第10話 バニラの海

 かのん君の大胆な彼女いる宣言。さすがにその反応が気になって、私はとうとうやってなかったSNSアプリを入れた。クマのスタンプで顔を隠された私とのツーショット写真には大量のいいねとコメントがついていた。『おめでとう!』『かのん君しあわせに』という祝福の言葉もあったが、やはり『失望しました』『かのん君が誰かの物になるなんて信じられない』とかいう否定的なコメントも沢山見受けられた。


「本当にこれでよかったのかな?」


 スマホの画面を覗き混みながら、私がそう言うと。かのん君はなんでも無いように笑って言った。


「こういうのはこそこそしている方が反感買うもんだよ。真希ちゃんがお堅い会社員じゃなかったら顔出ししたい位だけど」

「えー……お堅くなくてもそれは無理だよぉ……」


 スタンプ越しの私の顔でも、かのん君より大きいのが分かる。自分の顔がそんなに大きいとは思ってこなかったけど、かのん君が小さすぎるんだよなぁ……。


「で、今度の日曜日は水族館……でいいかな?」

「うん、いいよ」

「じゃあ決まり!」


 次のデートは水族館か。確か都内にいくつかあった気がする。元彼は出不精で、あんまりそういう所に行った事ないんだけど。あの誕生日の食事会も本当に久々の外デートだったのに……あ、今更だけど怒りが湧いてきた。


「……で、今日は泊ってくの?」

「え? いや仕事あるし……」


 頭の中の水族館の数をピックアップしていると、ふいにかのん君が少し掠れた声で聞いてきた。こ、これは……この雰囲気は……。かのん君の手が私の腰に回される。


「かのん君っ、私まだ、その!」


 まずいまずい。私の心の準備がまだ出来ていない。私はのしかかってくるかのん君をやんわりと押し戻した。ほのかに香るバニラの匂いに私の理性もグラグラと揺れる。この香り、いつもかのん君からするけど一体なんの匂いなんだろう。


「俺のこと、嫌?」

「ううん、違うんだけど……いきなりってのは……」


 ごめんなさい、かのん君。ぶっちゃけ正直な事をいうと、女にも色々こういう事には準備ってものがいるの。気持ち以外にもね。


「そおっかぁ……。うん、分かった」


 パッとかのん君の手が私から離れる。現金な事にそれを少し残念に思いながら、かのん君も男の子よねぇ……と思った。それでも最初に出会った時も変な事しなかったし、彼は紳士だ。


「でも、ちょっとだけ味見しよっかな」

「ちょっと……かのん君」


 前言撤回。かのん君からたっぷりとキスの雨を降らされてからようやく私は自宅に帰る事ができた。




 そして来たる日曜日。おなじみの駅前集合をして電車に乗り、水族館へと向かう。


「真希ちゃんの調べてきた水族館、HP見たけど凄いね」

「うん、イルカショーが見たくて」

「メリーゴーランドもあるって書いてあったよ?」

「え、ほんと?」


 メリーゴーランドとかのん君。やだ、超似合う。写真に撮りたい。……なんだか私もかのん君に似てきたかな。休日の駅はそこそこの人混みだ。


「とりあえずなんか食べようか。えーと、あー館内にレストランないのか」

「あらっ、そうなんだ。しまったなー」


 自宅でも外でもかのん君は食事に気を遣ってるのがよく分かる。その辺のファーストフードですまそうって提案はしにくい。


「そうだ、そこのホテル行こう」

「ホテルッ!?」


 私は先日の事を思い出して裏返った声を出してしまった。そんな私をかのん君がじとーっと見る。そして、少し意地悪い声でこう言った。


「真希ちゃん、今ちょっとやーらしい事考えたでしょうー」

「んっな……」

「そこのホテルでスイーツビュッフェやってるんだってさ」

「そ、そっかー! じゃあそれに行こう」


 はー、もうやだ恥ずかしい……。慌てている自分を誤魔化す為、私はかのん君となりゆきでホテルのスイーツビュッフェへと向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る