僕(私)、好きな人いるんで!
きど みい
第1話 初恋―晶斗
何の取柄もない。
僕は自分で自分のことをそう評価できるほどには、自分のことを冷静に判断できる能力だけはあるみたいだった。勉強の成績は学年で言うと中の上くらいで、スポーツもできないわけではないけど出来るわけでもなくて、我ながら"平均値の男"だなと思って生きている。
「うーっす。」
「今日もさえないな、晶(アキ)は。」
幼稚園のころから親より顔を見合わせている友達の修二(シュウジ)も、僕に言わせれば平均値の男なので僕にさえないなんて言葉をかける立場ではない。まあもっとも彼も自分で自分のことを"冴える男"と思っていないとは思うけど。
流行りのスクールカーストで表すなら、やっぱり僕らは平均だ。よく少女漫画の主人公になっている、スポーツが出来る生徒会長みたいなやつには言わずもがなかなうはずもないし、かといってガキ大将みたいなやつにいじられるタイプでもない。そんな声のかけやすい気軽さみたいなところから、女友達は少なくなかったけど、でもかといってモテているわけもなかった。
「ほら~お前ら席につけ~。」
主人公になれない僕らの担任は、やっぱり冴えなかった。容姿には全く気をつかっていない、いかにも"理系"タイプのくせに担当は現代国語というギャップはあったけど、それはよくいう"萌える"ようなギャップでないことは、女子からの人気を見てみたら確かだった。
僕の周りをとりまくすべての環境があまり冴えないことも、全部僕がさえないせいだという事は自覚していたけど、それでも僕はこの普通の日常を気に入っている。僕はいつもの冴えない声を聞きながら、今日1日の始まりを感じた。
「もう帰る?」
「いや、図書館寄るわ。」
別にいつも約束しているわけではないけど、腐れ縁の僕たちの家は徒歩3分圏内にある。朝も時間が合えば一緒に登校するし、帰りもなんとなく一緒に帰ることが多い。
予想がつくだろうが、僕たちは帰宅部だ。なんとなく一緒に帰るというのは帰宅部の僕たちにとっては"絶対に一緒に帰る"という意味に等しかった。
今までは。
「お前最近図書館好きな。」
今まではどちらかが風邪で休まない限り一緒に帰っていた僕たちだけど、最近は僕が図書館によって帰ることが増えたこともあって、別々に帰ることも増えた。一緒に帰ろうなんて約束をした覚えがなかったから、もしかして今までの方が異常だったのかもしれない。僕のそのセリフを聞いてシュウは「じゃあな。」と軽く挨拶をして、教室を出ていった。
☆
今まで16年間生きてきて、別に本が好きになったこともないし、逆に嫌いだったこともない。これからだって特別好きになる予定はないけど、それでも僕が図書館に行くには理由がある。
図書館に入ってすぐ目の前、そこにはいつも注目の本が置いてある。新作だったり学校で人気の本だったり、特に本が好きではない僕でも知っているような話題作があったりするので、特に読みたい本もない僕はいつもそこから1冊テキトーに本を選ぶ。そして話題作の棚のすぐ横にある机の端の席に、入り口には背を向けて座る。
そうすると一番奥の机の僕の対角線上に座っている彼女が、自然と視界に入る。
彼女のことを知ったのは、とても些細な出来事だった。同じ学年だったけど特に交わることのなかった僕たちはこれからも特に出会う予定もなかったけど、その日あの冴えない担任が偶然見つけた僕に図書館への用事を頼んだところで運命は変わったみたいだった。
用事っていうのはは図書館の先生に書類を渡すとか、そういう些細なことだったから、声をかけられたとき僕はこれから起こる"変化"に気づく由もなかった。だからその時は自分で行けよと文句をたれつつ、重い腰を上げて図書館に向かった。
そしてその日も、彼女はそこに座っていた。
広い図書館の空席のなかで、彼女の席だけに日がさしているように見えた。それが本当にさしていのた、僕にだけそう見えたのかわからないけど、なぜだか僕はその光景から目が離せなくなった。
その次の日、僕はなんとなく図書館に行った。
なぜだかわからないけど、姿勢よく座って本を読んでいた女の子の姿をもう一回見たくなって、この席に座って本を読むふりをしてみた。
その日も彼女は、同じ席に座って同じ姿勢で本を読んでいた。
肩で切りそろえられた髪の毛は日にあたるとどことなく茶色く透けているように見えて、それがまたキラキラしてみえた。何時間でも姿勢を崩さず本を読んでいる姿は、静寂に満ちていたけど、でも目はいつも輝いていた。僕なんかと違って本当に本がすきなんだという事が、その目から伝わってくるようだった。
そしてそれから僕の足は、図書館に向かうようになっていった。本当は毎日彼女を見たくて、今日はどんな顔をして本を読んでいるのか知りたくて、でも気持ちが悪いから週に何回だけ図書館に行くようにしていた。
話したこともないのに、名前も知らないのに、僕は彼女のことが気になってたまらない。
人はきっと、これを恋と呼ぶのだと思う。
今まで興味がなかったと言えばうそになる。平均値の男である僕は、これまでだって人並みに恋はしてきたし、中学生の頃はなんとなく告白してくれた子と付き合ってみたこともあった。でもなんとなくそれは"好奇心"みたないもので、恋ではなかったんだと思う。
恋ってなんなのかはまだよくわからなかったけど、彼女を毎日でも見ていたいと思う。この僕の気持ちの悪い気持ちが恋であるということに気が付かないほど、僕は子供ではなかった。
全く興味がない本だって、彼女と同じ空間にいられると思ったら少しは読むことが出来たから、僕の最近読んだ本の数は人生で読んだ本の数で通算すると倍くらになるかもしれない。
内容はあまり頭に入っていないのかもしれないけど、ずっと見ているのもはあまりにも気持ちが悪いから、僕は本を読みつつ、いつか話しかけられないかと機会を伺っていた。
「アキ、ああいう子が好きなんだ。」
「なんだ、そういうことか。」
僕の平穏で、でも何となく色づいた日常はそう長くは続かなかった。
僕が彼女を見ている間にいつの間にか図書館に入ってきたのは、見飽きた顔2つだった。
「そういうことってなんだよ。」
「わかったから。照れんなって。」
「てかキモくない?話しかけなよ。」
このデリカシーのない女・天音(アマネ)は、シュウと同じく腐れ縁で育ってきた幼馴染だ。平均値の僕たちとは違って天音は、他の男から言わせれば"幼馴染なのがうらやましい"程度には可愛いらしいが、僕にとってはただのデリカシーのない女でしかない。
一番ばれたくない2人にばれてしまった。
まさかこんなに早くばれるとは思っていなかったけど、女のカンというのはやっぱりすごいらしい。シュウから最近僕が図書館によく行くという話を聞いただけで、天音は僕に好きな子が出来たんだと言い始めたそうだ。
「あの子、B組の美玖莉(ミクリ)ちゃんだよね?私体育一緒だ。」
情けないことに、僕が知らなかった彼女の名前をデリカシーない女は知っていた。
名札の色が青色だから、僕と同学年だという事までは分かっていたけど、くしくもこの女から名前を聞くことになるなんて想像もしていなかった。悔しい想いのまま何も言えずに天音をにらむと、やつは悪魔のように笑った。
「アキ、もしかして名前も知らなかった?」
女のカンとやらをどうにか誰か止めてほしい。その質問に対する僕の反応ですべてを感じ取った天音は、さらに悪魔みたいに笑って僕をからかった。
本当にデリカシーのない女だと思った。
「いやでも冗談抜きでほんとにキモいからさ、そろそろアクションおこしな?」
デリカシーはないけど、言っていることは否定が出来なかった。
僕は頭に入っていない本に、しおりを挟むこともなく閉じてそのまま棚にしまった。
☆
「…はぁ。」
あの後僕は2人に思う存分からかわれながら、やっとの思いで家についた。本当にばれたくない人たちに恋心がばれてしまったことには本当に後悔したけど、でも彼女の名前が知れたことは進歩だと思った。
「…はぁ。」
次のため息は、ばれてしまったことへの後悔や疲れの意味ではなく、彼女にこれからどうやって話しかけようか悩む意味でのため息だ。平均値の男である僕には、マンガの主人公みたいにかっこよく話しかける術なんてあるわけなくて、天音に勇気をもって聞いてみたけど、「普通に話せばいいじゃん」という何とも身にならないアドバイスしかもらえなかった。
「ま、しょうがないか。」
平均値の僕の気持ちなんて、顔面偏差値高めの女になんてわかるはずもなく、聞いた僕がバカだったと、もう一度ため息をはくように独り言をつぶやいた。
そして気分転換をするためにもゲームでもしようと、"4Dアイマスク"を目元に装着した。
(ログインしますか?)
(はい)
アイマスクを付けてログインするだけでまるで本当に体験しているようにゲームの世界に入り込めるこの4Dアイマスクは、発売以来世界中で大ヒットとなっている。
好きなものは特にないけどあえて言うならゲーマーである僕は、発売が決まってから母親にねだりにねだりまくった。僕があまりにしつこく言うものだからついにおれた母は、テストの合計が400点を超えれば買ってあげるという、僕にとっては無理難題をおしつけてきた。それはきっと"買わない"ための作戦だっただろうけど、僕はゲームのためにその難題を突破してみせた。
全てのテストの点数を見せた時の彼女の表情を、僕はしばらく忘れられないと思う。
「よう、ヒーロー・アレックス。」
「やめろよお前。」
ゲームの中で、僕はアレックスという普段の僕とは全く違った人物になる。アレックスは僕と違ってイケメンでかっこよくて、そして強い。
僕には特に取り柄がないと言ったが、僕はゲームの中では主人公キャラクターだ。昔からゲームは本当に得意で、このロールプレイングゲームもはじめてすぐに上位まで登り詰めることが出来た。
「だってお前、ヒーローじゃん。ここでは。」
「うるせー。」
そして懲りずに僕に話しかけてくるシュウも、僕まではいかないけどそこそこのランクに位置している。シュウの言う通りゲームを続けるにつれてどんどんランクが上がったアレックスは、今では5大ヒーローの一人としてたくさんのプレイヤーの憧れの的になっている。
自慢ではないけど、いや。自慢だけど。このゲームをしている時だけは、僕は平均値の男ではなく"主人公キャラの男"になれる。
ただしこれはゲームの世界の話であって、現実世界でこれが取柄と言えないことくらい、僕にも自覚があるのでご心配なく。
「さ、今日も討伐いくべ。」
「おう、とりあえずミーシャたちと合流しに行こうぜ。」
俺たちはお互いに文句を言いながらも、ゲームの中でも共に行動していた。何が楽しくて一緒にいるのかはお互いによくわからないけど、いい意味でも悪い意味でも、シュウは俺にとって“家族”の一人であることには違いない。
毎日会っているのにまたくだらない話をしながら、僕たちはモンスター討伐を一緒に行うことになっているパーティーとの集合場所に向かった。
「アレックス!こっち!」
現実世界のような感覚を感じられるこのゲームの中でも、僕たちが楽しんでいるのは一般的なゲームとそんなに変わりのない内容のものだ。簡単に言うとモンスター討伐から老人の手伝いまで、色々な種類のクエストを達成することでレベルをあげたりお金を稼いだりして、強い敵と戦うための力や道具を集めていく。そんなもので、特別な設定なんかは特にない。
でも人というのは王道のものを好む傾向が強いのも事実で、4Dアイマスクで体験できるゲームの中でも僕たちがプレイしている"マジックキングダム"は、人気のコンテンツの一つだ。
「ミーシャ、久しぶりだね。」
「うん。
またSランク倒したって噂きいたよ。さすがだね。」
今日ともにクエストを行うミーシャという女の子は、猫耳がかわいいプレイヤーだ。ちなみに感覚が共有できるこのゲームも、他のゲームと同じく自分のアイコンは選択できるから、僕のアレックスも現実世界の晶斗とは比べ物にならないイケメンに作っている。
―――こんな時くらい平均値の男を卒業しても、誰も文句は言わないと思う。
ミーシャは強敵を倒すときにたまに協力関係を結ぶプレイヤーで、可愛い容姿とは裏腹な鋭い攻撃が一番の魅力だ。強さはもちろんのこと、容姿にも人気が集まっているということもあって、彼女も僕と同じく5大ヒーローの一人と言われている。
そんな人気者のミーシャがなぜだか僕によくお誘いをかけてくれるので、僕は誘われるたび犬みたいにしっぽを大きく振って"OK"していた。別に誘ってもないのにそのたびシュウはついてくるから、少なくとも彼もミーシャに好意を持っている男の一人だと思う。
「んじゃ、早速行く?」
「うん。そうしよっか。」
ミーシャは僕よりランキングは下ではあるけど、容姿がいいし性格もすごく優しいから、彼女のパーティーにはたくさんの人が集まっている。僕なんか呼ばなくてもそこそこ高ランクのモンスターなら倒せそうな気がしたけど、呼んでもらえることは嬉しいから特に気にすることなくついていくことにしている。
「アレックスとシュウ君でパーティー作ったらいいのに。」
「ん~僕たち集団行動は苦手なんだ。」
僕もこの世界ではいっちょ前にヒーローなんかさせてもらってるから、パーティーを作ろうと思えばきっとたくさんの人数が集まる。でもやっぱり僕は現実と同じように平均的な男から抜け出せないから、たくさんのプレイヤーの統率を取れるような気がしなかった。
それになんだか群れずに戦うヒーローって、何となくかっこいいなと思うやましい気持ちがあったことも否定はできない。
「さ、ここだね。」
今日のクエストは森から降りてきて街を襲いに来るモンスターの討伐という、いたってシンプルなものだ。でもそのモンスターが少し厄介らしくて、ランクが高いプレイヤーでしか討伐が出来ないらしい。
いかにもモンスターが出ますという雰囲気の暗い森は、普段の僕なら絶対に近寄ることもしないけど、でもヒーローの僕は違う。ミーシャに向かって「んじゃ僕についてきてね」とかっこいいセリフを吐いて、一番に森へと向かった。
森を歩いていると、あらゆるところから雑魚キャラモンスターが出てくる。それを軽く討伐しながら森をどんどん進んで行くと、雰囲気はどんどん悪くなっていった。
「アマンダ。明るくしてくれる?」
「もちろん。」
"マジックキングダム"という名前の通り、この世界では全員魔法が使える。戦っていくうちに自分の適性魔法が身についていき、それを極めていくというのがストーリーだ。ミーシャは光の魔法が適性魔法なのであろうパーティーのプレイヤーに声をかけて、歩きやすいように周りを明るく照らした。
「ありがとう、アマンダ。歩きやすくなったよ。」
僕がそう言うと、アマンダは照れたように持ち位置に下がった。
みんな忘れているかもしれないが、この世界では僕はヒーローだ。僕にあこがれてミーシャのパーティーに入って、一緒にクエストに行きたいと思ってくれているプレイヤーも多いらしい。
シュウは僕のかっこつけた姿をいつもバカにしたように笑っているけど、こんな時くらいかっこつけるのは許してほしいものだ。
ギャーーーーーーーー
僕をバカにするシュウをにらみつけながら足を先に進めていくと、明るくなったことに驚いたのか、大声をあげるモンスターの姿が目に入った。爬虫類に羽が生えたようなバカでかいモンスターは、いかにも"モンスター"という見た目をしていた。
「ヴィペラね!みんなかまえて!」
ヴィペラと言われるそのモンスターは、ランクで言うとAランクモンスターだから、そこそこ強い。ヒーローの僕にとってはそこまで強いとは言い切れないけど、何が厄介ってこいつは強力なビームを出す。それに当たればヒーローでもなんでも一発でゲームオーバーになってしまう。
「いくぞーーーー!」
「待て!」
それをそこまでしらないままヴィペラに突進していったプレイヤー何人かが、そのビームにやられた。
だから待てって言ったのに。僕はあきれながらもどう攻略しようか考えながら戦闘態勢をとった。
「みんな、落ち着いて!
とりあえず体制を整えましょう!」
ミーシャの一言でざわついていたプレイヤーが静かになった。
さすがだな~とのんきなことを考えながらも、僕は考えた作戦をプレイヤーたちに伝えることにした。
「ヤツの弱点は背中の中央あたりにあるクリスタルだ。
そこを全員で一斉に攻撃しよう。」
「でも、近づいてまたビームを出されたら…。」
「大丈夫。僕がおとりになるから。」
正直、僕は一人で攻撃に行っても戦える自信があった。これ以上むやみにたくさんの隊員が向かっても、ビームにやられてしまうだけだ。誰かを守りながら戦うよりも一人でおとりになった方が幾分か楽に感じたのでそう言ったが、その発言はいかにも"ヒーロー"っぽかったみたいで、ミーシャのパーティーからは少し歓声が沸いた。
「さすが、かっこいいな。アレックス。」
「うるせぇシュウ。お前もおとりになるんだよ。」
僕が危険にさらされるのであれば、もちろんお前も道連れになるに決まっている。僕がそういう気持ちを込めていたずらに笑いながらシュウを見ると、シュウは元々僕がそういうことを予想していたかのようにあきれて笑った。
「でも…。」
「心配してくれてありがとう、ミーシャ。
でも僕たちなら大丈夫だから、
出来るだけ早くクリスタルを破壊できるように頑張ってほしい。
パーティーのメンバーをまとめられるのは
ミーシャだけだからさ。」
今にも泣きそうな顔で心配してくれたミーシャだったけど、僕がそういうのを聞いて覚悟を決めたように一つ大きく頷いた。
「みんな!聞いてた?
私たちは私たちの仕事をしましょう。」
オォーーーーーー!!!
ミーシャの一言で盛り上がる100人前後のプレイヤーたちの声で、僕の気持ちも自然と高まった。
さすがだよ、ミーシャ。
やっぱり僕にはパーティーのボスは向いていない。こうやって大声をあげてみんなの統率をとるなんて、僕みたいな平均値の男には出来るはずがない。
「んじゃ、いこうかヒーロー。」
「おう、どうせならかっこよく散ろうぜ。」
このゲームの中では少しだけかっこよくなれる僕たちは、普段なら絶対に言わないセリフをお互いに吐いて、それを合図に勢いよく飛び出した。
「「
とは言え、僕たちも死にに来たわけではない。
ここでゲームオーバーになってしまえば超絶かっこ悪いし、例え残ったミーシャたちが戦いに勝利しても、僕の経験値にはその勝利が反映されない。ヒーローとはいえ、経験値はもちろん欲しいものだ。僕たちは飛行系の魔法を使って空を飛んで、ビームを口から出そうとするヴィペラの視線をかく乱した。
ギャー―――!
「どこにビーム出してんだ、よっ!!!」
そんな僕たちのおとりにまんまと騙されて、ヴィペラは見当違いのところにビームを出した。その隙に僕はヤツの片目をつぶして、少しでも自分の危険を回避しようとおとり役をやりながらも攻撃を続けた。
視界の端には、パーティーが背後に移動しているのが見えた。それに気が付かせることがないよう、僕とシュウはヤツの意識がこちらに向くよう、最大限におとり役に徹した。
「今よ!!!」
ヴィペラが僕たちに夢中になっている間に、パーティーが一気に背中のクリスタルに向かって攻撃を仕掛けた。
ギャーーーーーーーーーー!!
すると僕の思惑通りにそのクリスタルは破壊され、ヴィペラは今までで一番大きな声をあげて地面に倒れていった。
やったか‥‥。
全員がホッとした空気に包まれかけたその時、ヴィペラは最後の力を振り絞ったかのように口からビームを吐き出した。
「ミーシャ!!!」
そのビームは、明らかにミーシャの方に向けられていた。ミーシャは気を抜いていたのか、びっくりした表情でそのままヴィペラの方を見ていた。
僕の目にはその光景がスローに映った。頭の中はボーっとしていてあまり働いていなかったけど、そんな中でも僕の意思とは関係なく僕の足は思いっきり空を蹴ってミーシャの方に向かっていた。そして僕は頭の整理がついていないまま僕が出せる一番早いスピードで彼女の前に立ちふさがり、反射的にお姫様抱っこをして彼女を抱きかかえた。
スローに見えたその光景が元に戻った時、ビームは僕の足元をかすって空に消えていった。それと同時に大きな音を立てて地面に倒れたヴィペラの姿は、キラキラと空気に消えていった。
うぉーーーーーーー!
ヴィペラが消えた瞬間から一呼吸おいて、パーティーは歓声を上げた。その歓声はクエストクリアの音をかき消すほど大きかったけど、それがヴィペラを倒したことに対する歓声なのか、僕がミーシャを抱きかかえた歓声なのか、どちらかはよくわからなかった。
「大丈夫だった?」
なんだか恥ずかしくなった僕は、少し顔を隠しながらゆっくりと彼女を地面へと降ろした。申し訳なさそうにうなずくミーシャは、やっぱりとてもかわいかった。
「ごめんね、私…。」
「いいんだよ、結果勝てたし。」
僕がそう言うとミーシャは小さく「ありがとう」とお礼を言ってくれた。それに僕は笑顔でうなずいた後、後片付けをするパーティーの元を早々と離れてセーブポイントに向かった。
「さすがヒーローだな。」
「お前のせいで台無しだ。」
その後すぐに僕は平均値の男に戻った。やっぱり僕にはヒーローより、こっちの方がしっくりくる気がする。
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