1-15 協力者と不審者





町の中心部の近くに位置し、町の様子が一望できる場所にその屋敷は建っている。


ハルナ達は歩いてエントランスに向かっていくと、噴水や水車など屋敷の敷地の中は水の町の名に恥じないくらい、水を上手に使った庭園が施されていた。

エレーナも 同じような境遇ではあるが、個別に発展した別の町の生活様式の違いを楽しんでいる。


一同はエントランスに到着し、目の前の大きな両開きのドアを目にする。

そこには大きなスプレイズ家の紋章が彫られていた。

そんな大きなドアをソフィーネは軽々と開けて、一同を屋敷の中に入るように促した。





「ようこそ、スプレイズ家の屋敷へ」




そのまま応接室へと通され、一旦落ち着いた後に話しをすることになった。

低いテーブルを挟んで、ソファーに腰掛けた。

ソフィーネはお茶を運んできて、客人をもてなす。

それぞれの前に紅茶が揃ったところで、エレーナはここに調査に来ることとなった経緯を説明する。







「……というわけで、私達はその集団の存在の確認と、手がかりを探しにこの町まできたの」


「そうでしたか…… 確かにここ最近、カルローナ様はお目にかかっていないですね」


「それって、問題にならないんですか? 人が行方不明になってるのに!?」




ハルナはソフィーネの無関心な返答に不快感を覚え、やや食って掛かった。





「ハルナ様……でしたか? 大切な人ならば心配になるものですが、スプレイズ家の中にはあの方をそう思わない人もいるのも事実です」






それはマイヤが事前に調べた情報からも、同じような内容を聞いていた。

やはりカルローナは、周囲から好かれていないということが見て取れる。

もし自分がその立場であったならば……いや実際、元の世界で自分がいなくなったことに対して残っている人々が自分のことに無関心であったなら、それは悲しいことだと思いハルナは我慢ができなかった。



そんなハルナの姿をみて、ソフィーネは続けて言う。






「ハルナ様が仰ることも理解できます。ただ、あの方が周囲にそう思わせるようなことをし続けてきたのだからこそ、この様な状況でもあるのです」





確かにほんの少しだけしか関わっていないハルナにさえ、カルローナの行動には尋常ではないところが見受けられた。

家族や一族などその周囲に関わる人では、離れられないとなるとどんなことをされていたか。

今回のアイリスを見ると、想像に難くはない。

ソフィーネ自身もハルナの気持ちを理解しているが、近い環境にいたからこそ常識から外れているこの判断であることも気付いていた。


ハルナも空気を察してか、その場に合わない発言をしたことを反省した。





この話題が落ち着いたところで、マイヤは次の質問をする。




「あなたは、その集団についてこの町で耳にしたことは?」


「そのことなのですが、こちらでも調査は進めておりました。ですが、現時点ではフリーマス家と同等の情報しか持ち合わせておりません……」


「ここ最近だけではなく、過去の事件や事故の中で不明な点などもなかったのかしら?」


「はい。疑わしいものや、理由がはっきりとしたものまで再検証しましたが、怪しいものは特に……あ、一つだけございましたわ。はっきりとしていない問題が」



「――それは、もしかして」


「ウェンディア様の件です」




ハルナがこの世界に来て、一ヶ月半ほどが経とうとしている。ウェンディアがいなくなったのはそれよりも半月ほど前になる。そのため、エレーナは似ていたハルナのことを疑ってしまっていた。



ソフィーネもウェンディアの件とカルローナのことを疑っていたのだが、証拠やその関連性が見つからない。

明らかに情報不足であった。


だが、その二人のどちらかが重要かを考えた際、迷うことなくウェンディアの調査をするべきであり、そうしてきた。






ここまで、お互いの持つ情報を交換しあったところでさらに状況が変化する。




――




外の様子が何やら騒がしくなってくる。

どうやら、この家の主が帰宅したようだった。




「あら、予定外のお早いご帰宅ですね。何かあったのでしょうか……」




ソフィーネは飲みかけたカップをテーブルの上に置いた。




――どこかに隠れなきゃ!?





エレーナは、反射的にそう思った。

そんな姿をみてマイヤは、エレーナを落ち着かせる。




「エレーナ様、落ち着いてください。私たちは何も悪いことをしているわけではないのですから……」




頭では分かってはいる。

しかし、何故か落ち着かず気持ちが焦ってしまう。




「それでは、ティアド様を迎えに行ってきます。皆さまは、このままお待ちいただけますか?」





そういってソフィーネは、部屋を出ていった。





「……もしかして、私達嵌められてない?」



エレーナは、やはり落ち着かない様子だ。ハルナはそんなエレーナの手を握り、背中を優しくさすってあげた。




そうこうしているうちに、ハルナ達がいるドアの向こうから人が近づいてくる音がする。





――コンコン、……カチャ



ノックの後にドアが開く。



「いらっしゃいませ、当屋敷へようこそ」


入ってきたのは、ティアド・スプレイズ。

この屋敷の主だった。

続いてその後ろから、ソフィーネが先ほどとは違う雰囲気で入ってくる。



「突然のご訪問、大変申し訳ございませんティアド様。ご無沙汰しております」


エレーナはソファーから立ち上がり、ティアドに挨拶をする。


「エレーナ様も、お変わりなく。ところでそちらの方は?」


エレーナは感心する。

ほとんどの人がハルナをみかけると、ウェンディアと見間違えてしまうのだが、ティアドはそんな素振りも見せない。

ハルナが自分の娘ではないことをティアドは認識しているのだった。



いつのまにか、エレーナは緊張が解けていた。





「はじめまして、私はハルナと申します。」





「今回、ある人物を探しておりましてモイスティアまで参りました」



「そうですか……よろしければどなたをお探しかお伺いしても?」



「私たちは現在、カルローナ様の行方を探しております」




「では、そのご説明は私の方から……」





マイヤは、今までの経緯をティアドに説明した。

今回の精霊の契約のこと、カルローナのこと、コボルドのこと、インプのこと、アイリスのこと。



その間、およそ5分程度。

これまでの経緯を的確にかつ疑われることのない構成で話を進めていく。

さすがは元軍人であった。

有事には、ひっ迫した状況での情報伝達は正確で簡潔でなければならない。

そうでなければ、自分たちの命にも関わってしまう。



ハルナは見事な説明に感心している間に、説明は終わる。





「……以上のことから、今回はモイスティアでの捜索をお許し頂きたく。この件に関し、アーテリア様からティアド様への書状をお預かりしております」




マイヤはソフィーネに手紙を渡し、ソフィーネはそれをティアドに手渡した。




「事情はお伺いしました。それでは、こちらの部屋でもう少しお待ちください」






ティアドはソフィーネを連れ、一旦部屋を出る。帰宅してからそのままだった服装を着替えるべく自室に戻り、手紙の内容を確認することにした。



その手紙の内容は、ほぼマイヤが説明してくれた内容であり、その調査に対して協力をお願いする内容であった。

しかし、ティアド自身はまた別の悩みがあり、エレーナ達の問題については情報が入ってきてはいるが町として特にそれ以上の対応を行なっていなかった。

それは、その問題に対して人員を割くことができなかったというのが本音だった。




ティアドは手紙を折りたたみ、目を閉じる。




(エレーナ達にその方面の調査をお願いして、情報だけ流してもらう……? いや、何か隠し事がある可能性も十分にある。そうするとこちらの方からもその調査に加わらせてもらった方がよさそうね……)





ティアドはソフィーネに向かって告げる。



「これからスプレイズ家の者たちに同行し、協力してあげなさい。そして、この件に関して情報を収集して。ただ、特にあなたが前に出ることまではしなくてもいいの。あなたが危険と感じたら、自身の安全の確保に徹しなさい……いいわね?」




「はい、ティアド様」




ティアドの後半の言葉には、優しさを感じる。

協力はするが自分の命に関わるような危険は冒さず、その他を犠牲にしても情報が得られればよいという考えは間違っていない。

特に身内を亡くした経験のあるティアドにとっては、今回の件に関しての最優先は情報よりも身内の安全であった。




――もう誰も失わない。



ティアドは常にそれを願い、(周りには止められているが)誰かが傷つくのであればと自分自身で行動を起こすこともある。




ソフィーネはそのトラウマのような優しさが、酷く心に突き刺さる。

今まで、こんな人物を見たことがなかった。

見てきた大人達は、自分自身のことばかり。

親が、我が子に対してもそうだった。



ティアドは軍から派遣されたメイドであっても、一員……家族としても認めてくれている。

ソフィーネもティアドのことを、母親のように感じている。


そして、ずっとこの方を守りたいとも思っている。




余談だが、実はソフィーネをティアドの元に行くように命令したのは、当時の隊長であるマイヤであった。



(本当、あの方もどこまで知っていらっしゃるのかしらね……)



そんなことを思いながらティアドの後ろに歩き、ハルナ達が待つ部屋に向かった。



「お待たせしました」


ティアドとソフィーネは、ハルナ達がいる部屋に入った。




「今回のモイスティアでの調査を許可します」


エレーナとハルナは、顔を見合わせて喜んだ


「――ですが、条件がございます」


「調査をご承諾いただき感謝します、ティアド様。 で、その条件とは?」


マイヤが問うと、その条件が告げられた。


――調査した内容を隠さずにスプレイズ家にも連絡すること

――町や住民に被害が及ばないようにすること


そして最後に、


――監視役としてソフィーネを同行させること



3つの条件が提示されたが、エレーナはマイヤと目配せしその条件を承諾することにした。

そうして、ハルナ達にソフィーネが加わりモイスティアでの調査を開始することになった。








3人は今夜は適当な宿をとり、泊まることにした。

スプレイズの屋敷では居心地も悪く、特に泊まって良いとも言われなかった。




「ふー……疲れたわね」




ベットで寝転ぶエレーナは、緊張続きだった気持ちを解放させる。




「一息着いたら、食事に参りましょうか?」





マイヤが提案し、二人はその意見に迷いもなく賛成する。



そして3人はとある食堂へと入っていく、その食堂の名前は“精霊と自然の恵み”。

周囲を見渡すと、幅広い層の住民がいるようだが少し値段が高いためか、ある程度身なりがしっかりとしている人物が多く見られる。


カウンターとテーブル席があり、エレーナは丸いテーブルの席を選んで座った。

これで店内のテーブル席は埋まってしまっていた。



3人はパスタとパンのバスケットとトマトのパスタとチーズとハムの盛り合わせを頼んだ。




「お待たせしました!」




店員が頼んだものを目の前に並べてくれた。



「「美味しそう!!」」



ハルナとエレーナは、思わず言葉を口にした。


「うちの食材は、全て自家栽培で食べ物も飲み物も自家製なんですよ!」


と、嬉しそうに説明してくれた。





飲み物はワインのような果実酒がピッチャーに入ってテーブルの真ん中に置かれた。



「パンはお代わり自由ですから、ご遠慮なく。それではごゆっくり!」


お店の店員も明るくて感じがよく、ハルナとエレーナはこのお店で正解だったと頷きあった。



食事はハルナがいた世界と少し種類が違うが、この世界でも同じような物が揃っていて安心していた。

エレーナはお酒が好きなようで、ラヴィーネでもハルナはエレーナに付き合わされていたのだった。



そして、マイヤがそれぞれのグラスにワインを注ぐと――


「お疲れ様ーーー、乾杯!!!」


エレーナが嬉しそうにグラスを突き出してくる。

ハルナが乾杯を教えてから、嬉しそうに使ってくれるのだった。


マイヤもハルナもそれに付き合ってグラスを突き出す。

そして、乾いた喉に潤いを与えていった。




……

…………

……………………



目の前のパンの籠が少なくなって、もうお腹いっぱいとおかわりを拒否した頃から、徐々にこれからのことが話題に上がり始める。

流石に機密情報な情報もあるため大きな声では話せないが、これからの事を検討し始めた。






ハルナはいつの間にか、カウンター席が埋まっていることに気付いた。

そのカウンター席のうちの一人が、こちらをチラチラと見ている様子が伺える。


(ぁゃしぃ……)



ハルナはその相手のタイミングを見計らって、エレーナに目配せをする。


それを感じとったエレーナとマイヤは話しのテンションは落とさず、気付かれないように目配せして頷く。




「そろそろ出ましょうか、明日から忙しくなりそうですから」



「ねぇねぇ、もう一軒どこか行かない?この町の店を見て回るのも調査の一環だと思わない」




マイヤは呆れた顔で、スッと席を立ち出口へ向かう。ハルナはカウンターの男が気になっていたが、陽気なエレーナに背中を押されて次の店に向かうように促された。




外に出ると、時間は20時になるところだった。

この世界でもやや飲食街ではこの時間でも人が多く行き交う。

ゆっくり飲めてお話しができるところへという事で、大通りの一本中に入った道へ進んで行った。



大通りから中に入ると同時に、マイヤからの合図で一斉に駆け出す。そして、建物の間に隠れた。

すると、先ほどの男性が走ってきてキョロキョロと辺りを見回している。

誰かを探している様子が見てとれる。



「……どなたか、お探しかしら?」



後ろから声を掛けられ、”ビクッ”と男の身体が強張る。

そして、ハルナとエレーナはいつでも対応できるように準備をしていた。



「あ、あのぉ……」



何か話そうとしている、ハルナ達からの場所では暗くて顔が見えない。

男は恐る恐る、こちらに近づいてくる。それに従い、顔に街灯の明かりが照らされる。



「あら、どなたかと思えばキャスメル王子じゃありませんか」




――!!




「えっと……王子って、王様の息子……じゃない?」


「そうね……その認識で間違ってないわ」




ハルナの問いにエレーナは答える。

こんなところにいるはずのないその人物は、東国の王子キャスメル・エンテリア・ブランビートだった。




「こんなところで何をなさってるんですか!?」


「……人を探していたのです」


「王子が直接ですか?」


エレーナは少し歳下の王子をやや叱るように話す。

このままだと人の目を集めることになりそうなので、マイヤは王子に助け舟を出す。


「とにかく、私たちの宿へいきましょう。事情はそこでお伺いしましょう」




一行は他にみられている気配がないかを探りながら、暗闇を利用しながら不自然にならないよう宿へ向かって歩いていく。




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