1-13 インプの使い手






インプは周囲を見渡す、何かを探しているようだ。

ハルナは風の力で、討伐隊の兵士のロープを切って逃げるように促す。



「だ、大丈夫! 私達はインプ避けの薬草があるから!」




討伐隊の精霊使いは胸元から薬草を取り出した。

と同時に、インプの視線がその薬草に向いた。




『キシャァァァア!』




鳴き声と同時にインプは飛びかかった。

精霊使いは避けて、地面に倒れ込んだ。

そして薬草を持っていたその右手は、手首から先が無くなっていた。




「いゃあぁぁぁあぁあぁ!? 手がぁ! 私の手がぁぁぁっ!!」




反対の手で溢れ出る血を抑えるが、止まることなく血が吹き上がる。

インプは、手の中に握られて薬草の袋をもぎ取った手ごと口に入れている。

もうひとりの精霊使いが、自身のローブを千切り腕にその布を巻き付けて止血を試みていた。

この騒ぎに気絶していた隊長も、目を覚まし辺りを見回して自分が意識を失っていた事と今までいなかった厄介な魔物がこの場にいることに気付いた。

そして、自身の部下の手が魔物の口に運ばれているその様を見て、怒りが込み上げる。




「き、貴様ァァァ!!!」




メイヤにやられた下顎の痛みも怒りで忘れ、背中の剣を抜いて両手で握り大きく振りかぶって目の前の魔物に向かっていく。



「危ない!」



ハルナは作戦もなしに飛びかかっていく隊長の姿に、危険を感じて叫ぶ。

インプは、食べかけの手を放り投げ手のひらの上で瘴気の火の玉を作った。

その火の玉は、コボルトのものより濃度が高く大きいものであった。


インプはそれを手にして、迎え撃つように反対側から飛びかかった。

その速度は、目で追えないほど速かった。



ハルナは手のひらの中で、圧縮していた空気の塊をインプに向けて打った。



――ドン!




見事インプに命中し、その身体を跳ね飛ばし軌道をそらすことに成功した。

反対から襲いかかった隊長は、着地に失敗し糸の切れた操り人形のように地面に転げ落ちた。




もうひとりの精霊使いが、心配して隊長に駆け寄る。


「隊長! 大丈夫ですか!? 隊…… ヒィッ!?」




隊長の首から上がごっそり無くなっており、思い出したように心臓の拍動に合わせて血が吹き出る。




インプの隣には、元隊長の頭部が転がっている。

邪魔をされたインプは、その頭部を持ち上げてハルナに向かって威嚇する。



隊長の身体の近くにいる、精霊使いは腰が抜けて動けないでいた。

恐怖が頂点に達し、失禁してしまっている。



オリーブは、引きずるように彼女をこちらに引き寄せて身の安全を図る。

その中でメイヤは、先程のインプの行動で気になるものがあった。




「そこの兵士、まだ動けるわね!? ――それとインプ避けの薬草を持っているなら、反対側に投げてこちらに向かって走りなさい!」




一人残された兵士は、腰に結びつけていた薬草の袋を取り、インプの背中を超えるように投げた。

するとインプは掲げていた頭部を投げ捨てて、その薬草の方へ向かっていった。

兵士はその隙に、負傷した精霊使いとともにハルナ達の場所に移動した。




「どうやらあの薬草はインプ避けではなく、インプの好物だったようね」




メイヤはあの行商人も、そのために襲われたのだと結論付けた。




「とんでもないものを売りつけようとしていたわけね……」




徐々に情報がそろっていく。


行商人が騙されて、インプが襲ってくる薬草を販売していたこと。

討伐隊の隊長も、誰かに騙されてこの場所に誘導されたこと。

しかも、インプをおびき寄せる薬草を所持させながら。




そして、狙われていた人物がラヴィーネの中の誰かであること……







 ―― 一体誰が?


 ―― 何のために?




いくら考えてもこの先は思い浮かばなかった。





インプは好物の薬草に満足し、こちらに意識を向け始めた。

”もっと出せ、もっと寄こせ!”そういうようにも見える目つきだ。

知性はなく、己の欲望だけを満たすためだけに行動する。





片手を失った精霊使いは、一矢報いたいと炎を作りインプへと投げた。



しかしその炎は、エレーナの訓練所では初級のような大きさでハルナから見ても決してダメージを与えられるものではなかった。


更に言えば、コントロールも上手くできておらずその炎はインプの横を通り過ぎるだけとなった。


それでもインプは、攻撃されたことを不快に思い攻撃対象を探し見つけ出した。



「!!!!!」



一声あげて、インプは炎を飛ばしてきた人間に攻撃を開始した。



「動きを止めます!」



オリーブはインプが動き出す前に、その周りを石の壁で囲む。




「燃え尽きなさい」



そして打ち合わせしていたかのような連携で、

ソルベティの手のひらから高濃度の圧縮された炎がその中に投げ込まれた。



――ゴォゥッ!!



箱の中から白い炎の竜巻が立ち昇る。



炎は数分間箱の中を焦がし、その中身は焼却された。

箱を解くと中には黒い炭の塊がある。



しかし



――ピシッ



塊はヒビ割れて、中からインプが姿を現した。



「流石にアンデッドとは違うわね。 これならどうかしら?」



エレーナは、水の竜巻を起こしインプを囲む。

次第にその竜巻は白く変わっていく。



エレーナは水を氷に変化させた。

白い周りの氷が落ちていくと、中には透明な氷の中にインプが閉じ込められている。


メイヤは剣を抜いて、その柄で氷を叩き割った。

中のインプは、パズルのように氷の枠ごとバラバラに砕けた。



「やったの?」


ハルナが問いかける?


メイヤは首を横に振り答える。



「まだまだ油断はできません、ハルナ様。相手はインプ、油断なさらないように」


ハルナもまた、手の上に空気を圧縮してどのような状況にも対応できるように準備していたか。




「ハル姉ちゃん、まだアレ生きてるよ!」



フウカが皆に伝える。


砕けたインプは、身体の一部を残し溶けて消えた。

残った部分から失ったパーツの再生が始まる。



完全に元の形になると、インプは何かを振りほどく様に顔を振るとその目に意識が再び宿る。



「さて、困ったわね……」



エレーナはため息混じりの言葉が漏れる。



戦いは振り出しに戻る。

というよりも、こちらの攻撃が無効だった分、状況が良くない。

次の手を考えることを、相手は許してくれない。



インプはエレーナをターゲットとして向かってくる。

エレーナは目の前に水の壁を作る。 が、容易に壁を突き抜けて突進してきた!



ゴギィーン!



重い音を響かせてメイヤのロングソードが、エレーナを狙った爪を上方向に弾く。

その返す刀で、左上から袈裟斬りで切り落とそうとする。


インプは一瞬にしてその身を引き、剣の軌道の外に出る。

その隙を見てエレーナはメイヤの背後から氷の槍を打ち込む。


しかし、瘴気の塊によりその槍も打ち砕かれた。



ただエレーナ達は、インプと距離をとるには充分な時間は作れた。




メイヤは相手に攻撃のペースを作らせない為に、そのまま剣で切り付けて行く。



上、左、突き、左、下。




攻撃のパターンを悟られないように、色々な角度から打ち込んで行く。

インプはその攻撃を嫌がり距離を取ろうとするも、メイヤは瞬時に同じ距離を詰めて行く。

時々インプは反撃を試みるが、これもメイヤの剣技によって事を成すことはできなかった。

嫌がるインプは、我慢の限界超え上空へ逃げようとした。




「このタイミングを待ってたのよ!」



エレーナは準備してあった長い氷の槍をインプへ向けて放つ。



『ギィヤァーーー!』



氷の槍がインプの胸に突き刺さった。

刺さった氷の槍は、次第にインプの身体は内側から凍らせていく。



ゴトッ



身動きが取れなくなり、氷の塊と化したインプは地面に落ちた。

中二階程の高さから落ちても崩れない強度で固まっていた。



ハルナ達は、氷の塊に近寄った。



「これ、壊してもまた復活しそうな気がするんだけど……」


「偶然ね……ちょうど私も同じ事を思ってたのよ」




ソルベティも近寄る。


その時、警備隊の応援が駆けつけた。

エレーナは、まず王国の兵士の安全をお願いした。



そして、速やかにこの場所から離れるよう指示する。

インプがいつ動き出すかわからないためだ。


並みの兵士では、“あの”隊長のようになってしまうだろう。

これ以上の被害を出さないためでもあった。




ここには、メイヤ、エレーナ、ハルナ、オリーブ、ソルベティだけ残った。



インプはまだ凍ったままの状態だ。



五人は話し合う。

このまま凍らせたままにし、管理していくか。

更に石で囲んで、地中深くに沈めるか。

どちらにしても復活してしまう危険が高いため、できれば始末してしまいたい。


だが、そう甘くない現実が迫ってくる。



この場所に新たな人物が登場する。

その人物は黒いローブを身にまとい、被ったフードからは顔の一部が見える。




――!?


フードの中の顔を見て、オリーブは目を疑った。




「アイリス!?」


「「「え!?」」」




メイヤ以外の三人が驚く。



ソルベティも信じられないといった顔でアイリスを見る。



……が、何か様子が違う。

目の視点は定まらず、自発的に動いているようには見えなかった。

そしてアイリスに警戒しながら近付いていく。



「アイリス……貴女どうしたの?」



アイリスは手のひらをソルベティに向け、瘴気の塊を放ってきた。

オリーブは、ブロック状の石の塊で応戦し瘴気を消した。



「……話し合いは、出来なさそうね」



ソルベティは、腹を決めて旧友と対峙する覚悟を決める。

アイリスの後ろから、黒紫色の光が現れた。

エレーナはその物体に目を見張る。




(……精霊?)




それにしては、かなり瘴気に侵されてしまっている。

その黒紫の精霊は、凍ったインプの周りをグルグルと回っていた。



「ねぇ、エレーナ。もしかして、あれ本体じゃない?」



「同感よ、ハルナ。私もそう思ったわ」




ターゲットは、決まった。

その会話を聞いていた、残りの三人も同意した。




「メイヤは、インプを見張ってて。ソルベティとオリーブはアイリスをお願い。ハルナは私とあの精霊の始末よ! 」



黒紫の精霊は、瘴気の炎で凍ったインプを溶かして復元させようとしていた。

メイヤは、剣を切り上げその邪魔をする。

アイリスがその行為を、妨害しようと拡散弾のような瘴気を飛ばしてくる。

ソルベティが、その一つ一つに炎を当てて対抗する。

瘴気は弾け、霧散して消えていく。



これにはハルナも関心する。

随分と能力に差が開き、劣等感に似た感情が心を触れた。

だが今は、そんな事を考えている時ではない。

自分の役目を果たさなければ、全滅する可能性もあるのだから。



ハルナは頬を両手で叩き、余計な事を考えず目の前の問題に全ての意識を向けた。


エレーナは、インプと同じように精霊を凍結させる事を試みた。

しかし、精霊自体形がないせいかその姿を凍らすことはできなかった。


ハルナは高速回転する風を作り、精霊に向けて飛ばす。

黒紫の精霊は二つに分かれたが、また直ぐに一つに戻っていく。



そこに、また一つ悪い状況が加わってくる。




「エレーナ様、インプの凍結が徐々に溶けて行ってます」




――!!




あの精霊が何かしているのだろうか?

とにかく早くあの精霊を倒してしまわないと状況が悪くなる事が目に見えている。



横をみると、ソルベティとオリーブも苦戦しているのが見える。



アイリスが、大きな瘴気の渦で全てのものを吸い込んでいる。

それはブラックホールのようだった。ソルベティの炎も、オリーブの石の壁も、触れたものは全て吸い込まれている。


――ふわっ



吸い込まれる勢いで、オリーブの着ていたローブの裾が触れた。

ローブが引きこまれ、そのままオリーブも飲み込まれそうになっている。





「ローブを脱いで、オリーブ! 早く!!!」





恐怖混じりの悲鳴にも似た声でソルベティは叫ぶ。

ローブは内側の胸部前面を紐で結んでいる。それが中々解けずに、固結びになってオリーブは焦る。

ソルベティはオリーブをなるべく引きこまれないようにしようと、手を伸ばした。





ザンッ!




ハルナは、ローブの引きこまれている部分を風で切断した。




ドタ!!






オリーブは引き込まれてないようにと引っ張り合ってた力の均衡が破れ、後ろに倒れこんだ。

そのままソルベティはオリーブの身体を引きずり、瘴気の渦から距離をとった。





(このままでは、やられてしまう……)





ハルナは焦る。

でも、対策出来る手はない。


……!

ハルナはフウカがいたことを思い出す。



「ねぇ、フーちゃん何かいい手はない?」





……

…………




返事はない。





その時、ハルナの胸元でフウカが光る。




「――え?なに、これ!?」



エレーナ達も一斉にハルナの方を見た。




『お困りのようですね、ハルナ。 少しお手伝いして差し上げますね』




光から声が響く。




『――さぁ、手を前に出してご覧なさい』




ハルナ、その声に従って左手を前に出し瘴気の渦に向ける。


すると風が渦を巻いて集まっていき、次第にその密度が高まる。その密度は、今までにハルナが作ったことの無いような高密度で風の元素が詰まった塊が出来る。

そしてハルナの指輪が光り、その塊が金色に発光する。




『それを、あの邪悪な渦の中へ』




ハルナは、風の元素が詰まった光の玉を渦の中に向けて放つ。




――光は渦の中に消えた。



「……??」



ハルナは瘴気の渦の中に変化を探すも、何も起きない……




しかし、別なところで変化が起きていた。

黒紫の精霊から放射状に光が伸びていき、光が全ての黒を塗り替える。

すると近くにいたインプも、風化するように消滅していく。



「グォォオオォオッォオオ!」



オリーブの目の前ではアイリスの身体が光りに包まれ、その身を纏っていた瘴気が消えていった。




「な!?なんなの、何が起きてるの??」




エレーナは、目の前で一瞬で起きた出来事が信じられなかった。




黒紫の精霊から発した光りは徐々に明るさを失い、そのまま元素へと還っていった。




アイリスの意識はないがかなり衰弱している。

ハルナ達は急いで、アイリスを連れて町まで戻ることにした。



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