1-4 ノック音
コン、コン……
ドアの向こうからノックをする音が聞こえた。
中身を眺めていたその箱を閉じ、机の中にしまってカギをかける。
準備ができた状態で、部屋の主は答えた。
「どうぞ」
メイドはドアを開け、部屋に入りお辞儀をする。
「……何か?」
「アーテリア様、先程エレーナ様が森からお戻りになられたと、関所の者から連絡がございました。只今、馬車にてこちらに向かっているとのことです」
部屋の主は待ちくたびれた怒りを抑えながらも、メイドが関所にエレーナが帰ってきた際には連絡させる手配をしていたのだと勝手に思い込み、その手際の良さに感心し機嫌を良くして応える。
「そうですか…… それでは到着次第、わたくしの部屋に来るように伝えなさい」
「畏まりました。それと――」
「?」
「エレーナ様が”例”の件でお話があると」
――!?
「……わかったわ」
返事を聞き、メイドは頭を下げ部屋を退出した。
ハルナ達の馬車は町の中に入った。
城下町とはいえ、現代の東京生まれ東京育ちのハルナにとっては、然程驚くほどではなかった。
「どう、ここが風の町【ラヴィーネ】よ! 活気があって、賑わってるでしょ?」
自信満々の顔で自分の町を紹介するエレーナ。
どうやらハルナが、あまりの賑やかさに言葉を失っていると勘違いしているようだ。
「え?……う、うん! すごい人だね! 初めて見てびっくりしちゃった!!」
(あ……タイミング遅れたかな? ちょっとわざとらしかったかな!?)
ハルナは焦って、エレーナの顔を見た。
「でしょ!? こんなに人が多いのは初めて見るでしょうから、驚くのも仕方がないよ! でも、すぐ慣れるから心配しないで!」
自信満々な顔は継続中で、返答にも満足そうだった。
ハルナはこういうエレーナも可愛く思えて、胸の奥がきゅんっとなった。
窓の枠に一際目立つ家が入り始めて、その姿は次第に大きくなっていく。
馬車が近づくと閉まっていた門が開き、スピードを落とすことのないまま馬車は門の中へ入っていった。
エントランスにはメイドが二人並ぶ。
奥には若い執事と思われる人物が馬車を出迎えた。
馬車を止めると、執事が踏み台を用意してドアを開ける。
そして手を出して降車をサポートする。
「お帰りなさいませ、エレーナ様」
「ありがとう……アルベルト」
しおらしいエレーナを見て、ハルナはピンと来る。
(これは何か訳ありのようね……!)
その辺りの事情(妄想)はあとでゆっくり考えると決めて、ハルナも馬車を降りる。
同じくアルベルトと呼ばれた執事がハルナにも手を差し出す。
「足元にお気を付けください」
ハルナはお礼を述べて、その手を借りた。
その時に見た執事の顔は、まさしくイケメ……
いやイケメンという称号すら下位に属する美男子であった。
が、そういうことにはまるで興味がないハルナ。
(ははぁーん……これじゃあね。仕方ないわね)
と他人の恋路の状況だけがハルナの興味の対象となっていた。
執事がドアを閉め踏み台を引くと、馬車は屋敷の裏側に向かい走り出した。
メイドがエレーナの側に寄り、何かを伝える。
もう一人のメイドはハルナに近寄る
「お客様、上着をお預かりします」
ハルナは借りていたローブをメイドに返し、最初の格好になった。
フウカはエレーナに言われた通り、胸元でじっとしている。
「それでは、お部屋へご案内させて頂きます。こちらへ」
「用事が終わった後に部屋に行くから、ゆっくりしてて」
エレーナはそうハルナに告げて先に屋敷の中に入っていった。
「それでは、お部屋にご案内します」
ハルナはメイドの後に従い、屋敷の中に入っていった。
コン、コン
エレーナは、扉の前に立ちノックしてその向こうの人物に告げる。
「お母様、只今戻りました」
「――お入りなさい」
カチャ
許可を得て、ドアを開けて部屋に入る。
エレーナに付き添い、一緒に入ったメイドがドアを閉め、部屋の端で待機する。
「遅くなりました。 私をお探しとのことでしたが、何かご用がおありでしたのですか?」
「そうね、それも重要ですが……その前にわたくしに何か報告があるのではないですか?」
アーテリアは何より早く情報を教えて欲しいという迅る感情を抑え、エレーナに質した。
エレーナは数歩前に歩いて、距離を詰めた。
「ウェンディア様に似た人物を【始まりの場所】で発見しました」
――!!
アーテリアは少し動揺した。
「……ほ、本当なの、それ」
驚きのあまり、いつもの親子で接する際の口調に戻る。
「本当よ。 いま、別の部屋で寛いでもらってるわ。 本人はハルナと言っていたわ。 ただ、記憶がないらしいの」
アーテリアは色々な可能性を考える。
記憶喪失の可能性、嘘を付いている可能性、本当に別人――
そうならば、どうして記憶喪失に?何のために嘘を?別人ならばアーテリアの許可もなくなぜそんなところに?
……
…………
………………
いくら考えても、答えが浮かんでこない。
アーテリアは落ち着くため、メイドにお茶を用意させる。
その際、客人の様子を見てくる様にも指示した。
メイドはお辞儀をし、その指示に応えるべく部屋の外に出て行く。
エレーナは、アーテリアの机の前にあるソファに腰掛けアーテリアに告げる。
「そして驚いたことに、ハルナは精霊使いみたいなの」
その情報を聞き、アーテリアの思考に新たな材料が加わる。
「何の属性なの?」
「多分だけど、“風”ね」
エレーナは、今朝から今までの状況を順に説明した。
その説明にアーテリアは言葉を挟まず、ただ聞いていた。
「始まりの場所、人型の精霊、力の暴走……」
確かにそろそろ始まりの場所では精霊が目覚める。契約の時期である。
今回エレーナに告げようとしたのはそのことなのだった。
精霊と契約するには、精霊のことを知り、力を使いこなすための知識を持たなければならない。
それは、この世に混乱をもたらせないために精霊と契約する人物が正しく精霊の力を扱える人物でなければならない。
ここでは精霊と契約する人物の適正を見極めたり、候補者を教育するのがこの町の役目であった。
その時々の王国の判断になるが、この町を任されている大臣が森と候補者を管理することになっていた。
――コンコン
「お茶をお持ちしました」
メイドは話し合いの邪魔にならないように静かにドアを開け、ワゴンに乗せたお茶セットを持って部屋に入る。
トレーの上に置いてある温めた二つのティーカップの中に紅茶を淹れる。
メイドはアーテリアとエレーナの前にカップを置き、その後ミルクポットとクッキーのようなお茶菓子を置いてワゴンを押して部屋を出た。
「それで、あなたはその子をどうするつもり?」
アーテリアは、エレーナに質す。
エレーナはソーサーを手に持ち、反対の手でカップを口元に運び紅茶を一口飲んだ。
「私はこのまま記憶喪失ということにして、事を進めようかと思うんだけど」
「大丈夫なの? もし、後になって本人が出てきたらどうするの?」
「その時は、その時よ。……っていうのは冗談で、まずは様子を伺おうと思うの」
「……? どういう事なの?」
アーテリアは少しだけ苛立って問い正す。
「まずは、ハルナを普通の精霊使いクラスになるまで訓練させるわ。 結局、水の町【モイスティア】は精霊使いを出さなければならないから。そこからはモイスティア側と交渉になると思うけど、町の威厳を保つために王国からの要請に棄権なんてことはしたくないと思うの。 それに、ウェンディアが精霊との契約に成功しているのか、していてもその属性は誰も知らないし。……ハルナには悪いとは思うけど、ウェンディアの代わりになって貰うわ」
「……確かに、モイスティアが王の要請に応えるためにはそれしかないわね。 だけど、時間はそんなにないのよ。精霊を扱えるまでに……できるの?」
「やってもらうしかないわ」
エレーナは、ハルナが精霊使いになりたそうなことを言ってたし、竜巻を見るとある程度の素質はある気がする。
あくまでも、これは勘でしかないが。
―― 一方
ハルナは、メイドに入浴を勧められた。
(そんなに臭う!?)
確かに冷や汗などたくさん掻いた気もする。
しかし、今はそんなことどうでもいい……
カッポーーーン……
「ひっろぉぉーーーい!!」
こんな大きなお風呂を独り占めできるのだ。
足を伸ばしても、反対の壁には届かない。やろうと思えば泳げる広さだ。
そんなお風呂が普通の家の中にあるだろうか。(いや、ない)
ハルナはタオルのような布を頭の上に乗せ、お風呂を堪能する。
その上にはフウカがいる。
「ハル姉ちゃん、気持ちいいの?」
「お風呂はね、身体が綺麗になるし気持ちも落ち着くし、いいものなのよー」
「へー、そうなんだ。水が熱を含んでるだけなのにね!」
「人の身体には体温といってある程度の熱を持ってるの。これは身体が活動しているために起こってるのね。お湯の中に入ると浮力で身体に負担が少ないし、体温よりやや高めの適温のお湯に浸かると血行がよくなって、身体の代謝にいいんだって」
ハルナは人付き合いが苦手だったため、家にいることが多かった。
だから、お風呂に入る機会も多くなりお湯に浸かるのが大好きだった。
「私は絶対に、シャワーよりお風呂派だね!」
ハルカはフウカに自慢気に語った。
すると、遠くの方からメイドがハルナに告げた。
「お客様、こちらにお着替えをご用意しておきました。それとエレーナ様が、ご入浴が終わられましたらお話しがあるそうですのでお部屋でお待ちになっててくださいとのことです」
「あ、はい。 ありがとうございます」
メイドは、お辞儀をし風呂場を出た。
ハルナは鼻のあたりまで顔をお湯に浸けて
(……独り言と思われたかなぁ)
と、恥ずかしさに悶えていた。
貸してもらった下着は、少しキツめでややぽっちゃりとしたハルナには苦しかった。
上は臙脂色のワンピースで、紺色のストールを着用した。
着替えた後に、メイドに連れられて最初に案内された部屋に戻り再びエレーナを待つことになる。
部屋に戻ると、爽やかな風が入ってくる。湯上りにはとても、心地よい。
メイドが窓を開けてくれていたようだ。
(もう、深読みはしないようにしよう……これはちゃんと気を使ってくれているのだ)
そう自分に言い聞かせて、注がれていた冷たい水を口にした。
そのとき――
コン、コン!
「ハルナ、もういる?」
エレーナがドアの向こうで呼ぶ。
「あ、うん。いるよ」
カチャ
返事を聞き、エレーナはドアを開けて入ってきた。
「どう? サッパリした?」
「あんな広いお風呂、見たことないよ!すごいんだね、エレーナの家は!」
「まぁ……ね。これでも、フリーマス家はこの町を任されているからね」
「フリーマス?」
「そう、私のフルネームは”エレーナ・フリーマス”。 この家の娘なのよ」
エレーナはハルナに説明する。
この周辺では国が東西に二つ存在していること、各国には四つの町があり、その国の大臣がその町を収めていることは前にも伝えた通り。
特にこの町は東の国の中でも、始まりの場所の森の入り口のため、重要な町であること。
その他の町は、この町の権利を手に入れたがっている事情も付け加えて説明した。
「それでね、ちょっとうちのお母様と会って欲しいんだけど…」
「え? 別にいいけど、どうして?」
「お母様も、前は精霊使いだったの。 今は引退して管理する側になってるんだけどね。」
(引退もあるんだ……)
「見極めもできるから、許可が出ると、ここで訓練できるようになるわよ」
「え!できるようになるの! 会う会う!会わせてー!」
「わかった。じゃあ準備できたら呼びに来るから、もう少しここにいてね」
そういうと、エレーナは今の結果をアーテリアに伝えに行った。
その途中で出会ったのは、先ほどの執事の男性だった。
「おい、エレン。本当にいいのか?」
「仕方ないのよ、アル。 今はこれ以外にお互いが良い結果になる方法が思い付かないの」
二人は幼馴染みで、人目に付かない時は昔の名前で呼び合っている。
「しかし、あの客人は似ているっていうだけで全く家の問題には関係ないんだろ?」
「王の招集があって、人物を選出できないのは水の町としても困るでしょ? それにハルナも精霊使いになりたいみたいだし。 二つの希望を私達が引き合わせてるのよ。 ただそれだけのことなの……」
「水の町との風の町の問題に他人を利用してるだけだ! 目を覚ませ、エレン!」
アルベルトは声を荒げてエレーナの肩を掴んで告げた。
「――じ……じゃあ、どうすればいいの!? ずっとよ!ずっと向こうからこのまま責められ続けなければいけないのよ! どうすれば……」
エレーナはアルベルトの手をはたき落として、その場でしゃがみ込んだ。
「エレーナ……」
アルベルトは名前を呼ぶが、それ以上慰めることができない。
二人は昔のように同じ立場ではないから。
エレーナは、アルベルトが慰めてくれるのを待っていたが、そんなことはできるはずがないと分かっていた。
涙を指で拭って、その場に立ち上がり深い息を一つ吐いた。
「……ごめんなさい、取り乱してしまって。 これからの準備があるから行くわね。
あと、ハルナの食事もお願いね。訓練することになれば、ここに住むことになるだろうから」
「……畏まりました エレーナ様」
エレーナはアーテリアの部屋に向かい、歩いていく。
アルベルトは、食事とハルナの部屋を用意するために、反対の方へ歩いていく。
お互い後ろ髪が引かれる思いで。
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