必要な時にいる男2


少し長いです。ごめんなさい


**


 少し前。


「さて、ゼロ。鷹山の居場所がわかったわけだが……どっちから行くか」


 午後六時二十分。S市は夕暮れから夜へと変わろうかという時間帯。

相棒はいつものように無駄に高いビルの屋上で風に煽られながら衣装のマントをはためかせていた。

  早く夜になってくれ、と気ばかりが焦ってしまう。

 委員長父から教えてもらった鷹山の情報だが、鷹山はどうやらT市とS市の中間辺りにある廃ビルにいるらしい。なんでも携帯の位置情報が昨日の夜からそこを指しているとか。


 絶対に委員長父は鷹山の番号なんて知らなかっただろうにそれをわざわざ知り合いの伝手を辿って番号を割り出すところからしたんだとか。……もう本当にご苦労様です。


 そして、あの後第二の行方不明者こと委員長の件でも進展があった。

 どうやら、委員長はまたしても向こうの世界の連中に攫われてしまったらしいのだ。

 おそらく、一度目の襲撃が失敗した時点で自分たちの情報が漏れている可能性もあると踏んだ向こうの世界のやつらは情報が広がる前に委員長を消すなり連れて帰るなりをしないといけないと躍起になったせいだろう。


「キュー」


 それに、今日の電話で委員長父があまりにも委員長について触れなかったのは流石におかしかった。 

 その口ぶりを聞いている限りでは、まるで委員長なんてハナから存在しないかのような印象を受けたのだ。

 はっきりとはわからないが、委員長父に記憶操作系の魔法が使われているのだろう。


 委員長がいなくなったのが二日前とクラスにいたやつらは言っていた。

 なら、相棒が委員長の家に行った日だ……その日に失踪したとなると、完全に僕のミスだということになる。

 おそらく、委員長を連れ去るのには魔法を一切使わずに、僕らが家を出たあとに親の記憶だけ僕の魔力探知では気づかないほど小規模な魔法で弄ったのだ。

 ここで重要なのは委員長が向こうの世界のやつらに連れ去られてから二日たってしまったのだ。普通に考えるともうとっくに向こうの世界へと連れ帰られているはず。

 なぜ今回に限って両親の記憶を弄るなんて面倒な真似をしたのかは不明だったが、それでも攫われたという時点で僕らの負けだった。


 強く歯噛みしたくなるが、今は他にやることがあった。

 鷹山なら、もしかすると助けられるかもしれないのだ。

 もちろん、鷹山も向こうの世界のやつらに攫われたのなら既にゲームセットで、僕らの敗北だろう。


 しかし、昨日の夜に、怪物を召喚するなどの大きな魔法を使われた気配は感じなかった。

 もしこれが仮に僕が気づけないほど小規模な魔法だったか、はたまた僕らが動けない昼にやられたものだとしたら、既に手遅れだ。


 しかし、鷹山の場合はただの誘拐など、向こうの世界が絡んでいない事件に巻き込まれた可能性もある。

 向こうの世界が絡んでいない場合、鷹山はまだ助けられるのだ。


「まあ、今日はもし異世界人がいたなら聞き込みをしてからサクッと片付けるとして、とりあえず鷹山か……じゃあ、行くか」


 水平線に日が沈んだのを確認して、相棒はビルの屋上に若干ヒビを入れながら第一歩を踏み出した。

 ぐんぐんと加速していく世界の中で、仮面の下にある相棒の顔もいつもよりも少し真面目に引き締められていた。

 流石にクラスメイト兼一度名刺を渡した相手を守れなかったとなると、相棒も思うところはかなりあるのだろう。

 委員長の件は相棒の今後の活動にかなり影響を与えてしまうのかもしれない……そんな風に僕の中でも一つ懸念が生まれた、そんな時、


「キュ?」


「どうした? ゼロ」


「キュー」


 降って沸いたかのように胸に引っ掛かりを覚えた。

 ――おかしい。

 まず、僕が知っている向こうの世界のやり口と今回の委員長に対する粘着質な対応はそもそも違いすぎる。

 普通、向こうの世界は情報収集と魔力の器として、体内の魔力許容量が多い人材などを欲してこちらへと密かに侵略してくる。


 しかし、それはあくまでランダムであって、後処理が発生するようなやり方は絶対にしない。


 ……つまり、成功か、失敗かなのだ。


 成功なら送り込んだ人材や怪物は適当な人材や情報を手に帰ってくるし、失敗なら帰ってこない。

 ここでキーポイントなのは”特定の誰か”ではないということだ。

 あくまで、向こうの世界はこちらの世界を詳しく知らない。

 誰が魔力の許容量が多いかなんてわかるわけがないのだ。

 現地に派遣された人間が適当にチョイスしてそれを確保するというシステムのはず。


 なら、同じ人間が何度も偶然狙れるなんておかしくないか?


 委員長の魔力許容量は確かに人よりは多い。人の二倍ほどはあるだろう。だが、それだけだ。

 別にそれくらいの人ならこのS市だけでも数人はいるだろうし、相棒とこの活動をしている中で、何人も出会ってきた。

 しかし、それでも何度も個人を狙って襲われるなんてことなかったのだ。


「キュー」


 委員長が、向こうの世界に個人的に狙われている?


 ……そういえば、前に見つけた委員長から伸びていた細い糸はなんだ?

 いや、待て。でも、委員長を襲ったやつらは相棒が抹殺したはず……誰が、どうやって、委員長個人の情報を向こうの世界に持っていった?


 いや、もしかして……委員長を狙った異世界人はこちらの世界に滞在している?


 何か、胸にストンと落ちるような感覚。

 委員長個人を狙ったやつがこっち世界に滞在していて、何らかの理由で委員長を執拗に追いかけているとしよう。

 それならば、かなりの怪物を委員長確保のために召喚し、相棒に倒されたはずだ。

 怪物を召喚するための魔力の消費などはかなりのはず……もしかすると、まだこっちの世界に残っている可能性もあるのか?


 僕は心を一度落ち着かせる。

 今は鷹山だ。鷹山を助けてから、もう一度考え直そう。

 でも、もしかすると……そう考えていつも以上に繊細に魔法の反応を感じられるように神経を尖らせる。


「おい、ゼロ。着くぞ!」


 僕が必死に頭を使っていると、相棒はいつの間にか目的の廃ビルへと到着したようで、勢いそのまま屋上へと着地した。

 そして、ニヤリと笑ったかと思うと、屋上の床に手を当てて、小さく声を出した。


「闇の収束」


 すると、相棒を中心として、音もなく床に直径五メートルほどの穴が空く。ぽっこりとその部分だけ切り取られたかのように綺麗な切り口の穴だった。

 相棒はいつも通りに力が使えることをしっかりと確認してからビルの内部へと潜入する。

 委員長父の情報ではこのビルは地上六階建て。ワンフロア自体は四室しか入っておらず、それほど広いものでもない。

 これなら、もし誰かが逃げ出したとしても相棒なら余裕で気づくことができる広さだ。


「ふぅ……ここに鷹山がいるわけか。やけに静かだな」


 相棒は息を吐いてビルの中を歩いていく。

 しかし、まるで人の気配がしない。水を打ったように静まり返ったビルの中では、相棒の服が擦れる音ですら大きく聞こえた。

 普段は無意味に無音で歩きたがる相棒は、まるであえて音を立てているかのようだった。


 いや、実際そうなのだろう。相棒は直感でここに誰かいることを察知しているに違いない。

 そうでないとあんな不気味な笑顔は浮かべられないはずだ。

 ここには確実に向こうの世界のやつらがいるのだ。となると、この静かな音のない世界は意図的に作り出されたもの。


 つまり、超小規模な遮音結界で自らの周りだけを包んでいるやつがいるのだ。

 なるほど、こんなレベルの魔法なら普通の僕程度の怪物なら絶対に気づくことができないはずだ。


(このスリル……高揚感、いい感じに染まってる)


 相変わらず第三者視点では意味のわからない言動をする興奮状態の相棒だが、その実心は至って冷静だった。

 普段の夜の活動をしているときよりもなお研ぎ澄まされている。


「そこに誰かいるな……」


 そうぽつりとつぶやいた相棒はすっと壁伝いに気配を殺して六階の奥の一室の前へと張り付く。

 そして、もう一度小さく息を吐いてから、バッと勢いよく開く。

 だが、残念なことにそんなところにもちろん人はいない。ボロボロの事務所跡が広がっているだけだった。


「…………ふっ、外れか」


 ――と、思った時だった。

 いきなり扉の影から全身黒に身を包んだ小柄な男が相棒へと向かって炎の玉を連射した。

 自分を遮音結界で包んでいるから詠唱も一切聞こえない、完全な奇襲。

 死角からの必殺の一撃。


(とった……!)


 暗殺者も心で完全に笑みを浮かべて放ったその一撃に――相棒は笑顔で応じた。

 残念なことに、この近距離でそのレベルの魔法の行使となると僕もさすがに気づいていたのだ。

 詠唱を始めた時にはもう相棒にここに人がいるということを合図で教えていた。つまり、入る前からもう相棒はこの部屋にちゃんと敵がいることを認識していた。

 その時点で決着ははっきりとついていた。


「甘い……」


 相棒が言いながら左手で虚空を掴む。

 すると、いとも簡単に火の玉は全て消失し、火の粉すら残さずに消え失せたのだ。


『――っ! まさかお前『ホワイト』!?』


 言いながら小柄な男は今度は自分の羽織っていたジャケットを相棒へと投げつける。一瞬警戒して反応が遅れた相棒だが、冷静に再び闇の糸で切り刻む。

 そして男を捕まえようと手を伸ばした時――もうそこには誰もいなかった。


「――は……どこに!?」


 あまりにも早い逃げ足に戸惑う相棒だが、勢いよく廊下へと出たところで、廊下の先から小柄な男が飛び降りたのが見えた。


「あいつ……!」


 急いで廊下を走り抜け、男が飛び降りた廊下の端へと辿りついて、下を見下ろす。

 すると、男はいつの間にか下につけていた車に乗りこんでいた。

 車は男がドアを閉めると同時にタイヤを空回りさせながらも急発車、勢いよく周りに埃を飛ばしながら夜の街を走り出した。


「逃がすか!」


 相棒はすぐにマントを放り出して、道路を飛び越えるほどの大ジャンプとともに逃げる車の追走を開始した。


 そこからはただの鬼ごっこだった。

 もとから閑散とした通りなので、車は好き勝手にスピードを出しまくる。百キロを軽く超えるような速度で暴れまわるシルバーのセダン。

 それをなんとか止めようと相棒は即席で作った障害物を次々と置いていくが、車はそれをギリギリのところで回避する。

 小柄な男の同乗者はかなりの運転技術を持っているようで、魔法も使わずになんとかやり過ごしていた。


(異世界人が車とかそんなのありかよ! ……もしかして鷹山もあの中にいるのか?)


 そう、相棒の考え通りおそらくあの車には鷹山が乗っている。一瞬だけ覗いた後部座席に倒れている男が見えた。おそらく鷹山だろう。

 なんと、鷹山は向こうの世界のやつらに攫われていたのだ。


 しかし、そうなるとまたしてもひとつ謎が浮上する。鷹山を連れ去ったあの小柄な男と助手席の誰かはどうしてすぐに向こうの世界に帰らなかったんだ?

 鷹山を捕まえるのにそんな大規模な魔法なんて使わないはずだし……帰還のための魔法は十分使えたはずだ。だとしたら、どうして……。


「ゼロ! あの車に鷹山は乗ってたのか!?」


「キュ!?――キュ!」


「ちっ……やっぱそうなのかよ!」


 いや、これを考えるのは今ではない。捕まえてから縛り上げればいいだけだ。

 相棒は今でも暴れまわる車の前に針を作っていくが、それを車体を傾けたり急に曲がったりと不安定に車は避ける。

 本来なら壁でも作れば一発だが、鷹山がいる以上相棒も余りにも乱暴な手は打てずにいるのが現状。逆転の手を探るべく、必死に相棒がビル伝いに車を追いかける。


 追いかける。追いかける。


 ふと、車の助手席の窓が空いたかと思うと、にゅっとそこから手が伸びてくる。


「あぁ!?」


 そして、いきなり魔法が発動。直径三十センチ程度の小規模の炎の玉が相棒をロックオン。数十発の炎の玉の群れがばらまかれた。


「っだよ邪魔だ!」


 しかし、相棒は両手で平泳ぎするかのように空気をかき分けて、飛んでくる火の玉を払拭すると、足を下から上に蹴り上げる。

 あまりの脚力に大気が悲鳴をあげ、空間が断裂するほどの風、かまいたちが発生する。

 それが車の窓からこちらへと伸ばされる手へと飛んでいく――が、


「ちっ……」


 何かを察知した車が一瞬だけブレーキをかけたことでそれは男の腕を掠りもせずに、車の前の地面を大きく切り裂くだけに終わった。

 タイヤが生まれた段差に引っかかり、車体が大きく持ち上がる。

 ガタンと着地したかと思うと、今度は再び男がこちらへと魔法を放つ。


 しかし、今度に至っては声すら出さずに相棒はそれを消し去ると、一瞬だけ足に今まで以上の踏み込みを込めて跳躍する。

 車はそのプレッシャーに耐え切れずに急に進路方向をして脇道へとそれた。

 相棒は、車が進むはずだった場所へとロケットのような勢いで粉塵をまき散らしながら着地するが、舌打ちだけすると、もう一度ビルの上へと十メートル以上の大ジャンプをして追跡を再開する。


 すると、突如として車に変化が訪れた。

 運転席の後ろの扉が勢いよく開いたのだ。そこから、ぬっと鷹山と先ほど見た小柄な男の半身を覗かせる。


「鷹山……てめぇ」


 思わず、相棒が邪悪な笑みを浮かべた。

 鷹山がやはりそこにいたという事実と、それを助けられる状況を作ってくれたということが嬉しいのだろう。

 小柄な男が顔を出して、こちらへと吠える。


『お前! なんで俺たちの邪魔を!!』


「はっ……自分の胸に聞け」


 小柄な男が鷹山を押さえつけながら必死に唾を飛ばしてくるが、相棒はそれを涼しい顔で受け流す。

 実際には相棒の声を飛ばすことも、相棒の言葉を翻訳することもしていないので、相棒の声は相手には全く聞こえていない。

 だから、小柄な男は無視されたと思いさらに叫びだす。


『お前もこっちの世界の人間なんだろ!? 仲間じゃねぇか! いちいちいちいち邪魔しやがって……俺たちは協力できんじゃねぇのかよ!?』


「そんな殺意ムンムンで何を言われても、全く説得力ねぇっつーの!」


『お前ぇぇ!』


 いくら叫んでもレスポンス一つ返さないことにいらだちがピークに達した小柄な男は、手をこちらへと突き出して詠唱を開始し始める。

 浮かび上がる魔法陣の色は赤、おそらく先程から放たれている炎の魔法だろう。

 それを見た相棒は一気に速度を上げて車へと接近する。

 なんとか目で追う小柄な男は、手を再びこちらへと向けてくるが、そんな男をあざ笑うかのように相棒は口を開く。


「その作戦は失敗だ」


 そこで、相棒は拳を下から上に突き上げた。

 すると、それに呼応するかのように再び車が跳ね上がり、宙に浮く。

 一気に身を宙に踊らされたことで思わず目を丸くする小柄な男。

 だが、その目が相棒を捉えるよりも早く、小柄な男の手にあったはずの鷹山を瞬時に相棒が確保して、さらに上空へと舞い上がる。

 とんでもない跳躍力で一気に三十メートル以上跳ね上がった相棒は、下で相棒の姿を見失った小柄な男と、運転席で驚愕に目を見開いている女を見て、思わず笑みが浮かぶ。


「ほらっ!」


「――え?」


 相棒は、ようやく宙に投げ出されているということを理解した鷹山の首根っこを掴んで、そこからさらに上空へと投げ飛ばす。

 そして、その慣性を利用して急降下、車へと着地して、小柄な男の手を踏みつけた。


『ぐぁあああああああああああァァあ!』


 数十メートル上空から踏み抜かれた手は車体もろとも歪み、男の手から骨が飛び出す。

 肘から先がほぼ百八十度曲がり、ねじれに耐え切れなくなった血管が、スプリンクラーのように血を撒き散らす。

 だが、悲劇は終わらない。

 相棒に向かって放つために作っていた火の玉が、手が変な方向を向いたばっかりに車体に向かって誤射。車のガラスを破って車内へと燃え移る。


『あづぁぁぁ!』


 自身の作った炎が燃え移ったシートに焼かれながら、小柄な男は絶叫する。


『ちょ、え? いや、いや!』


 運転席の女は混乱からか必死にクラクションを鳴らしたり、ドアをガチャガチャと開けたり閉めたりを繰り返している。

 僕は相棒へと仮面の視線と締め上げの強さだけで指示を出す。


 すると、相棒は一瞬で僕の意図を汲み取ったのか、扉を開いて女を外に連れ出すと、車を勢いよく踏みつけた。

 慣性によって再び浮き上がる相棒と、地面へと落下する車。

 一秒もせずに地面へと無残に落下した車が激しく燃焼、爆発した。


 しかし、その次の瞬間には相棒が炎と音、そして車の全てを闇で飲み込み、全てを無へと還元した。

 車が空中に浮かび上がってから僅か十数秒のやりとり、そんな中で相棒は完全に僕が思っていた通りの仕事を果たしてくれて、さらに鷹山の救出までやりとげたのだ――鷹山はまだ上空にいるが。

 相棒と僕。

 思考の濃度は違うし言語による意思疎通もできないが、最終的な結論は同じ。

 上空で停滞しながら、水色の髪の女の胸ぐらを掴み上げて、相棒はそのマスク越しに睨みつける。


『ひ、た……たすけて! な、なんでも、なんでもするからっ!』


 僕はそんな醜い命乞いを聞きながら、相棒の口元に翻訳機能付きのスピーカーを作る。


『なんでも……なんでもねぇ?』


 相棒が弄ぶように言った。

 相棒の背後に大きく浮かぶ月が、より一層相棒の異次元性を醸し出しているのだろう。

 まるで神を見るかのようなすがりつく眼差しで女は相棒へと命乞いを繰り返した。


『た、たすけて……か、体? 体ならなんどでも……』


 涙を目尻にためながら相棒へと女がそう口を開いた瞬間、相棒は大きく溜息をついた。


『なぁ、お前らあいつ以外にも他にも人を攫ってないか?』


 そう言って今尚上空にいる鷹山を指さす。

 相棒がそういったとき、僕の頭の中に様々な情報が流れ込んできた。


 秋風と委員長を攫ったこと。

 それは『協力者』と呼ばれる人間が指示したこと。

 こいつらの組織が最初は十人だったが、現在六人だということ。

 攫われた二人がどこにいるかということ。

 こいつらが向こうの世界に帰れないということ。


 本当に様々なことが流れてきた。


『……え? なに? 急に? なんのこと?』


 目の前の女は冷や汗を顔中に貼り付けながらも視線を横へと流す。

 誰が見てもわかる嘘だった。

 なるほど、こいつらは『協力者』に脅されているのか。なら、こうする以外に対応はないと。

 ……まあ、同情するつもりはないが。


「――はぁ。お前はロクに答える気がないんだな……死ね」


『さ、さらってなんて――ぶべぇつ!』


 相棒は冷たい眼差しを向けながら、掴んだ胸ぐらを一瞬解放して――頭を掴む。

 そして、一瞬力を入れた。

 すると、相棒の五指に引き寄せられるかのように体が圧縮されていき、やがて全てが消え失せた。

 血すら見せない完全無慈悲な殺害。

 いつものようにきっちりと仕事をやり遂げた相棒は、振り返って一度月を仰ぎ見たあとに、右手をそちらに向かってかざすと、拳を握り締めた。


「えあああああああああアァアァァぁぁあアアああああ!」


 すると、上空数百メートルの旅を終えた鷹山が久しぶりの地上へと向けてダイブしてきた。

 しかし、相棒の力によって徐々に減速していき、やがて相棒の右腕へと腹で着地する。


「ぶべぼぉつ……はぁ、はぁ……あで?し、しんで……なぃ……?」


 伸ばした相棒の右腕に干しぶとん状態でぶら下がる鷹山は、さすがに上空数百メートルの旅をしてきただけあって、いつもぴっちりキマっている髪型は派手に乱れ、涎も口元から垂れて、ズボンからもしっかりと水滴がぴちゃぴちゃと垂れていた。


(うわ……)


 いつもイケメンなクラスの人気者のあまりのブサイクな姿に思わず相棒もドン引きしてしまう。


「な……なにが、どうなって……ぎゃあああああああ!?」


「おいなんだ……失礼なやつだな。俺の顔がそんなにおかしいか?」


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください僕はなんでもしますから! こ、殺さないで!」


 今なお上空数十メートルに滞在しているという事実と、真っ黒なスマイル仮面という不気味極まりない相棒の装いに気づいて驚く鷹山。

 だが、相棒としてはなかなか見たことないクラスメイトの一面に少し戸惑っている様子。


(殺さないで……? 誰が? 誰を? 異世界人は殺したはずなんだけど……まさかあいつらを殺すなとかそんなこと言ってるのか?)


 相変わらず変な方向に思考が進みがちな相棒は、隣で暴れまわる鷹山を片手一本でしっかりとホールドし直すと、脇へと抱えなおした。


「な、何ですか!? 俺、別に何も悪いことしてませんよね!? 俺なんてただの普通の高校生ですよ!?」


 きっと、鷹山からしてみれば今の相棒は死神かなにかに見えているのだろう。

 まあ、わからなくもない。

 しかし、当の相棒は首をひねるばかり。


(知ってるけど……?)


 ――と、今はそんなことをしている場合ではない。一刻一秒を争う事態だ。

 僕はすぐに敵発見の合図と、スマイル仮面の目を次の目的地の方へと移動させる。

 相棒は一瞬で顔を引き締め直し、狂笑を浮かべる。

 それから今尚自分の腕の上で暴れまわる鷹山を勢いよくビンタした。

 瞬時に痛みを闇で吸収、衝撃のみを鷹山へと伝える。


「おい、少年」


「は、はいぃ! な、なんですか!? お、俺次からは彼女とかもっと大切にします! 友達にも一生嘘とかつきません! セフレとかもちゃんと――誓いますからまだ生きさせてぇぇェェ!」 


(……あーはい)


 とても聞きたくない告白を聞いた相棒は鷹山を下ろそうと下へと下降していくが、それは困る。

 これから相棒は二箇所で暴れる必要があるのだ。一箇所は相棒お決まりのシメをしてもいいが、もう一箇所は鷹山にフォローをしてもらわないと困る。

 僕はその意図を込めてしっかりときつめに相棒の仮面を圧迫する。


(いっづァァァうdパファジェイf火味hフィアじぇをfk!)


 すると、僕の意図はしっかりと伝わったようで、涙目になりながらも相棒は脇にしっかりと鷹山を抱えなおす。


「今からちょっとしんどいかもしれんが頑張ってくれよ」


「え、しんどいって――ぶいぶぅいjぎあおいjrぎおあんぎ!」


 そして、一歩を踏み出した相棒はまたしても風になった。


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