ウラノ・コネクション

 道子みちこは十六階にある中華料理店の席に着くと、簡単な飲茶セットを頼んでGPS端末の画面を覗き込んだ。


 以前の機種よりも大幅な改良が加えられ、詳細な地図で広範囲のカバーが可能となり、建物内などはハックしたCCTVの映像を瞬時に解析して立体画像で表示できるようになった。画面上では二つの近接した赤丸と、ビルの外を歩いている一つの赤丸が点滅を繰り返し、それぞれ「トオノ」「ハヤシ」、それから「チエ」と名前が表示されている。


 ウェイターが近づいてきたので道子は一度GPS端末を静かに伏せた。テーブルに凍頂とうちょう烏龍茶と小蘢包ショウロンポウが置かれる。道子はウェイターが去ってから烏龍茶に口をつけ、再びGPS端末を表に向け、その隣に携帯電話を用意した。道子が腕時計を見ていると電話が鳴った。


「もしもし。私です。そのようね。ええ、大丈夫よ。あの子は始末してくれたのよね? 間違いないわね?」


 電話の相手は前回と同じ女のようだ。


「それじゃあ、今回の分も振り込んでおきますから。いい、ここからが大事なのよ。わかってるわ。こちらも今日よ」


 お金さえ払えばどうにでもなるものね、と道子は思った。特に若い女は金に滅法めっぽう弱い。ちょっとくらい危険なことでも、金を積めば言うことをきく人間がそれなりにいることを道子は知っていた。安全を確保してやればなおさらだ。


「お薬は受取ったわよね? あの子に使ったのとは違って、今度のは飲ませないと効果が無いの」


 道子にはもう失うものがなかった。遠い昔に娘を失い、最愛の夫もクモ膜下出血による脳卒中で二ヶ月前に他界してしまった。それからというもの、道子の頭の中には瑠璃の無念を晴らすことだけが渦巻いていた。


「ええ、そうよ。それであなたは自由よ。終わった時には大金持ちね。心配いらないわよ。ええ、よろしくお願いしますわね。はい、ごめんください。さようなら」


 いかにして金を使うかよりも賢い頭の使い方を学んだ方が、ゆくゆくは自分の身を守ることにつながるのを、道子が電話の相手に教えることはなかった。


 道子から見た今の若者たちは、重要なことをあまりにも知らない、無知で未熟な生き物でしかなかった。情報ばかり追いかけ、インターネットで見知ったことを知識と勘違いしてひけらかす。全てを知ったような気にはなっているけれど、実際は情報に踊らされていることに気付いていない。


「亀の甲より年のこうよね」


 道子は誰にともなくそう呟いた。

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