第48話 計画変更

翌朝、私達はクララさんに朝食をご馳走になった後、

お弁当までいただいて、その家を後にした。


森の中に入り馬車で暫く走る。

その中で、昨日の話が私の頭の中に蘇ってくる。

私は今までそれが当然のように、人の意に従って生きてきた。

家の為、国の為、しなければいけないとされてきた。


だけど皆そうなの?

王族から市井の人まで。

いや、違うんじゃないか?


「ねぇ、スカーレット様。

私、色々考えてみたんですけど…。」


「はい。」


「もしスカーレット様が、好きでもない人と婚約しなさいと言われたら、

どうなさいます?」


「当然断りますね。」


即答です。


「では、婚約すら理解しない小さい頃でしたら?」


「ん~何も分からない頃だったら、それに従うかもしれませんけど、

大きくなったら、きっと詐欺だと騒ぎ立てますね。

まあその時点で、自分が相手に好意を持っていたら、

そのまま流される可能性も有るけど、でもきっと腹は立つと思いますよ。

だって私の気持ちを無視する行為ですもの。」


やっぱりそうか。


「ではその時、親や周りの人に、約束したんだから絶対に結婚しなければいけない

と言われたら?」


「反抗してやるわ。

ハンスト、家出、相手から断らせる為に不良になってやるかも。

後は…それ以上強制するなら、何かしらの脅しをかけるとかぁ、

他に何をしてやろうかしら。」


そう言ってにやりと笑った。

スカーレット様も、なかなか過激だな。


でも、そんなに自由に生きられるスカーレット様が羨ましい。

たとえ贅沢が出来ようと、

私はこんなに雁字搦めな貴族などにはなりたく無かった。

普通の人の方が、よっぽど自由で幸せな気がする。

生涯を共にする伴侶なのだから、やはり愛し合った人と一緒になりたい。


「夕べの私の話を聞いて、正直どう思われました?」


「あ~、ごめんなさい…正直……私は貴族でなくて良かったって思いました。」


「そんな、謝っていただく事では有りませんわ。

でも、スカーレット様が羨ましい。

愛する方と結婚なさって、自由で幸せに生きてらっしゃる。

考えてみれば、私の人生は誰かしらの命令に従い生きて来たのですもの。

王家、親、そして今はおばあ様の命で此処に居るんですものね。」


それを聞いたスカーレット様は、

急に黙り込み、それから何かを考えるように、一言も口をきかなかった。


やがて馬車は、森が開けた所に出た。

そこにはポッカリと明るい草地が広がっている。

するとスカーレット様は、そこで止まるよう御者に伝えた。


「休憩ですか?」


私がそう聞くと、彼女は緩やかに首を振る。


「ジュリエッタ様の気持ちは分かりました。

私はマリーベル様の指示で、あなたをグレゴリーにお連れするように承りました。

しかし、どうやらあなたの思いは、

マリーベル様が考えた事とは違うように思われます。」


「多分おばあ様は、私の話からスティール様の言動が、

国を背負って立つには、まだ力不足だと判断されたのでしょう。」


「そうでしょうね。

だから、スティール様があなたにした事のお仕置きを兼ねて、

あなたに身を隠させ、彼がどう出るのかを見たかったのでしょう。」


「おばあ様の中では、それも国にとって必要な事だったのかもしれません。

しかしそれなら私はまた、国の為に動かされている、

ただのチェスの駒に変わりは有りませんね。」


空しい。

誰も私の事を、愛してくれる人などいないのかと思ってしまう。

まあスティール様は、やたらと私の事を愛していると吹聴しているけれど、

私にしてみれば、それは小さな子供の、

ただの独占欲と変わらないような気がする。


「ですので、私も少し反省をしまして。」


「反省?」


反省するような事を、スカーレット様がした覚えが無いんですが。


「この道は、真直ぐ進めば明日にはグレゴリー帝国に付くでしょう。

それともう1本、ここから分れる道が有ります。」


ふと見ると、馬車が一台やッと通れるような、細い脇道がそこに有りました。


「この道はやがて広くなり、そうですね…。

2日もすれば、グレゴリーとの国境の街、ダイバリーに着きます。」


「ダイバリー?

確かわが国でも屈指の、貿易を中心として栄えている、

とても大きな町でしたよね?」


「ええ、そのダイバリーです。」


「そのダイバリーに行く道ですか。それが何か?」


「お分かりになりませんか?

もしジュリエッタ様が、このままグレゴリーに入ったとしたら、

またマリーベル様の思うままですよ。

彼女の考えのまま国に呼び戻され、結婚させられる恐れだってあります。」


それはそうかもしれないが、でも今更どうすればいいのだろう。

スカーレット様ですら、おばあ様が用意なさった人だ。

でも……、それをここで言うスカーレット様は一体どういうお積もりなんだろう。


「もしあなたが希望なされば、馬車はこの道を曲がり、

あなたをダイバリーまでお連れしましょう。」


「そんな事をしたら、きっとあなたに迷惑が掛かります。」


そう、私も知ったのは最近だけど、

彼女に日記によれば、どうやらおばあ様は影の最強権力者のようだ。


「日記………。」


「日記…ですか?」


「そうよ、日記!

あのばばあ、自分だって好き勝手にかなり大胆な事をやっていたくせに、

なぜ私をこんな目に遭わせるの!?

自分がした事を忘れてしまったのかしら。」


好き勝手な事をやって、メチャクチャ幸せになったくせに、

今は孫の幸せも考えず、国の為だ何だと人を思い通りに動かして。

理不尽もいい所だ。


「スカーレット様、どうぞこの道を曲がっていただけますか。

私はこれ以上、人の命令のまま生きたくは有りません。

今は何もお返しできませんが、必ず恩返しさせていただきます。

ですからもう暫く、私に力を貸して下さい。」


私はそう言い頭を下げた。

そうだ、私だって幸せを求めてもいいじゃないか。

その結果がどうなるかなど分からない。

しかし自分が蒔いた種なら、その責任も、諦めも

今以上に納得し受け入れられる。


「いやですわぁ~、先日も私は言いましたが、

けっこう私もこの件を楽しんでいますのよ。

ですからそんなに気にしないで下さい。」


えぇ、そうみたいね。スカーレット様は生き生きとした顔で、

御者に行き先の変更を伝えている。


「では目的地はダイバリー。

この事は誰も、マリーベル様ですら知らない事。

到着までは少々時間が有ります。

それまで計画でも立てながら楽しく行きましょう。」


スカーレット様は本当にいつも楽しそうだ。

私だって、たまには思いのまま行動したっていいわよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る