第35話 完全無欠少女、降臨!

 執務室を後にした俺はミエリィのいる私室へ戻った。


「ミエリィ、すまないが父上に会ってもらえないか」


「ソリスのお父さんに?

 もちろん良いわよ!」


「助かる。

 父上は応接室で待っている、ついてきてくれ」


 私室を出て応接室へと続く通路を行く。


 これから国王に会うというのに、ミエリィは一切の緊張を見せない。


 鼻歌交じりにスキップしながら後ろをついてくる姿には流石に呆れてしまった。


 いや、むしろ尊敬の念の方が強いかもしれない。


 実の息子でも会話をするだけで神経を張り詰めてしまうというのに。


 ミエリィの胆力を理解できる日は来るのだろうか。


「失礼します」


 応接室へと入ると果たして父上が待っていた。


「来たか。

 ほう、これは……」


 ミエリィの姿を見た父上は驚きで目を細めた。


「これほどまでに美しい令嬢だとは思わなかった。

 これはソリスが気に掛けるのも仕方ないな」


「父上!」


 まったく何を言い出すんだ、この男は!


 何も本人の前で言うことはないだろうに。


 父上は息子の気持ちも知らずに柔和な笑みを浮かべミエリィを招き入れた。


「あなたがソリスのお父さんね!」


「おい、ミエリィ!」


 こっちもか!


 一国の主を前にして、いくらなんでもそれはないだろう。


 なぜだろう、まだ何も話していないのに既に胃が痛い。


「よい。

 ソリスの父として話を聞くのも面白そうではあるが、それはまた次の機会としよう。

 ミエリィ嬢だったかな。

 ソリスから話しは聞いた。

 そなたが魔王と交友を築いているというのは真か」


 父上は迎え入れたときの人当たりのよい笑みを引っ込め、見定めるようにミエリィへ視線を向ける。


「ええ、もちろん!

 魔王は私の友達よ!」


 国王の鋭い視線に屈するどころか、何でもないとばかりにいつもの朗らかな表情でミエリィは答えた。


「それを証明することはできるか?」


「証明?

 少し待っていて」


「おい、ミエリィっ!」


 言うや否やソリスの制止も聞かずにミエリィはその場から姿を消した。


 しばしの間静寂が応接室を包み込んだ。


「……転移魔法は使えるようだな」


「……ええ」


 ソリスの予定では父上の前でミエリィに転移魔法を使ってもらうことで、魔王と交友関係にあるという話しに信憑性を持たせるつもりであった。


 予定そのものは達成されたといって良いだろう。


 だが、いったいミエリィは何処へ転移したのか。


 いや、まさか。


 いくらミエリィでもそんなことするはずは。


 ソリスは背中に冷たいものが伝うのを感じた。


 ◇


 ミエリィが国王との面会中に許可もなく席を立つという暴挙にでてから暫く。


 幸いにも父上は機嫌を損ねること無くミエリィの帰りを待っていてくれた。


 実際にその目でミエリィが転移魔法を使うところを見たことが大きいのだろう。


 人族と魔族の関係を取り持つ為には国の、それも発言力のある大国の協力が不可欠だ。


 いくら人族のミエリィが魔王と仲が良かろうと、それだけでは人族全体を動かすことなどできない。


 現状人族は魔王の休戦の申し込みを信じることができていない。


 長きに渡る争いの歴史を鑑みれば、そう考えるのも仕方の無いことだろう。


 だが、この機会を逃せば次に人族と魔族が歩み寄るのはいったいいつになるのか。


 ミエリィという特異点がいる今を活かすべきではないのか。


 正直、ソリス自身は魔族について書物以上の知識はない。


 魔族と歩み寄ること自体が誤りなのかもしれない。


 しかし、たとえそうなのだとしても、ソリスは信じることに決めた。


 自身の信じるミエリィが友と呼ぶ魔王という存在を。


 ふと、父上の姿が目に入った。


 1人の人間の存在に依存するようでは、俺は為政者には向かないな。


 本当に廃嫡していただいて、ミエリィにアプローチするのも悪くないのかもしれない。


 これでも名門であるローランド魔術学院に在籍しているのだ。


 王族でなくなったとしても、それなりの生活が送れるだけの稼ぎは見込めるだろう。


 そんなことを考えていたときだった。


「戻ったわ!」


 応接室にミエリィが現れた。


「おいミエリィ、貴様いったい何処へ……」


 そこまで言葉にしてから気がついた。


 転移してきたのがミエリィだけではないということを。


 ミエリィが転移したときから予想していなかったわけではない。


 むしろミエリィならばそれくらいのことはするだろうと思っていた。


 だからこそその未来を直視しないよう現実逃避をしていたわけだが、どうやらそうもいっていられないらしい。


 圧倒的存在感。


 父上のそれと比較して同等、否、それ以上であるのは間違いない。


 対峙しているだけで腰が引けそうになる。


 何かをされたわけではない。


 魔力をいたずらに放出しているわけでもない。


 だが、それでも本能が目の前にいる存在の正体を訴えかけてくる。


 魔王。


 名乗らなくてもわかる。


 わかってしまう。


 人族はこんなものと争っていたのか。


 名だたる英傑たちが散っていったというのも頷ける。


 こんなものに勝てるわけがない。


 チラッと父上の方を見ると、取り繕ってはいるがその表情は厳しいものだった。


 冷や汗が止まらない。


 脚が震えそうになる。


 俺は間違えたのか。


 一時の感情に流され、柄にもなく人族と魔族の仲を取り持とうだなどと行動したのがいけなかったのか。


 この場において俺の命はもう既に俺のものではない。


 魔王がその気になれば、水面の泡よりも呆気なく弾けてしまうだろう。


 ああ、ミエリィ、すまない。


 俺はあまりにも無力だ。


 どうかお前だけでも生きてくれ。


 お前だけならばこの存在からも逃げられるはずだ。


 己の命が散る前に、最後に一目だけでもミエリィの姿をこの瞳に。


 ゆっくりと視線を動かす。


 今この瞬間に散るかもしれないという事実に怯えながらも、必死に眼球を動かす。


 そして自身の最後を悟った俺の目に映ったのは、しかしながら、いつもとかわらぬミエリィの温かな微笑みだった。







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