キエナイ・スカー

「もう少しよ、瑠璃」


 三人片付いた。残るは遠野護ただ一人だけ。道子は墓の前で今は亡き娘に向かって語りかけた。そして道子は連中の同窓会が行われた日、瑠璃の同窓会へと送ってやった林義久とカズハのことを思い出す。


 どんな巨体の持ち主でも落下する大きな鉄骨にはかなわないわよね、と工事現場の前で鉄骨に虫のように押し潰され、脳漿のうしょうが飛び出して絶命した林義久を思い浮かべながら、道子は満足そうにほくそ笑んだ。


 道子はカズハが裏切ったことを何とも思っていなかった。道子にとってカズハはもともと捨て駒であり、復讐対象者の一人でもあったので、最初から用が済んだら殺すつもりでいたのだ。彼女に費やした金は少なくなかったが、娘のためを思えば微々たるものである。


 わずか十二年という短さでその生涯を閉じた道子の娘、相原瑠璃。これまで道子は娘の墓参りに来る度に、その墓前で夫とともに涙を流した。娘の不憫ふびんさをあわれに思い、瑠璃が受け続けた苦痛を想像し、彼女の境遇を気づくこともできず、何もしてやれなかった自分の愚かさに、怒りと悲しみと苦しさと悔しさと、そういった負の感情がないぜになって道子に涙を流させた。


 しかし、そんな地獄の業火に焼かれて身もだえるような、自責の念にさいなまれる日々も、もうすぐ終わると道子は信じていた。


「これから招待状を届けにいってくるわね」


 遠野の行動を道子は完全に把握している。今日の午後、遠野は新百合ヶ丘のカフェで九条亜紗美と会う予定だということを、彼の携帯電話に仕掛けた盗聴器から道子は聞き知っていた。


「瑠璃。あなたの命日の手向たむけにするわね」


 目を閉じて墓石に軽く手を合わせた道子は、誰にも消せないであろう激しい復讐の炎を胸に秘め、最後の招待客のもとへと向かった。

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