外来者
村から出たことがあるかとは、おかしなことを訊く。そもそも、私は外から来た人間なのだ。出たことがあるに決まっているではないか。それに、さっき田舎の茨城から出て東京で暮らしていると言ったばかりでもある。
「そりゃ、だって、僕は東京から来たんですよ? 住んでた田舎も村ってほど小さい町ではなかったし。だから、村と言うと変ですけど、まあ、田舎からは出てますよ」
しばらく待ってもカナエさんからの応答はなく、今ので会話が終了したのかと思った私は、左手に握ったままになっていたスマホの画面を確認してみた。
中村からのショートメッセージが届いていたのは予想どおりではあったものの、画面を埋め尽くしているそのどれもが、内容の書かれていない
カナエさんに右の太腿裏を強く圧迫された私は、つい「あー、そこ。あー」と声を上げて「その付け根のとこ、あー」と気持ちよさに
「なんか、そうとう脚にきてるっぽいです」
やはりカナエさんは返事をしてくれず、独り言のようになってしまって気恥ずかしかったが、私はまあいいかと思って中村からのメールを確認することにした。
待ち受け画面の通知に収まりきれなかったらしく、SMSの受信箱を開くと六件かと思っていた新着メールは二十二件も届いており、いくら下へスクロールしても内容の書かれたものが現れないことに私は少しばかり苛立ちを覚えた。
ようやく見つけたもっとも古い新着メールの文面を二度読むなり、私は思わず「え?」と声に出してしまい、カナエさんに背後から「どうかされましたか?」と訊ねられ、咄嗟に「ゲームで、やられちゃって」と女将のときと同じように嘘を吐いて誤魔化した。
中村からのメッセージには『にげないところされる』という一文だけがあり、念のため開いた他のメールには何も書かれていなかった。
私を怖がらせようとしている中村の悪ふざけなのだろうか。私だって冗談が通じない人間ではないが、こういった子供じみた
無視してやろうかと思っているところへ追加の空メールが届いた。これはちょっと厳しく言ってやめさせねばなるまい。
右脚を
左の太腿を揉まれながら、私は『いい加減やめてください』と打ったメールを中村に送ったあと、急に思い立って『かむらた山』と『かぢな駅』をそれぞれネットで検索してみたのだが、それらの文字列を含む結果は表示されなかった。
地図アプリを開いて地名を検索しても結果は同じく、どちらも『見つかりません』と表示されるだけで何の情報も出ない。漢字を間違えているのならまだしも、平仮名でヒットしないということは、そんな地名は存在していないという意味と同義である。廃村でもないのに地図にも載っていないのはなぜだ。
私はそれならばと再びネットへ戻り、『八ツ足様』『
果たして真々白氏が言っていた祭りの名前は何だっただろうか。一つは沈むとか鎮めるだったような気もするが定かではない。あと二つ三つ似たような単語を言っていたのは覚えていても、疲れていただけでなく興味がなかったこともあり、話が入ってこなかったせいでそちらも記憶には残っていない。
あれこれ考えを巡らせていた私は、女将に聞きそびれたバケモノについて訊いてみようと思い、左のふくらはぎを揉んでくれているカナエさんに「あの、ちょっとお訊きしてもいいですか?」と声を掛けてみた。
「どこか痛かったですか?」
「いえ、大丈夫です。そうじゃなくて、少し気になることというか、どういう意味なのかと思うことがあってですね」
「どこか痛いところはありませんか?」
この女性、さっきから逆に質問してくることで、私の話をはぐらかそうとしていないだろうか。
「いえ、問題ないです。それで、お訊きしたいことっていうのが」
「知らないほうがいいこともありますよ」
「え?」
質問する前から知らないほうがいいこともある、とは何に対する助言なのだ。いやむしろ、助言というよりは
「それでお客様、訊きたいこと、というのはなんですか?」
いなそうとしたかと思えば先を
「その、この辺りの伝承、ですか? それに出てくるバケモノってのが気になっていて」
「気になっているとは、どう気になっているんです?」
「どうと言われても。じゃあ、だってほら、常識的に考えてバケモノなんているわけないじゃないですか? だからその、実際のバケモノは何を指しているのかなと」
単語を入れ替えただけの真々白氏の受け売りである。一瞬、動画に映っていた黒い影が頭をよぎったが、馬鹿げていると私はすぐさまその考えを振り払った。
「お客様、お
左足の踵を左右から摘むように圧迫されるのを感じつつ、こちらの質問には答えずにまた逆に質問してくるのかと思いながらも、私は「ええ、山の上にある神社ですよね?」と確認とともに同意を求めた。
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