作戦(2)

……しばらくして作戦はまとまった。英俊が真剣な顔をして考えていたからか、周りのオークは無言で待っていた。


 (よし)英俊は心の中で頷いた。。一日だけの時間しかない。大掛かりな仕掛けや工夫を準備する余裕は無い。……相手の油断と地形の有利を最大限に利用した計画だ。


 ”……なるほど……これが……作戦か。我らはその闘志に任せて、相手の陣形を打ち破り相手の士気を挫いて、勝利を狙う事しかしていなかった……これは……そんな我々にはないやり方だ……”


  英俊が熟考している間、その思考を邪魔しないよう考えていたのだろう、沈黙を守っていた百人隊長は、英俊が作戦計画をまとめ上げた瞬間、声をあげた。



 (本当は、もっと細かい所まで練りたかった……でも、時間が無いし……こちらのオーク達も、こういうのは慣れてないんだろ? あんまり複雑にしても上手くいかない可能性の方が高い)


 ”……確かに……その通りだ。これくらいで充分だろう。……討伐隊の新しい隊長と副隊長……お前と同じ世界から遣わされたあの二人……奴らが来てから三か月……互角だった戦いに負け始めた……奴らの武器の性能が上がり始め、動きに隙が無くなり、我らは全く勝てなくなった”


 (武器の性能が上がった?……そっか、あいつ頭がいいし、理系科目得意だから……もしかして……)


 ……想像でしか無かったが、もしかしたら金属の鋳造方法について鍛冶屋に助言でもしたのかもしれない。……精製とか合金とか、僅かな割合で金属は強く、そして驚異的な粘りを持つと聞いた事がある。


 この世界の鍛冶屋の金属の精製技術が未熟で、そして深馬が実践的な技術や知識を持っていなかったとしても、深馬が現実世界で知っている知識を用いて、鍛冶屋にヒント程度のアドバイスが出来れば、そこは毎日金属を扱う職人。それを元に何か閃くものを感じて技術の革新に成功したのかもしれない。


 (そっか……ただ、三か月なら、討伐隊全員の武器を更新できてはいない筈)


 ”……その通り、騎士と呼ばれる兵と、部隊の先頭集団だけだ。ただ、その先頭集団は大きな盾を用いた見たことも無い陣形を組み、我らの突撃を阻む”


 (ファランクス……か? 深馬の知識だな……えらく前時代的な戦法だが……この世界では……少なくともオークには通用するって事か……)


 英俊は、先程の深馬と粟國の言葉を思い出した。


 (『でも、楽勝だよ。あいつら馬鹿みたいに突っ込んでくるだけだから』……そっか、オークは自身の誇りに賭けて、真正面からの突撃を繰り返す。それならば前時代的な密集体形であるファランクスは効果があるのか。


 深馬の軽薄な顔を思い出す。オタクでは無いアイツだってゲームくらいするだろう。それに世界史の資料集かなんかでも、ファランクスの挿絵が載っていたはずだ。たぶん奴はゲームに登場したり、世界史かなんかに載っているファランクスを思い出して、それを導入したのだろう。


 (やっぱり、頭が良い。しかも元々は用心深い性格だ……。ただ、最終最後、奴は油断している。このチャンスに賭ける)


 決意のようなものが胸に沸き上がった瞬間、突然ある事を思い出した……とてつもなく大切な事だ……。


 (俺は本当に戦えるのか?ここは現実の世界で無いにしろ、余りにもリアリティがあり過ぎる。現実と一緒だ。……仮に夢だとしても、夢とは思えない現実感がある。……そこで、剣を使った斬り合いなんて戦いが出来るのか?)


 ”……案ずるな” 声が響く。


 ”おまえの居た世界では、……お前の居た国では久しくいくさは無いようだな……戦いに対する厳しさ……それが分からないのは不安だろう……それに、お前と一緒に遣わされた、討伐隊の二人、いざ見まみえれば、お前の身体は緊張で動かなくなるだろう。”


 (そうだ。奴らとは隊長同士だ、もしかしたら一騎打ちなんて事も……)


 ”大丈夫だ……そう言った事は、我の役目だ。その時は、身体と心を一時的に貸して貰う……だから何の心配もいらぬ……” 彼の声が止み、少し言葉を探しているようだった。


 ”……そう。だから……『罪悪感』?……というのか?……そう言ったものは感じなくても良い。お前は、お前が果たすべき役割を果たしてくれれば良い”


 言葉は少し優しかった。

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