゃないのかな?」



「そのようですね」



「「あ、マイヤ(さん)!」」




その後ろに、隠れるようにキャスメルもいた。


静かになった詰め所のロビーのソファーで、待機することにした。

数時間前までは手続きなどで大勢の人がいた詰め所の中は嘘のように静まり返り、今現在は数名いるだけだった。








「あれは一体何だったのかな?なんの目的で?」



エレーナは、先ほどの爆発のことを口にする。



「今まで、こういうことが起きたことはないですわね」



それも、そのはず。

町を治める大臣の家を襲撃することは、すなわち王国への反逆そのもの。

ゲリラ戦にしても生半可な組織では、圧倒的な勢力で制圧されてしまうだろう。


大量の武器を用意するにしても王国内では厳しく管理されているため、他の国から手に入れることもできない。

近隣以外の他の国が攻めてきたとなると、それはもう戦争である。

宣戦布告もなく侵略するとなれば、近隣にある西の国と共同で迎え撃つことになる。




「……ですので、並大抵の集団でなければ”ああいうこと”をするなど考えられませんね」


マイヤはそう説明した。



「それなら、探している団体のような方々とかですかね?事を起こすとすれば……」



キャスメルはそういうが、普通に考えてこの国の事情を知っているものであれば行動を起こす気になるのは難しいはず。

……なのだが、エレーナはラヴィーネで起こったことも考慮するとその可能性も否定はできなかった。




(しかし、相手が何が目的なのかわからないから……状況的には何も変わってないわね)



そう思いながらため息を付いたその時――



ガシャーン!!



上の階で、窓が割れる音がした。

続けて、争う声が聞こえる。



「とまれ!止まらんと切……」



――ゴトン……ドダン!!



大声で警告をした後に、大きなものが倒れる音がした。

音からすると、この真上の階で起きている出来事のようだ。

ハルナ達に緊張した空気が漂う。

その緊張を察してか、エレーナとハルナの精霊が姿を見せる。

マイヤは、キャスメルに自分の後ろに隠れるように指示した。



次第に、上の階が騒がしくなってくる。侵入者は移動して、何かを確認して回っているようだ。

その度に、悲鳴のような声が聞こえてくる。

そして見つけたものを、手あたり次第に危害を加えているようだった。



音は徐々に、こちらの方へ向かってくる。

侵入者は二階に用事がなかったのか、階段から黒いローブに包まれたその姿を見せる。




「……普通、こういう時はちゃんと調べてから乗り込むものなんじゃないの?」


「ヴェスティーユ……今回は時間もなかったし、仕方がない。とにかく、我々は与えられた仕事をやり遂げるだけだ」


「そうね、ディゼール。こんなところに長居するのも嫌だし、さっさと終わらせて帰りましょ!……っと、まだいたわね」


「ん?よく見ると、警備隊ではないみたいだが?」


「もぉ、そんなことはどうでもいいのよ。いろいろ考えるのも面倒だから片付けてしまいましょ!」



(最初に言ってたことと違うんじゃねーの?)



男はそう思いつつも、マイヤの方へ歩みを進める。


そして何も言わず、ただ目の前を飛ぶ虫を払うかのように腕を横に払った。



――キィーン!



今まで通り、男はマイヤの首をはねたと思った。が、今までとは違う感覚が手に伝わる。

どんな時でも頸椎の間をうまく刃物を通しているため、硬いものにぶつかるはずがいない。

今回は硬いものに当たった感覚があり、しかも相手の首はまだ繋がっている。



マイヤは短剣で、その攻撃を弾いていた。

男はローブの袖の中に剣を隠し持っていた。

今までの相手は、自分の身に何が起きたのかわからないまま絶命していたはずだった。

目の前の女性は、まだ生きていてその不意打ちの攻撃を防いだのだった。



「っあれぇ?バレてた?」


「ディゼール、何やってんのよ。だからいつも失敗した時のことを考え……」



――ヒュッ


マイヤは手に持っていた短剣を話しをしていた女性に投じた。

が、その男が刃を指で摘み女性の前で止めてみせた。




「おいおい、あんた。ヴェスティーユはまだオレと話してる途中なんだぜ?汚いマネするんじゃねーよ」




そういうと、男は短剣を袖の中に仕舞った。




「あら……私とはお話ししてくれないのかしら?」


「順番は守ってくれないとねぇ。オレの身体は一つしかないんで……ね!」



足元まで隠れていたローブの裾から、マイヤの鳩尾を狙って足が一直線に飛び出す。

それを回転しながら避け、その回転した勢いを使い裏拳を相手のフードの横面に叩きつけた。

しかし、マイヤも手の甲に当たる感触が人の体ではないと感じ取った。


男はフードを取るとその下にへルメットを被っており、頬や鼻背まで保護された形状になっている。

マイヤもいつの間にか指ぬきのグローブが填められており、手の甲の部分にには鉄板が入っていたためダメージはない。




「そんな不意打ちみたいな方法(マネ)が、私に通用すると思って?」



「へっ……あんた美人だが結構やるな。上にいた奴らとは大違いだな!」



「ねぇ、いつまで遊んでるのよ。さっさと片付けちゃいなって!……あ。もしかして、あたしの助けが必要なのかしら?」



「いらねーよ。安心してそこで見ときな!」



言い終えると同時に、黒い炎玉がローブの中から放たれた。

エレーナは相手の行動が読めてきた。

マイヤの前に水の盾を作り、攻撃を防ぐ。


それと同時にマイヤがヴェスティーユに向かって、短剣を片手に切り込む。




――ギャリ!



「おっと!危ない危ない」


そういいつつ、直前でマイヤの短剣を弾く。

攻撃が防せがれ、マイヤも一旦距離を取った。



「これ、軽くて丈夫で使いやすいな!」



攻撃を防いだ短剣をクルクルと、投げて遊んでいた。

その短剣は、先ほどマイヤから奪い取ったものだった。




「あたしは本来の仕事を遂行するから、あなたはここで足止めしてなさいな」



「了解、了解。手短に頼むぜ」





そういうとヴェスティーユはマイヤ達を無視して、ロビーを通り過ぎ地下の階段へ向かおうとしていた。


マイヤがそれを阻止しようとするが、ディゼールが動く。



「美人さんの、相手はオレだ。何か話しがあるんだろ?ゆっくり聞いてやるよ」


マイヤのナイフの切っ先を向ける。



「待ちなさい!」



エレーナがその足を止めようと声をかける。ヴェスティーユはその声の方向顔を向ける。その視線は汚物を見るかのような表情だ。


そして、話すのも嫌だと言わんばかりに何も言わずローブの袖をこちらに向ける。


――シュゴォゥ!


黒炎の玉を足元に向け放つ。

すると、女性との間は炎の壁で遮られた。熱くはないが、その炎の勢いは普通ではなかった。

女性はそれに満足したのか、振り向きまた地下に向けて歩きだした。



「ま、待ちなさい!」


氷の槍を放つが、黒炎の壁に当たると蒸発した。


ハルナは風で炎を吹き飛ばそうとするが、揺らぎはするものの消すまでには至らなかった。



後ろではマイヤが、一進一退の攻防を繰り返している。

ローブから繰り出される暗器を、マイヤは短剣と体技だけで受け流している。

これしかない武器で持ち堪えられるのは、マイヤしかいない。


どれだけ続いたのか、その攻防も終わりを迎える。



「呆れた……まだ、やってたの?もう仕事は終わったよ」


黒炎の壁の向こうから声がして、壁が消え再びその姿を見せる。



「バカ言ってんじゃねーよ。こっちで足止めしてあげてたんだ。あと、相手の実力も測ってたんだよ!」


その言葉に、エレーナは怒りを覚える。

遊んであげてたと、言わんばかりの物言いだ。


「それはどうも、ご満足いただけたかしら?」


マイヤは攻防継続しながら、その言葉に応える。


「あぁ、満足だったよ。久々にいい運動になったさ」



マイヤの短剣の突きをバックステップで躱し、距離を取る。


「それじゃあ用事も済んだみたいだし、そろそろ帰らせてもらうわ。……あー、でも手ブラで帰るのも面白くねーなぁ」


ディゼールはハルナ達を見回して、ある人物に視線を止めた。


ヴェスティーユも、やれやれと言わんばかりの仕草する。

表情はフードに隠れて見えないが、視線はディゼールと同じ人物に向けた。



そして、ローブの袖をキャスメルの方へ向ける。




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