またあした

 パンケーキを堪能した帰り道、なじみが暮れはじめた空に向かってつぶやく。


「あーあ、楽しい時間はどうしてすぐに終わっちゃうんだろう」


「パンケーキ美味かったな」


 俺は甘いものが好きなんだが、男の友達とは行かないからな。

 なじみとこういう店に行けるのは本当にありがたい。

 なじみも笑顔でうなずいた。


「うん、すっごく美味しかった。またこようね」


 ちなみになじみは生クリームがたっぷり乗ったパンケーキの上にシロップとハチミツをかけ、さらにチョコソースのトッピングも追加していた。

 甘党の俺でも見るだけで胸焼けがするほどだったんだが、なじみは一口ごとに幸せそうな表情を浮かべていた。


 なじみにとっては、甘ければ甘いほど美味しいらしい。

 ま、本人が幸せならそれが一番だよな。


「せっかくだし全メニュー制覇したいな」


「全トッピングもね」


「組み合わせの数ヤバそうだな」


「じゃあこれからは毎日デートしないと」


「さすがに毎日は飽きるだろ……。毎週くらいにしようぜ」


「アタシはコウと毎日デートしたいのになあ?」


 俺の正面に回り込んだなじみが、上目使いでちょっとニヤニヤしながらいってくる。

 なじみとは小学校に入る前からの付き合いだからこうしてちょっと近づかれるくらい慣れているんだが、それでもこんな風にいわれたら意識するなってほうが無理だろう。

 思わす視線を逸らしながら答えた。


「デートなら割としょっちゅう行ってると思うんだが」


「ふうーん。その割にはなんだか顔が赤くなーい?」


「そりゃ……、なじみと一緒に出かけるのは楽しいからな」


「えへへ、実はアタシも!」


 なんだかんだで俺たちは一緒に出かけることが多いからな。

 似た者同士だからか、好みも似てるところが多い。お互い甘党だしな。


 彼女が欲しいと思わないのは、なじみのおかげなのかもしれない。

 なじみのせい、というべきなのかもしれないけど。


「あーあ、家に帰りたくないなあ」


 またしても思わせぶりなことを言っているが、それには特別な意味があるわけじゃない。


 なじみの家は金持ちだが古風で、高校二年となった今でも門限は18時なくらいに厳格だった。

 学校の行事など特別な理由があるときは、事前に言えば延ばしてもらえるが、それでも定期的に家に連絡を入れなければならない。


 そしてそれは、俺も同じようなものだった。

 さすがに門限を決めるほど束縛がひどくはないが、家が厳格であることに変わりはない。


 そして、俺たちはしょせん子供だ。

 どんなに家を嫌っていたとしても、家を出て一人で暮らすなんてわけにはいかない。

 俺たちがそれを望んだとしても、社会がそれを許さないんだ。


「俺だって家は嫌いだが、帰らないわけにはいかないだろ」


「コウがうちに来てくれてもいいんだよ?」


「なじみの家が許してくれると思うか?」


「……思わないなあ」


 がっくりとうなだれる。

 俺たちは幼なじみ同士で仲がいいが、家同士の仲は悪い。

 険悪といってもいいくらいだ。


 詳しい理由は聞きたくもないので聞いていないのだが、俺の父親と、なじみの母親の仲が信じられないくらいに悪いんだよ。


 過去になにかあったらしいんだが、まあそんなことはどうでもいい。

 俺も親父の過去になんかこれっぽっちも興味ないしな。

 とにかく、お互いの家に行く、ってのはちょっと考えられないんだ。


「しょうがないから帰るかあ。じゃあ、次のデートは土曜日だね」


「わかった。じゃあまた明日学校でな」


「うん、また明日」


 なじみが手を振りながら、無理に笑顔を作って浮かべた。

 少し寂しそうだったけど、俺はそれ以上何もいわずに無言で手を振り返した。

 明日になっても、明後日になっても、学校に行けばいつも通りに会えるんだから。



 このときまで俺たちはそう思っていたんだ。

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