急襲

 (伏兵か)デファンは緊張した。その時、追跡隊隊長が声を掛けてくる。


 「デファン……お前は後ろに下がれ、最後方で後ろからの敵襲を警戒せよ」


 「隊長……」


 「大丈夫だ。分かっている。皆気が付いている。オークがどこかに潜んでいる。敗走したのでなかったら、この谷で待ち伏せているだろう。当たり前の話だ。だが……あいつらいつになく慎重だな。どこにいるか分からん……。デファン……警戒を怠るなよ」


 「はい。隊長殿」


 討伐隊は一列縦隊で、谷底を歩き始めた。デファンは最後方につく。ロザリアは興奮の度を高めている。他の追跡隊の猟犬も同じだ。デファンは味方に危険を知らせるための小さな木の笛を口にくわえ、クロスボウにボルトを装填すると、引き金に指を掛け何時でも撃てるように警戒しながら進んだ。革手袋の中で手が汗でヌル付く。


 隊の先頭は既に谷の終点近くまで到達しただろう。それでも戦いの音は聞こえない。オークが潜む気配は消えない。


 (どうなってるんだ……?)デファンは不安に駆られた。



 隊の最後尾も谷に入る。デファンも随行しながら谷に入り、上下左右を油断なく見張る。何かに警戒し続けているロザリアは姿勢を低くして、遂には唸り声を上げ始めた。


 「ロザリア……落ち着け」


 デファンがロザリアに声を掛けた時、左側の谷の上の樹木と草むらが一瞬揺れたのが見えた。


 (不自然……!動物……?)


 ロザリアが狂ったように威嚇の吠え声を上げる。


 (違う!オークだっ!) デファンは木の笛に思いっきり息を吹き込む。甲高い音が鳴り響いた。次の瞬間、谷の上の両側から一斉に風切り音が聞え、一瞬後、討伐隊の最後尾は矢の雨に晒された。


 デファンは笛を吹き続けながら、手近な岩の陰に飛び込む。ロザリアも怯えたように逃げ込んでくる。岩はL字型をしていて、奇跡的に両側から撃ちかけてくるオークの弓の攻撃から護ってくれた。


 オークの使う短弓は精度は悪いが、とにかく速射性が高い。面を制圧するような凄まじい射撃は、間断が無かった。まさに『矢の雨』だった。



 (くそ……反撃だ。反撃しないと……)デファンは隊の方を見やる。谷底には殆ど遮蔽物は無い。奇襲を受けた隊は恐慌状態に陥り、殆ど反撃できず身を隠す場所を奪い合っている状態だった。既に何名もの兵が射抜かれて倒れている。


 その時、はるか前方で大きな吠え声と、物同士がぶつかるような激しい衝撃音が聞こえた。討伐隊の先頭がオークの主力を衝突したのだ。続けざまに激しい戦いの音が聞こえてくる。



 (挟まれた……後ろはオークの短弓隊で塞がれ、前では主力同士でぶつかり合いだ……。どうするんだ?命令は……?)



 デファンは、軍楽隊(といってもコルネット数本と、スネアドラム数台の簡素なものだったが、総勢二千の隊では充分だった)が奏でるめいれいに耳を澄ました……だが、先頭の指揮官隊は混乱状態に陥っているらしく一向に聴こえてこない。


 (とにかく反撃だ。隠れていても仲間がやられるのを見ているだけだ。一本のボルトでも撃ち返せば、奴らは怯むかも)


 デファンは決意すると、クロスボウを構えながら岩の陰から顔を覗かせた。その時、谷の上から、複数のオークが剣を構えながら走り降りてくるのが視界に飛び込んできた。デファンは咄嗟に岩陰に身を隠し、木の笛を規則的に吹き鳴らしてオーク達の襲撃開始と、その方向を討伐隊に伝えた。



 勇気ある何名かの兵が、盾を構え戦闘の姿勢を取ろうと試みた。……それを見たデファンは、襲撃してくるオークの数を味方に教えようと、再び岩陰から顔を覗かせた。


 (右側は……50名近く……そして左側は……くそ……見えない……)デファンが勇気を振り絞って、岩の陰から顔を突き出した瞬間だった。

 


 ……空気を切り裂く音がデファンの耳に飛び込んできた。殆ど同時に、猛烈な衝撃を顔面に受けた。デファンは仰け反るように倒れた。ロザリアが悲痛な鳴き声をあげる。


 デファンの顔面には深々と矢が突き刺さっていた

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