第18話 斉藤帰蝶、軍議に嫌気がさすの事。
【斉藤帰蝶】
帰蝶は子供の頃より聞いていた勇ましい評定の話に耳を傾けていた。
相手の裏をかき、目に見えぬ刃で相手の喉元に切っ先を向ける。
知と知の応酬、それが評定である。
しゃべる事が許されぬ仮面武将として、帰蝶はここ数回の斉藤家の評定に参加して落胆した。
「大桑城は手薄でございます。攻め取るが必定だ」
「待て、待て、
「織田が手を引いたのだ。今が好機ぞ」
未だに守護の
すでに頼芸は守護職を頼純に禅譲し、頼純と帰蝶の婚儀が決まっている。
今更、頼芸を襲って、何の益がある?
さらに言うなら頼芸など織田の傀儡に過ぎない。
織田が手を引いた。
頼芸に守護の器量がないと見限った。
婚姻の条件の1つである牛屋(大垣)を返すつもりはさらさらない。
織田に野心がある事は明白だ。
仮に、頼芸を攻めたとする。
この後見役の織田信秀は頼芸の要請で美濃に攻め上がってくるぞ。
「うむ、攻めるのは構わん。で、織田はどうするのか?」
当たり前の事を父上が家臣に聞き返します。
「織田などまた稲葉山城で籠って凌げばよい。帰り際に襲えば、大勝利間違いなしじゃ」
「そうだ! 弱兵の織田など恐れるに足りん」
美濃自慢が始まって、今日も評定が終わった。
稲葉山周辺は陣を築くのに適した丘もなく、周囲は湿地帯と森が多く点在し、大軍で攻めるのに不向きな地形をしている。
稲葉山城は難攻不落の山城であった。
それが完全な油断となっていた。
軍議とは、この程度のモノなのか?
塩商人の
それが帰蝶の結論であった。
評定は終わったが、織田から帰ってきた使者が入って来た。
◇◇◇
【
津島天王祭より1ヶ月、秘密裡に様々な交渉が進んでいった。
頼純と帰蝶の婚儀の内諾であった。
頼芸が守護職を頼純に譲り、利政は守護代になる。
府城は織田信辰が入っている牛屋(大垣)城とし、織田から返還して貰うのが条件であった。
返還に応じない場合は、朝倉・斉藤の連合軍で強制返還を実行すると言う
織田の返事が簡単であった。
『否ぁ』
婚姻は好きにすればいいが、牛屋(大垣)城は返せないと言ってきた。
やはりな!
後は朝倉が引くに引けない状況を作る必要があった。
そう、朝倉がバックにいる事が重要であった。
本心を言えば、六角から100人でもいいので兵を出して欲しかった。
しかし、六角は決して首を縦に振ろうとしなかった。
六角の参加に拘ると、朝倉まで反対に周りかねないので諦めた。
朝倉が織田にもう一度使者を送っている。
新しい条件を飲んで織田が牛屋(大垣)城を返還すると言えば、戦は起こらない。
条件は世話・詫び料を兼ねて、斉藤家から10万貫文を支払う。
朝倉・織田・土岐三国同盟と美濃での免税特権を付ける。
牛屋に新たな城を作り、現在の牛屋城を二の丸として、織田信辰を城代、および、美濃の守護又代に迎え入れる。
我が斉藤家がここまで譲歩したのだ。
朝倉当主、
何としても三国同盟を設立させて、朝倉の面目を保ちたいと精力的に動いてくれるが、
宗滴は流石だ。
どんな好条件を付けても織田は断ると踏んでいる。
しかし、朝倉の武将達が味方に回ってくれた。
「この条件を飲まぬなら、天下に野心あり。この朝倉とも無事ではすみません。断るようなら潰しておきましょう」
都合よく動いてくれた。
宗滴も止められなかったようだ。
さて、織田はどうだろうな?
織田の面子も潰さず、しかも守護又代に織田が入る事で一定の影響力も残る。
織田包囲網を回避し、三国同盟で逆に今川に圧を掛ける事ができる。
今まで通りの織田信秀であれば、『器用の仁』は乗ってくる。
そう、今まで通りならだ。
逆に、この条件を断られた孝景は面子を潰され、約束通りに織田討伐に兵を出さざるを得なくなる。
織田包囲網に朝倉を巻き込む事ができる。
どちらに転んでも問題ない。
軍議が終わる頃に、信秀との交渉に赴いた
景紀は現朝倉当主の弟であり、宗滴の養子に入った朝倉家の逸材です。
「道空、如何であった」
「織田信秀、美濃簒奪の疑いあり!」
「皆の者、織田は牛屋城の返還を断った。ならば、奪い返すまで! 織田と戦じゃ!」
「「「「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」」」」
待っていましたと武将達が雄叫びを上げます。
懐から三通の手紙を取り出します。
「今川義元、
「「「「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」」」」
朝倉景紀はその手紙を拝読します。
してやられた。
利政の策略で朝倉も織田包囲網に巻き込まれた事を悟ったようであった。
◇◇◇
軍議が終わると宴会となります。
利政はその席を外すと、稲葉山城の天守に上って、一人寂しく手酌で呑みます。
「お酌をいたしましょうか」
「帰蝶か」
「父上、巧く朝倉を捲き込みましたね」
面を外した武者姿の帰蝶が利政の盃に酒を注ぎます。
「やれる事はやった」
「あと六角も包囲網に入れたかったですわね」
「六角は甲賀より織田の内情を知っておるようだ」
そう言うと今川からの手紙を帰蝶に渡します。
皆には、まだ見せていない手紙でした。
そこには
「南蛮貿易で銭があり、月に200丁の鉄砲を生産するのですか」
「六角は織田から500丁の鉄砲を買ったらしい」
「なるほど、六角は包囲網に参加する気がないのですね。しかし、包囲網を邪魔する気もない」
「適度に織田が弱った所で介入して、漁夫の利を狙っているのかもな」
「それは厄介ですね」
「いっそ三国同盟を受けてくれた方が楽だったかもしれん」
「織田から大量に鉄砲を仕入れて、信濃でも攻めますか?」
「ふ、ふ、ふ、悪くないな」
賽は振られた。
「2万を動員する」
「ほぼ全軍になりますね」
「あと、朝倉がどれくらい出してくれるかだな」
「5,000は出して欲しい所です」
「ふ、ふ、ふ、頼純の守りくらいは朝倉に押し付けたいな」
「そう、お手紙を出しておきましょう」
帰蝶が未来の夫を気遣うはじめてのお願いであった。
そう、美濃では頼純様のお命を狙う者がいますから、しっかり朝倉の護衛を付けてお戻りくださいとしたためる。
脅迫めいた手紙に頼純は震えたと言います。
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