アルケミック・ガール 2 禁断の薬と妖精姫

タイダ メル

第1話 (ミライ)

 これは夢だな、となんとなくわかった。

 私は、私が生まれた瓶の中にうずくまっている。まだ皮膚が完成しきっていなくて、ちょっと透けている。内臓もまだいくつか作りかけっぽい。髪の毛もまだ生えてない。溶液に浸っている私の目に、私の顔が映る。

 ん? と思ったけど、よく似た顔の違う人なのだとすぐにわかった。身に覚えがないくらい悲しそうな顔をしている。

「あなたは、頑張ってくださいね。私やみんなには無理だったけど」

 私に似ているその人は、大きなハサミで自分の髪を切った。切り落とされた髪の破片が、パラパラと私の溶液に落ちてくる。

「ミュウ? なにをしているんだ?」

 レンの声だ。疲れているような、今にも倒れそうな掠れた声をしている。

「この子を応援していただけですよ」

 ミュウと呼ばれた女の子は、瓶から離れてレンと向かい合う。

「急で悪いんですけど、私、ここを出ようと思うんです」

「シュウのところに帰るのかい? そうだね。あっちにいた方が安全だろう」

「いいえ。他にやりたいことができたんです」

「……聞かせてくれるかな?」

「新しく作るよりも、壊れたのを直す方がいいと思うんですよ。この子と彼らは別人だし、私はみんなにまた会いたい」

「死んだ人間は帰ってこないよ」

「彼らを人間扱いしなかったのはあなたじゃないですか」

 私に似ている誰かは、怒りを孕んだ声で静かに告げた。


 目がさめると、なんとなく体が重かった。変な夢だった。妙に現実味があって生々しいのに、絶対に自分が関われないという感覚だけがはっきりしている。

「コケコッコー」

 シーチキンが高らかに鳴いた。朝の鳥の声を覚えたらしい。

「起きたかい? 痛くない?」

 問われて、舌が少し痛いのを自覚した。

 ちょっと処置をするから麻酔をかけるよ、と言って、レンは私に薬を飲ませた。そこまでは覚えている。

 馬車は、私が眠る前に止まった場所から動いていなかった。分厚い葉の生い茂った森の中の、わずかに開けた場所。四方を茂みに覆われていて、小さな部屋のようだ。木陰で本を読んでいるジンの髪を、鳥がくちばしでいじくりまわしている。巣でも作るつもりなんだろうか。

「見せてごらん」

 そう言われて、私は口を開ける。じっと口の中を覗き込まれて、なんだか妙な気分だ。

「舌を動かしてみて」

 言われた通りに、舌を動かす。レンは頷いて「もう閉じてもいいよ」と私の顎を撫でた。

「なにをしたの?」

「君に贈り物だ」

「わーい!」

「賢者の石のことは、もう教えたよね?」

「うん。すごい石でしょう?」

 本で読んだことがある。伝説上の存在で、未だに誰も作成に成功していない奇跡の石。完璧な物質であり、触れ合うものを黄金に変えるとか、不老不死をもたらすとかなんとか。

「君の心臓にね、あれを使ってるんだ」

「……うん?」

「君の心臓は賢者の石でできているから、君は不老不死なんだよ」

 レンは、私の処置に使ったらしい器具を片付けながら話を続ける。

 なんてことない日常会話のように、なんだかすごいことを話されている。

「私はすごく長生きってこと?」

「そう。この前のやけどもすぐ治っただろう? 君は、死なない」

「へー、すごい」

「だから、いずれ必ず君は一人になる。僕もジンもいつかは死ぬけど、君はそうじゃない」

「それは……さみしい」

「うん。そう言うと思った。だから、これを贈るよ。君の舌に、もう一つ賢者の石を埋めておいた。もしこの先、永遠を共に生きたいと思う相手が現れたら、その人に口づけをして石を飲ませなさい。そうすれば、その相手も君と同じく未来永劫を生きることができる」

「じゃあ、あなたにあげる」

「それはダメだよ。受け取れない」

「なんでだよ。もらっとけばいいだろ」

 近くの木の根元で寝っ転がっていたジンが、体を起こした。私が寝ている間、昼寝でもしていたのだろう。

「僕なんか選んだら、きっと後悔することになるから」

「なんでそんなこと言うの。私はあなたが大好きだよ」

 私がムッとすると、レンは困った顔で笑った。

「大丈夫だよ。君が安心できる居場所にたどり着くまでは、そばにいるから」

 胸の内がモヤモヤする。レンはいつも、自分が私の前を去るのを前提に話を進める。それが、たまらなく嫌だ。

「ともかく、その石の使い道はよく考えるんだよ。さて、出発しよう。星の国トートまであと少しだ」

 レンは荷物を積み終わると、御者席に座って私達も荷台に乗るように促す。

「あんな辺鄙なところに何の用なんだよ。なんもねえぞ?」

「あそこでしか手に入らないものが必要なんだ。ジン、君はあそこを知っているのかい?」

「まあ、生まれ故郷だからな。って言っても、住んでたのは少しの間で、すぐに出てったんだけど」

 私達が乗ったのを確認して、レンは馬に鞭を入れた。ピシッと鋭い音とともに、馬車が動き出す。

「それはいい、星の国の話を聞かせてくれないか?」

「ジン、大丈夫?」

 私は、思わず聞いた。海の街で、ジンは「自分は捨てられた」と話していた。そんな嫌な思い出の地に行くのは、嫌なんじゃないだろうか。

「ああ、いいよ、気にすんな。結構前の話だし、あたしも背が伸びたし、面と向かって会ったって、誰もあたしのことわかんねえんじゃないかな」

「なにか心配事でもあるのかい?」

「たいしたことねーよ。星の国に住んでるあたしの親は、あたしを歓迎しないだろうってだけだ。近寄らなけりゃ問題ない」

「そうか。それじゃあ、気をつけることにしよう。家はどのあたりだったんだい?」

「山の上の方。まあ、それより星の国の話でもしてやるよ」

 ジンは、たくさんのことを話してくれた。

 そこでは、ヤギの肉がおいしいこと、階段や斜面が多くて出歩くのが大変なこと、その名の通り、星が綺麗に見えること。

 そして、妖精が出るということ。

「不思議なものがあっても絶対に近寄るな。妖精に関わるとロクなことがないからな」

「不思議なものって?」

「喋る草とか、空飛ぶ火の玉とか、小人とか」

「へえ、興味深いね。近寄るとどうなるんだい?」

 馬車はゆっくりと進む。いつのまにか、周囲の草木の種類が変わっている。青々と葉を広げる木が減って、背の高い針葉樹が天をついている。猛禽類が高い声で鳴きながら、円を描いて旋回している。

「妖精の国に連れて行かれて、戻ってこられなくなる」

「いいね。僕、一応お尋ね者だし逃亡先としては悪くないかも」

「お尋ね者? なんでだ?」

「あれ? 言ってなかったっけ? ホムンクルス製造は禁忌だってことになっちゃって投獄されてたんだけど、逃げてきたんだ。それで、逃げた先でミライを作った」

「へー。でもまあ、冗談でもそんなこと言うなよ」

「わかったよ。肝に命じておこう」

 穏やかな昼下がり、不規則に揺れる馬車の振動と、澄んだ風が眠気を誘う。二人が話している声が心地いい。

「なんだ? 眠いのか?」

「うん……」

「麻酔がまだ残っているのかもしれないね。ついたら起こすから寝てしまいなさい」

「わかった……」

 まぶたが重い。心地良いだるさが体を満たして行く。体を横たえると、すぐに私は眠ってしまった。

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