第17話 二人は恋に恋をする
最近、せおりんの様子がおかしい……。
以前ならもっとこう、定期的に
私との会話を忘却の彼方に追いやって考え事をすることも無くなった気がするし、何なら前よりお喋りになって笑顔が増えたようにも……。
「せーおりん、もうすぐテスト一週間前だけど調子はどう?」
「そうね、今から試験と言われても全て90点以上を取れる自信しかないわ」
「……マジ? 凄いやる気だね」
「日頃から予習復習を怠らないのもあるけれど――――あるわね」
「……ん?」
今明らかに濁したよね? どう考えても「それだけじゃない」みたいな言い方をしようとしていたのに強制終了したよね?
「あー今から憂鬱だなぁ、もっと楽しく勉強が出来たらいいのになぁ」
「学業は地道に進めるのみよ、嫌でも頑張るしかないわ」
「…………」
「……? ど、どうしたのかしら、ゆかっち」
「いやーなんでもないけど」
おかしいよね、今お友達が『勉強嫌だよう、せおりん助けてー』てな素振りを見せたのに、『いや自分で頑張れよ、甘えんな』みたいな感じだったよね?
やはりこの乙女……調理実習で
決して彼女の口から漏れることはないけれど、そうとしか思えない、しかも今までとは桁の違う進歩を見せておられる。
まさか付き合って……? いや、それはまだ早いか。
秋ヶ島先輩の依頼を完遂して得た情報では『調理実習で二人は同じ班になる、そこから先は彼女次第』という話だったけど――
「ゆかっちどうしたの? 顔怖いわよ?」
き、気になる……一体今二人はどんな感じなんだろう……?
まさか放課後残って二人きりでお話したり、何ならもう一緒に帰ったりしたりとか……? い、いいなぁ……。
いや待って……もしかしたらテスト勉強も一緒にしようって魂胆!? まさかそういう話なの? 勉強会に女は二人も必要ないって言いたいの!?
「せ、セオリンティヌス……」
「勉強熱心なのはいい事だけれど、セリヌンティウスよゆかっち」
勿論、陰ながらとはいえ、せおりんの恋の応援はしたい。でもその模様が分からないのはとてつもなくもどかしい……!
何故なら女子高校生は恋バナが好きだから! 砂糖多めで注文してその上にアイスを乗っけるタピオカミルクティーくらい甘いお話を、胸焼けするくらい飲ませて欲しいのだから!
「…………」
でもせおりんは絶対に話してくれないだろうしなぁ……。
こうなったらもう、命を賭してでも、リスクを承知で攻めるしか……!
◯
「ううん……? 君は確か……夏目由香さんだね」
放課後、私は自分でも欲張ったなと思う場所に来ていた。
旧校舎4階、東側にある階段を登りきって右に曲がり、長い廊下の突き当りにあるのが部員数たった1人のマスコミュニケーション部。
本来部員が一人の部活は潰れてしまうものらしいんだけど、
「は、はいっ、お、お久しぶりです秋ヶ島先輩……」
「そんなに畏まる必要はないよ、私の所に訪れる者は皆一様にへりくだりがちだが……下級生はまだしも、同級生、果ては教師にまで敬語を使われるのは些か居心地が悪くて困っていてね」
なんて言って秋ヶ島先輩はふふっと笑い珈琲を啜るのだけど、私は引き攣った笑顔を返すことしか出来ない。
いや、それは無理でしょう……だって『宝明高の影の支配者』と呼ばれる秋ヶ島先輩にフランクに接したらそれはもう不敬じゃん!
というか多分その飄々しながら目の奥が笑ってない感じなのが駄目なんだと思う、もっと日光とか浴びた方がいいと思う、部屋暗いし。
「それにしても、私の元に訪れた者は皆1回目以降来ることはないというのに君は珍しいね――ああでも、君は自分の為の情報ではなかったのか」
「そ、そうです! あの時はせおり――じゃなかった、
「ふふ……君は面白いね。私の所に行くのは皆危険だと足を竦ませ、来たとしてもほぼ全員が『自分の為』に依頼を受けに来るというのに」
それは――実際そういうものだとは思う。私だって好きな人がいたら多分その人と両想いかどうか確認する為に訪れていたと思うし……。
「それに、今回も妙ちくりんな理由で来ているようだ」
「え……? わ、分かるんですか?」
「大体はね、君の行動を見ればある程度の推測はつくよ」
こ、行動……? わ、私やっぱり頭にGPSでも埋め込まれてるの……?
相変わらず怖い人だなぁ……と思う傍ら何故だか不思議と恐怖感の無かった私は、知っているのならと思い切ってそれを口にすることにした。
「あ、あの! 秋ヶ島先輩って人の恋愛が大好きなんですよね!」
「うん、大好きだね」
「あっさり!?」
秋ヶ島先輩は恋愛が大好きな人で、『依頼』を遂行さえくれれば情報を提供する――という話は実は本人の口から語られたものではない。
そもそも秋ヶ島先輩は『依頼』さえこなして貰えれば知りたい情報は何でも教えてくれるのだ、ただ恋愛事とそれ以外とでは格段に精度が違うのだけであって。
故に圧倒的に役に立つのはやっぱり恋愛事らしく、それがいつしか『秋ヶ島先輩は恋に恋している』なんて話になったのだ。
「別に隠すようなことでもないからね。恋愛はとても好きだよ、特に創作ではない、何が起こるか予測不能な現実の恋愛は堪らなく好きだ」
「だから……恋愛事の情報は的確に教えてあげるんですか?」
「そういう訳でもないよ、私は恋愛ほど心を擽られるものはないと思っているが、一方通行のまま自然消滅する恋は好みではなくてね、それさえ解消すれば何でもいいと思っているだけさ」
もしかして恋のキューピッド的な人になりたいのかな思ったけど……どうやら秋ヶ島先輩は人が恋する様を楽しめればそれでいいらしい。
つまり、変わっている人ではあるけど、根本は普通の女子高生と同じ……になるよね?
それを理解した私は、いよいよ本題を秋ヶ島先輩にぶつけてみることにした。
「で、ですが、秋ヶ島先輩ってその様子を直接見たりはしない……んですよね」
「そこまでしている暇はないからね、何なら知ることが出来るのはいつも省略されたものばかりさ、こればっかりはどうにもならなくてね」
「けど、知れるのであれば詳細に知りたい……と?」
「……夏目さん、君は本当に不思議で面白い子だね」
そんなに変な事を言ったつもりはないのだけど、秋ヶ島先輩はそんな私の発言に対して口角を上げて不敵な笑みを浮かべてくる。
もしかしたら乗ってくれるかも……と思ったけど、帰ってきた言葉は実に呆気なかった。
「だがお断りさせて貰うよ。面白い提案ではあるが、私は人様が頑張る恋愛を見るのが好きなだけであって、介入し過ぎるのはまた別問題だからね」
「ええー……そ、そんなぁ……」
「ふふっ、それに私の見立てだと、より面白いことになりそうだし――」
「?」
「まあそれはいいとして、私に物怖じせず提案までしてくる姿勢は気に入ったよ。お陰で良い時間を過ごさせて貰った、お礼に良いことを教えてあげよう」
「へっ? な、なんですか……?」
残念ながら秋ヶ島先輩を抱き込んで、一緒にせおりんと
でもそんな私の行動を見た先輩は、何と『依頼』無しでこんなことを教えてくれたのだった。
「君が恋に恋する者なら、明日の体育の授業を楽しみにするといい」
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