1-9 訓練を終えて


ハルナとエリーナはアーテリアの部屋に集まっている。


アーテリアはハルナの苦労を労うべく、本日の訓練の成果を問う。



「ハルナさん、訓練の初日はいかがでしたか? お疲れになったのではないですか?」


「いえ、大丈夫です!まだまだ行けそうでした」


「そう、ならば良かったです。本日はあの様な出来事があり、皆さんには訓練の中断と不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳なく思っています」


「そ、そんなことないですよ!? あれはちょっと酷すぎると思います。事情を知っていたとしても、限度というものがあります!」



ハルナは、昼間のことを思い出して強めな口調になる。しかし、身内を失ってしまう事の辛さもわからないわけではない。

そこでハルナはある疑問が浮かんだ。


「それで、今回みえたカルローナさんは、カメリアさんとはどういう間柄なんですか?」


「……確か、そんなに繋がりはないはずです。本当にカメリアに近いのは、実妹のティアド様だけだったから」



「じゃあ、なぜカルローナがフリーマス家に対してあんな態度がとれるわけ!?」



エレーナが憤慨する。



「フリーマス家が……いえ、私が今までカメリアに対して、負い目を感じているから。私がスプレイズ家に対して強く言えなかったからでしょうね」



その結果、遠縁のスプレイズ家の者までフリーマス家に要求しても反論されないと思われているようだ。

要は舐められているのだ。



資金の都合、物資の無償提供など、事の大小を問わずフリーマス家に頼って来ていたのだった。

ただ、今回のように王国を欺いたりするようなことは拒否してきた。


原因となる事情を知る王国側も、この状況を改善してくれようとして間を取り持つとアーテリアに申し出たのだが、アーテリアから断られており止められている。



カメリアを失ってしまった事と、それによりフリーマス家がこのような状況になってしまっていること。この二つに対し、アーテリアはずっと責任を感じているのだった。


(この責任は、私が生きている間になんとか……)


しかし、この問題については着地点が見当たらず、被害だけが時間が経つにつれて大きくなっている。


一時期は命で代償を払おうとしたこともあったが、王国からこの仕事を与えてもらってから忙しさに没頭し、頭から忘れることができるようになった。


ただ、頑張り過ぎて体調を崩してしまうこともあった。



苦しむ表情のアーテリアをみて、エレーナは言った。


「お母様、大丈夫よ。私とハルナでこの状況を打開して見せるわ!!」



(え!? あたしもはいってるの??)



とは思ったが、これは言える雰囲気ではなかった。

ハルナは諦めたように、口元だけ笑って見せた。



部屋の中を明るく照らすロウソクの炎が、ゆらゆらと揺れている。





そして、翌日。

今日も訓練は続く。


ハルナとエレーナは昨日と同様の訓練室に入る。

そこには既に、指導員達が集まっていた。

この部屋の雰囲気からして、ハルナは昨日の影響は無くなっていると判断し、元気よく挨拶をした。


「おはようございます、今日もよろしくお願いします!」


「おはようございます、ハルナさん。 今日からビシビシ行きますからね、スプレイズ家に目にものをみせてやりましょう!」


指導員全員が、目の中が燃えている……

昨日の事が、相当気に障ったらしい。


そしてエレーナはこっちを見てにっこりと笑う。


「それじゃあ、今日も頑張ってね!」


そう言うと、別の部屋に向かって歩いて言った。



「「おはようございまーす!」」


オリーブとソルベティも入ってきた。


指導員達は、ハルナにも見せた目の輝きで同じように二人を見つめた。







「ちょ……ちょっと休憩……していい……ですか?」


肩で息をし、途切れ途切れに話すソルベティ。


持続訓練の時間は昨日の3倍。


「仕方ないわね。 では 10分間休憩にします。終わったら次の訓練に進むわよ」



訓練所の壁に背持たれて、ソルベティの呼吸は早く浅い呼吸となっている。


「ハルナさんは……、平気そうね。どこかで……訓練してらしたの?」



「そういうわけではないんだけど。あ、でも私も結構つかれてるのよ!」


しかし、側から見ると明らかにソルベティの方が疲労が大きい。



「……ん、でもまぁいいわ。体力だって人それぞれなんだし。ちょっと落ち着いてきたわ。ねぇ、休憩がてらオリーブの訓練の様子を見に行ってみない?」



ハルナはその提案に承諾して、部屋の奥にいるオリーブの訓練の見学に行った。




「な……なに?なんなの、この石コロは!?」


ソルベティは足元中に落ちている石を見て驚く。


「あ、ソルベティ。ハルナさんも。足元滑らないように、気を付けてね」


どうやら土属性の場合、元素から具現化した後に、その形を維持するために能力は使わないとのこと。

そのため一度作ると消えないので不要な作成したものを消すという能力が必要になる。

いまはその訓練をしているのだった。


風や水や火は具現化されたものは活動を終えると、具現化される力が薄れ自然に元素となり空気中に消えて行く。

土は個体で元素の密度が高く結合する力がある強いため、容易には崩れることはない。

素の元素に戻すには、意識的にその個体を崩す必要があるのだという。



「だからオリーブの訓練は、特別メニューなんだね」


ハルナは納得した。


「そうなの。作ることは簡単にできるんだけど、消すっていうのはなかなか出来ないものなのね」


オリーブは机の上に散らばった石コロを両手ですくった。


「でも他の同じ属性の人ができて、私にできないはずもないし。もっと精霊様と仲良くなって、簡単にできるようになってみせるわ!」



そういうと、オリーブはまた訓練を再開した。


オリーブも丁度煮詰まっていたようで、いい休憩になった。



「そろそろ私達も、戻りましょ。 頑張らなくっちゃ」


ハルナはソルベティに声を掛けて、自分たちのスペースに戻って行った。




「次は、具現化した物質の形を変えてみましょう」


そういうと指導員は手のひらに炎を出して、炎を大きくしたり小さくしたり、四角形やドーナツ状の炎を作って見せた。


これはエレーナが狼のときに見せた技術なのだろう。



ソルベティはこれに関しては得意なようで、上手に形を変えて遊んでいる。


ハルナは風なので、実体が見えにくくその形を確認できない。

なのでハルナは、以前偶然にできた竜巻を手のひらに作ってみた。


(暴走したあの時とは、きっと変わっているはず)


ハルナはそう思い、手のひらに力を送る。



サワ……


サーー!


渦の回転は次第に早くなり、手のひらの上に小さな台風ができていた。



「あら、ハルナさんもなかなかやるわね!もうそんな事ができるの?」


指導員から褒められた。

過去に一度失敗したことは黙っておく。



「それじゃあね、一つ教えてあげるわ。その高さを平らにできるかしら?」



ハルナは竜巻の形をした渦の高さを、縮めるイメージをする。

すると、徐々に高さがなくなり薄っぺらい回転する板ができた。



指導員はその回転する空気の円盤に木の枝を近づけた。


――スパッ



木の枝は荒い目の刃物で切られたように、二つに切れた。



「このように実体のない風属性でも攻撃ができるようになるの。これは風の精霊使いでも中級クラスの技なのよ」



ちなみに、初級はものを変化させることもなく元素を具現化したそのものを相手にぶつけるといったものである。



「へー。これが中級……」



「でもね、本当はこれを移動させないとダメなのよ」




そういって、他の風を扱う指導員に合図を送る。


部屋の奥には一本の木の柱が立っている。


指導員は、手のひらの上に同じような回転する空気の円盤を作る。

その円盤は、数メートル離れた柱に向かって飛んでいった。




ザン!


カラン、カラン……




柱は二つに切れ、上の部分が床に転がった。




「……というふうに、使うものなのよ。 なので、次は具現化したものを移動させる訓練をやるわよ」




訓練は次のフェーズに進む。


具現化した物質を移動させる訓練。




ソルベティは10本並べたロウソクに火点け、ハルナはその火を番号の書かれた順に通過して消して行くという訓練。


案外二人ともそんなに難しい様子でもなく、順調にこなしていった。


そこで、退屈をしていたフウカがハルナの胸元から飛び出してきた。



「あー!あたしもやりたい!まぜてまぜて!」



いつも通り、初めてフウカをみたソルベティや指導員一同は目を丸くした。



「え? あ? 精霊? 人型の!?」



ソルベティよりも指導員の方が慌てている。




「黙っててごめんなさい……これが私の精霊のフウカちゃん」



「こんにちは!フウカです、よろしくね!!」



「しかも喋れるんですね……」



指導員は、目の前の現実が信じられていない様子だった。



そこにエレーナが入ってきて、説明する。


「詳しくはまだ伝えられないけど、ハルナの精霊は特別なの。でも信じて欲しいんだけど、決して悪い人じゃないのよ」



それはたった二日間一緒に行動しただけで、ハルナに悪意がないことはここにいる全員が実感している。


「そ、そうよ。ただ精霊様が人の形をしていて、話せるだけ……ってそれでもすごく優位な気がする」


ソルベティは“それってズルい”と思っているが、言えなかった。



「で、その精霊様も力が使えるの?」




そう聞いたのはオリーブだった。


確かに、あの森ではなんらかの理由により使えなかったみたいだが、今はどうなのだろうか?




「ねぇ、フーちゃん。ここから、あの火の点いたロウソクを順番に消せる?」



「多分ねぇ、できるよ」



そういうと、フウカは両手を出して小さな竜巻を出してみた。




「えい!」




竜巻は順番はバラバラだったが、意図的に一本ずつ消していった。


これにはハルナも驚いた。

簡単に竜巻が出せたのだから。



フウカ曰く、ハルナがやっていたことを力の流れから感じて覚えたのだという。



そこから、ひとりの指導員がハルナに聞いた。




「ねぇ、その精霊様が風を起こしている時に、ハルナさんは同じく風を起こせる?」



「え、やってみましょうか? フーちゃん、さっきの竜巻起こせる?そしたら、その次に私もやってみるから」



「いいよ!」





フウカの目の前に小さな竜巻が起きる。


それをみてハルナも手のひらの上に、同じように竜巻を作ってみせた。



「あ、できた!」


ハルナは驚いた。

それよりも驚いたのは指導員達。



「これは、かなりズルいわね……」


ソルベティは思わず口に出して呟いた



自分の意識外に力が使え、さらに独自で動ける精霊。

これをチートと言わずして、なんというのだろう。



これは、戦いにおいて色々と作戦の立て方が変わることになる。

ひとり味方が増えたようなものだし。



それはそれとして、ハルナもしっかりと力のコントロールができなければならないことには変わりはない。



みんなの許可を得て、ここからはフウカも訓練に参加することになった。


フウカも、みんなと仲良くなりすごく嬉しそうだった。










訓練を開始してから2週間が経ち、それぞれが自身の属性を自由に扱うことができるようになってきた。



オリーブは、問題なく作った石を消せるようになり、既に存在する土属性の物資も消せるようになっていた。

この力は建築関係にとっては有益な力であった。


ソルベティは火力の調整および複数の炎の具現化が同時にできるようになっていた。



指導員が言うには、その習得の早さは過去の経験と比べ、異例の早さとのことだった。


途中で起きた事件も影響を及ぼしているのかもしれない。



そして、ひとつの区切りの時期がくる。



オリーブはもう少しここで訓練を続けることにしたが、ソルベティは一度火の町フレイガルに戻るとのことだった。


その町ごとの事情もあるので、仕方のないことなのだろう。




旅立ちの日、訓練所のエントランスに集まった。


「寂しいけど、一度ここでお別れね。ラヴィーネで過ごした日々はとても有意義だったわ」



「何か困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい。力になるわよ」


指導員が言葉をかけた。



「はい、その時はよろしくお願いします。オリーブもハルナも、また近いうちに会いましょう!」



「道中気を付けてね!連絡ちょうだいね」




オリーブはソルベティの手を握った。



「とても勉強になりましたし、一緒に訓練できて本当に良かったです!」



ハルナも手を握る。



「また一緒に遊んでね!約束ね!」


フウカが顔を出す。



「はい、フウカ様も。それまでお元気で!」



エレーナも抱擁をして、別れを惜しむ。



「それではまた!」


そう言って、ソルベティは馬車に乗り訓練所を後にした。





ようやく一つの段階を終えたハルナ。



いつまでも続くと思っていた時間。


しかし、それぞれにはそれぞれの時間があり、それぞれの役割もある。


これから起こる時間の長さからすると、ほんの僅かな時間であったが、この共に助け合った時間は大きな繋がりとなりさらに続いていくことになる。


この絆は、この先の未来に良い方向に働くことになっていくのだった。









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