訓練が終わり、少佐の部屋へと向かう。

 卒業してから何も変わっていなかった。ただ少し何かの報告書のようなものが増えていた。

「着替えはいらんだろ。大して動いてないんだし」と少佐は言っていたが、勝手に決めつけないで欲しい。いらないけど。

「足の調子が悪そうですが?」

 僕は少佐に聞いてみる。

「最近義足の調子が悪くてね。歩きにくいんだ」

 少佐が答えるが、そんな些末なことでもないだろうと僕は思う。

「昔みたいに授業が沢山入っているわけじゃないのね」

 先輩が指摘する。確かに僕がいた頃もこんなに暇な時間はなかった。それこそ卒業生を呼ぶほど。

「ああ、今年から減ったんだ。ほら、ミシェルいるだろう? 私の1番弟子の、あいつに譲らされた」

 譲らされた? どういうことだ?

「大学よりも、もっと上からの通達らしい。

 ウチの学長も詳しくは知らされてないらしくて、ただ『機密』が絡んでると私は思ってる。こんな普通は除隊になっているような怪我人をまたどこかへ送り込むつもりなのかは知らないが。」

 なんだかきな臭い話だ。

「『機密』ですか……」

「ああ、すまんな詳しくは言えなくて。だが軍情報本部にいる同期に連絡を取ったら最近外務省の大西州局とか公安情報庁の外3課って対大西州のところが最近慌ただしいらしくて多分また大きな動きがありそうだ。その布石がこれだろう」

 どうやら軍人でさえも知らないところで話は大きく進むようだ、そして明るみに出る頃にはもう手遅れなのだろう。

「何も知らされなかったって怒っちゃいけないぞ? 誰も知らずに解決すれば1番良いのだからなこういうのは、あまり大きな声で言えないようなことだって普通にある。君達が1番にしておくべきことは心の準備だな、それさえしておけばその場でベターな対応ができる」

「まぁ、目の前の敵は全員排除すれば良いのよ」

 先輩が自信満々にいう。だがそんな余裕は僕にはない。

「ところで、ガイダンスで何処まで喋っているのよ」

 先輩のその言葉に僕と少佐は一瞬虚を突かれた。

 僕は完全に忘れていた。先輩が「何でシャル君が忘れてるのよ」とでも言いたそうな目で見てくる。

 少佐は少佐でまだよく飲み込めていないようだった。

「ああ、今度の配属希望の奴、あれねもう全部喋っておくべきことは言ってあるから。君達には学生の質問対応をしてくれればそれで十分だよ」

 少佐は大したことないように言うが、それは僕たちが必要ないと言っているも同然だ。

 何でやるんだ。

「本当は全部やめてしまうつもりだったんだけどね。あれはあれで配属先がバラバラな魔法科ソルシエには特に必要だったから、魔法科ソルシエだけは残した。そういうことな訳」

 先輩が説明してくれる。僕らの時は何だったんだとも思うが、まぁ過ぎた話だ。

 ふと窓の外を見ると雪になっていた。粉雪が舞っていた。

「雪ね。早く帰った方がいいんじゃない?」

 先輩の言葉からは早く帰りたいという先輩の気持ちが溢れ出ていた。

「帰す訳がないだろう? 粉雪程度で列車は止まらない。本来なら電話で済むところをわざわざ呼びつけたんだ。君達に会いたいがためにね」





「失礼します。リュシー=グリモです」

 突然ノックと共に懐かしい声が響いた。

「入りなさい」

 少佐が声をかけると僕の後輩のリュシーが入ってきた。

「ベルティエ少佐、お呼びでしょうか」

「ええ、ほら、来ていらっしゃいますよ」

 うん、やっぱりリュシーだ。でも少し大人びた様子である。紅いポニーテールに赤のアンダーリムの眼鏡というのは以前と変わらないが、少し雰囲気が変わった。でも、ちょっと疲れてる?

「あ、シャーさんお久しぶりです〜」

 雰囲気は変わってもこのゆるりとした感じは変わらないようだ。手を振ってくれるので僕も手を振り返す。

「久しぶりだな、リュシー。元気にしていたか?」

「何言ってるんですか〜 リュシーは元気でしたよ? これでもスヴェーリェに留学したんですからね」

 ほう、すごい。スヴェーリェは大国ではないが少数精鋭の国として有名だからな。

「へえ、スヴェーリェね。なかなかじゃない。わたしはヘルヴェティアに留学してたわ」

 何故か対抗し始めたのは先輩。一体何を争っているのだろうか。なんなら僕はアングレーズだが。

「まぁまぁ、そんなことで争っても仕方ない。グリモ、コーヒーを淹れてきなさい」

「はーい」

 少佐の指示でリュシーはミニキッチンへと向かう。

魔法科ソルシエは自然体でいいな。文科オフィシエはいかにも脳筋そうな威勢の良い返事で、この狭い部屋で鼓膜が破れそうだ。使いっ走りとしては有能だがな。理工科アンジェニユールは理屈ぽいことを言い出す。衛生科メドゥサンもそうだな、砂糖を入れ過ぎだとうるさい。情報科エスピオンは何か中に入ってそうだし、コーヒーを入れさせるなら魔法科ソルシエに限る」

 少佐が何やら自分で納得している。

文科オフィシエって〜使いっ走りになるんですか〜?」

 キッチンからリュシーが訊いてくる。間延びした声が少し離れた所にいる為に、さらに間延びする。

「ああ便利だぞ。なんたって絶対的に服従してくれるからな。先生の中には自分で学生の外出許可書を書いて『郵便局行ってこい』ってやってる先生もいるからな」

「それ、やばいんじゃ……」

 先輩が信じられないという顔をしている。

「やばいも何も、昔からやってるからな、誰も『止めろ』とは言えないんだ。ここや幼年学校とか、そういう教育系に絡んだことがある上の連中はみんなやってたからな」

 少佐が自信満々に言う。

「ふーん、良かった魔法科ソルシエで。あんたには使われるなんてまっぴらごめんよ」

 先輩はつっこまずに少佐を煽りに行く。

「私も君のような学生が文科オフィシエにいなくてよかった。まぁ、いたとしても使わなかっただろうがな」

 少佐も少佐で売られた喧嘩は買うようだ。

「もう〜ダメですよ〜喧嘩は、はい、コーヒーが入りましたよ〜。少佐はいつもの砂糖マシマシ、シャーさんは〜これまた久しぶりですがクリームマシマシのウィンナーコーヒーでぇ、そこの銀髪さんはアイスのブラックコーヒーです〜」

 間延びした声で間に入ってくるのは、やはりリュシーだ。

「ねぇちょっと、何で真冬にアイスコーヒーなのよ。外雪が降ってるの見えてないの?」

「銀髪さんこそ何言ってるんですか? そんなのわざとに決まっているじゃないですか〜」

 先輩の抗議にリュシーはしれっとどぎついことを言い出す。どうやらリュシーは相当先輩を嫌っているようだ。

「ねぇねぇ、シャル君、何で私男女問わず年下に嫌われるの? 私年下大好きなのに!」

 いや、そうなんですか? 僕初めて知りましたよそれ。

「自分の胸に訊いてみるがいい」

 少佐の言葉に先輩が爆弾を投下した。

「自分の胸に? へーぇ、あなた達嫉妬しているのね」

 部屋が一瞬で凍りついた。そのことを気にしているらしい2人が裏切り者を撲滅せんと同盟を組んだようにも見えた。

「そういうのってなんて言うか知っているか? 裏切りの果実と言うんだ」

「そうですよ〜それ邪魔ですよね〜。取っちゃいましょうか」

 2人の目には怒りの感情以外の何者も存在しないようだ。

「ソウダソウダ、トッチャエトッチャエ、ケッケッケッケッ」

 突如後ろの方から響いた声に僕は驚いた。そこにはリュシーの作ったガイコツの人形があった。リュシーは無属性だが、ありとあらゆるものに命を吹き込んで、操ることが出来る。本人は『人形魔法』と言っている魔法だ。大抵は包丁が喋り出したら普通に怖いとかいう理由で自作の人形に命を吹き込んでいる。

 結構な頻度で使っていたが、久しぶりだったので驚いてしまった。

「何よあのガイコツ、喋るんだけど」

 僕よりも驚いて、そして怯えていたのは先輩だ。僕の腕にしがみついて来て決して離さないとばかりに力を入れてくる。

「先輩、痛いです」

 僕が抗議すると、先輩は力を弱めてくれた。その代わりに先輩は僕の腕を自分の方に引き寄せる。

「シャーさんって〜この銀髪を連れてきた〜責任がありますよね」

 え? 

 リュシーの目から光がどんどん消えてゆく。

「ケケケケケケケケケケケケカケケケケケケケケケケケケケケケ」

 怪しい笑い声はどんどん増えてゆく。

「え? ぼ、僕?」

「私、『シャーさん』って呼んでる人シャルル=アルノースって人しかいませんよ?」

 やばい、めっちゃキレてる。いつものゆっくりとした口調ではない。

「でも、ほら僕は少佐に呼ばれて、せ、ジャンヌ=ロミュ先輩も少佐が呼んだんだし……」

 僕は追及されて慌てるあまり爆弾を投下してしまった。

 少佐は「おいバカやめろ」と目で伝えてくる。もうこうなったリュシーはもうどうにもなりません。

「少佐、似た者同士で同志だと思っていましたがそうじゃなかったんですね。残念です、少佐が裏切りの果実を持つものと契約を交わしていたとは……」 

 リュシーは心底残念そうな、軽蔑を含んだ目で少佐のことを見る。

「ち、違う! 裏切ってない! こいつが裏切り者だってことを忘れてただけだ!」

 少佐は必死で責任を逃れようとするが、もうリュシーを止められる者はいない。

「あらあら仲間割れなんてしちゃって、者には余裕ってものもないのね」

 ここぞとばかりに先輩は煽る。

 お願いだからやめてほしい。このままだと刀傷沙汰か見るに耐えぬ展開かのどちらかしかなくなってしまう。

 リュシーは立ち上がって、ポケットからナイフを取り出した。何でそんなもの持ち歩いてるの? 

「銀髪さん、脱いで下さい。剥ぎ取ります」

「え? ちょっ、待って」

 先輩も先輩で杖を取り出した。戦う銀髪のようだ。このままではただ事では無くなると感じた僕は先輩の杖を引ったくってまずリュシーに『子守歌』をかけ、続いて先輩にもかけた。




 先輩は座ったまま眠りに落ち、リュシーは立ったまま眠ったので倒れそうになり、少佐が支えて座らせた。それでも起きないのが僕の魔法だ。

「何で私にはかけなかったんだ?」

 少佐が砂糖マシマシのコーヒーを飲みながら僕に訊く。

「その必要がないと思いましたし、変な誤解を生まないようにする為ですよ」

 僕もクリームマシマシのウィンナーコーヒーを飲みながら答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る