もうすぐ迎えにいくね

介護施設に1人のお年寄りが入所された。老人は1人で1ヶ月程、マンションで水と少しの食料で生活されていたらしい。水も電気も止められており、最後の方は、塩のみで生活をしていた。近所の隣の隣人が発見した時には、ボロボロの身体で早急に病院に搬送されたそうだ。


僕が介護職員として勤めている施設は、養護老人ホームという場所になる。

ここには、生活難の方が多く入所している。介護を必要としている、方も多くいる中で、その老人は異質に思える。まだ、65歳という若さで、親戚も家族すら居ない、天涯孤独という言葉がその老人には見合っているのだろう。


老人の名前は、Aさんという。Aさんは施設にきて、1ヶ月になるが施設内でも浮いている。一人で過ごすことが多い。たしかに、他の入居者の方たちは、80代の方たちが多い。ましてや、介護職員と同い歳の方も居る。Aさんにとっては、とても居心地が良いものではないだろう。


「Aさん…今日はいい天気だですので、近くまで散歩をしませんか」僕はAさんに語りかける。どこかで、不憫に思えて仕方がないという気持ちがある。


「ありがとうございます、、でも、やめておきます」Aさんは小声で僕に返答する。


Aさんは、いつも誘いを断る。そのせいもあり、他の職員や入居者の方ともコミュニケーションが取れないでいた。また、他の職員もどう接したらいいのかも、分らないというのも理由としてある。


だが、それだけではない…Aさんが施設に来てから不幸な事が次々と起こる様になった。


この1ヶ月の内に3人も突然死が続いてるのだ。言葉にしては言わないが、職員たちの中では噂になっている。それは、Aさんが死神と呼ばれる理由にもなっているのかも知れない。確かに、見た目だけを見ると、Aさんの風貌はとても65歳には見えない…


髪は真っ白に染まり、髪が背中までの長さがある。また、歯は黄色く黄ばみがかっている。それに、身体は180センチの身長にしては、細く痩せこけており、顔も痩せているせいか、年齢が80代後半に思える。


そして、夜中になると、徘徊を行うのだ。一つ一つ部屋の前に立ち。ボソボソと小声で何かを言っている。何度、自分の部屋に誘導してもそれは続いていた。


僕も、少し不気味に感じていたが、見た目などで判断してはいけないと思い、考えないようにしている。そして、今日も僕の夜勤が始まる。


夜勤はとても眠いが、最近は利用者の問題行動が多くある。巡視の時間は12時と2時と4時にある。今の時間は12時の巡視の時間だった。1人で25人の居室を確認してまわる。利用者がしっかりと寝ているかの確認が主な巡視の仕事になる。


巡視をしていると、Aさんが1人で居室の前に立っていた。いつもの光景なので、とくに問題はしていないが、Aさんを自分の部屋に誘導することは、とて大変だった。


「Aさん、もう夜間なので、部屋に戻りましょう」僕はAさんに語りかけるも、Aさんは黙ったまま、動こうとしない。部屋は自分の部屋ではなく他の利用者の部屋だった。

「Aさん、皆さん、寝ていますので、他の方もおきてしまいます。戻りましょう」僕は再度Aさんに語りかける。Aさんはこちらを、見るも怪訝な顔をする。


暫くして、ようやく部屋から離れた。そして、違う部屋の前でまた、立ち止まり、ぼそぼそと小声で独り言を話されている。Aさんの声はとても小さく、何を言っているのかも分らない。僕は、とりあえず、その場を離れて、30分ぐらい様子を見る事にする。


30分後、Aさんの所に戻ってみると、Aさんは、自分の部屋の前で立ち止まっていた。

「Aさん、、そろそろ寝ましょうか」僕は優しく声をかけ、手を引く様に、Aさんの腕を少し引っ張ってしまった。すると、Aさんは僕に向って倒れかかってしまった。

「大丈夫ですか」Aさんの身体の体勢を整える。どうやら、どこも怪我などはしていない様だった。Aさんを部屋のベッドに誘導し、休んで頂く。


そして、僕は寮母室に戻った。本当に焦った…危ない所だった。僕のせいで怪我などがあれば始末書を書かないといけないので、本当に怪我がなくて良かった。

だが、先程の事を思いだした。Aさんが倒れかかった時に、僕はAさんの声が聴こえた。「ここ……ちがう」思い返す度に、声が僕の頭の中に響き渡る感覚が襲ってくる。声はなぜか、甲高い声の様だった。Aさんの声はとても、低音で男性の声だからいつもと違っていると思う。聞き間違いだろうか…


2時になった。巡視の時間、僕は先程の事が頭から離れない。また、Aさんは、また独りで徘徊をしていた。居室の前に立ち、ぼそぼそと独り言を言っている。「Aさん、、、本当に夜ですので、部屋にもどってください」僕は強く言い放った。この時間になると、疲れており少し感情が表に出てしまう。だが、Aさんは、少しこちらを向いて、またぼそぼそと独り言を話している。


僕は、すこし興味があり、Aさんに近づき、聞き耳をたてる。

「もうすぐ……迎え…に…いくね」女の甲高い声が聞こえる。Aさんの口から声がするのに、女の声が聞こえる。僕は、すぐさまに、寮母室に駆け込む。


なぜか、寒さと震えが止まらない…先程の声はなんだったんだろう。

暫くして、ようやく、気持ちが治ってきた。頭が少しは働くようだ。Aさんが立っていた部屋はたしか、Hさんの部屋だったと思う。


Hさんは、88歳の男性で、男性にしては穏やかな方だった。夜は一度寝たら、朝までは入眠されており、オムツを着用しているので、自身でベッドから起き上がったりできない。このままだと、まずい事になるかも知れない…


今思えば、今月に急遽亡くなってしまった、利用者の3人は全員男性だった。死神という噂も、夜中に亡くなった部屋の前で立っていたという事が、噂の原因になっている。だが、全員朝の6時頃、起こしに行くと心臓発作にて亡くなっていた。


まだ、時間がある。時計を確認すると、3時になっていた。僕がなんとかしなければ、もしかしたら、Hさんは朝亡くなっているかも知れない。僕は、少し震える足を立たせる。心臓の音が大きく鼓動をうっている。


廊下にでると、Aさんの姿は何処にも居なかった。急いで、Hさんの部屋の前に行く。扉を開けるしかない。心臓の音が今にも、張り裂けそうなくらい大きく鼓動をうつ。ゆっくりと扉を開ける。


Hさんは、ベッドの上で寝息を立てながら寝ている。本当によかった。僕は安堵をした途端、膝から崩れ落ちた。本当に何もなくて良かった。それと同時に疑ってしまった事に罪悪感を感じるも、暫く、立てそうになかった。


呼吸を整えて、ゆっくりと立ち上がる。本当に今日の夜勤は疲れた。部屋にあった時計を見る。もう4時になろうとしていた。少し休みたいが、巡視だけして戻るか…


「こつ…こつ」廊下から足音が聞こえる。


廊下に出て確認すると、ゆっくりとこちらに、Aさんが歩いてきている。恐怖はあるが、ここで、Hさんの部屋に入らせる訳にはいかない。


「Aさん、、部屋にもどって」僕は強く言い放ち。腕を掴み、Aさんの部屋に誘導する。Aさんはこちらを見るなり、物凄い顔で僕を睨みつけている。僕は恐怖よりも、一刻も早く、Aさんを部屋に戻さないとと思い、強く引張り続ける。


Aさんを部屋に連れ戻した。「ここで、寝てください」僕はベッドにAさんの身体を誘導する。Aさんはずっと僕の顔を睨み続けている。Aさんをベッドに座ってもらい、靴を脱がせる。そして、身体をベッドに収まるように、介助を行う。その時、、声が聴こえた。


「迎え…に…きたよ」女の声が聞こえる。


Aさんの顔がだんだんと真っ青になっていく、、

僕は腰を抜かしながらも、Aさんに大丈夫ですかと語りかける。Aさんは苦痛の顔をする。

僕は慌てて、バイタル測定を行う。血圧がだんだん低下していく。酸素も測れない。助けを求めて、他の介護職と救急車を呼ぶ。心臓マッサージを行うも、Aさんは意識がなくなった


Aさんは、病院に着くなり、死亡してしまった。僕はあの時の事が忘れられない。

僕は介護職を辞めることになった。あれから、夜勤もお年寄りと関わる事も怖くなってしまった。だが、、僕の体験はなんだったのか、Aさんについて調べる事にした。


あの後、Aさんに関して調べていく内に、いくつか分かった事がある。どうやら、Aさんには奥さん一人いた様だった。奥さんと2人暮らしでアパートに住まれていたが、Aさんは退職と共に株の投資に失敗してしまったらしく、借金を抱えてしまったらしい。子どもも居ない状態だったので、頼れる親戚も居ない状態だったらしい。

そんな時に、奥さんは自殺をしてしまった。借金などで、心を病んでしまった様だった。


これは、推測だが、奥さんはAさんの事を迎えに来ていて、迎える為にAさんの事を探していたのではないだろうか。


今、僕は、心療内科に通院している。

今でも、耳にはあの時の言葉が、時折聞こえてくる。

「もうすぐ迎えにいくね」














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