デラヌイ
夕浦 ミラ
第一夜
夜の底
渦雲の月夜
暗闇の中、声が聞こえる。真っ暗な空で渦雲に囲われた金色に煌めく月が私を照らしていて、空を見上げると私の周りの闇が天高くまで伸びて渦雲と合わさりまるでトンネルのようで、台風の目の中みたいに静かだ。
私は人間‥だと思う。でもどんなに探しても手も足もないの。それどころかまばたきもできなければ声も出せないの。ただ、声が聞こえる。とても懐かしくて安心する、私を呼んでいるみたい。あるいは私なの?その声に惹かれて私は歩き初める(足は見つからないけど歩いてる気がする)。でも、一寸先は闇で間違えれば谷底に落ちてしまいそうな恐怖に私は足がすくんでしまい、数歩でその場に座り込んでしまった。
あぁ、私って弱いなぁ。体力ないし(体がない気がするけど)、心も弱いし(心臓あるのかな)、なのに涙も出てこないし、もうここでずっと寝ててもいいよね。
ここは何なのだろう。体が見えないし触れもしないのにちゃんとある気がする。私は今、無い手足を投げ出して寝そべり三日月を眺めている。また声が聞こえた。あの声の主も私と同じなのかな。だとしたら、声が出せるなんて羨ましいな。私なんて何も出来ないのに。でも、声が出せたら私は何て言うんだろう。今の気分だと「帰りたい」(帰る場所あるのかな?)とか「もう寝る」(寝れるの?目も瞑れないのに)とか「こわいよ、誰か助けて」とか‥‥‥‥‥‥。
何かひらめきを感じて私は体を起こした。そのひらめきはすべてを納得させ、まるでパズルのピースが揃ったような、そうでなくともとっかかりが見つかってこのまま進めそうな気にさせ、私に怠惰と恐怖を越えさせるだけの熱量があった。
(あの声は助けを求めているんだ。私に?)
立ち上がると、地面に光る足跡が浮かんできた。足跡の上はきっと進めるんだ。確証もないのに私はそう決めつけ歩き始めた。ここの地面はとても気色の悪いもので、固いところも柔らかいところもブヨブヨしていて、まるで肉から皮がズル剥けるみたいな感触がして背筋が凍るけど、あの声がどこか使命感めいた勇気を湧かせる。
光る足跡が途絶えている。その先は真っ暗で何も、何も見えないし感じられない。急に私は熱が冷めて体が重くなってしまった(何度も言うけど体はない)。私はふと空を仰ぐ。三日月が渦雲に囲われ輝いている。月の光に照らされて、私は体があるような気がした。そしてまた、あの声が聞こえる。私を呼んでいる。やはり使命感と言うか義務感と言うか、あの声を助けなくちゃいけない、と思う一方で私は、私があの声を求めていることをどういうわけか思い出した、のだ。
グッと手を胸に当ててみる。肌の熱さと微かな鼓動が感じられた。でも、きっと、これは私のじゃあない。助けに行かなきゃ、この鼓動の主を。もうわかった。いや、何もわかってないんだけど、でも、もうこれ以上待たせてはいけない。この鼓動はこんなにも微かで、あの声はずっと、ずっと聞こえているんだから。もう私は髪の毛から足の先まではっきりとしているんだから。行かなくちゃ‥‥‥‥‥‥‥。
「ひゃっ」
踏み出した足が地面を踏むことはなかった。私は浮遊感と共に暗く深い闇の中へ落ちていったのだっだ。
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