第33話 完全無欠少女、訪問!

「ウィリムス王国ね。

 わかったわ!」


「……言っておいてなんだが、本当に行けるのか?

 ミエリィが転移魔法を使えることは知っているが」


 俺が賊に拐われた際にミエリィの転移で皆の元へ戻ったので、彼女が転移を使えることは知っている。


 だが、あの時とは移動距離が比べ物にならない。


 魔法というものは総じて自分からの距離が離れるほど魔力の消費量が大きくなる。


 いくらミエリィといえども国単位の移動ができるのか心配だったのだが。


「行ったことはないけれど多分大丈夫よ!

 それより転移する場所はどうすればいいのかしら?」


「そうだな。

 俺の私室へ転移することはできるか?

 あそこならば誰かに見られることもあるまい」


「私室……」とエリスが呟いていた気がするが、今は構っている場合ではないだろう。


「ソリス、ちょっといいかしら」


 そう言うや否や席を立って近づいてきたミエリィが俺の顔を両手で包み込んできたではないか!


「おっ、おいミエリィ!

 いったい何を!?」


「少しじっとしていて」


 いつにない真剣な表情でミエリィが言う。


 透き通るようなエメラルド色の瞳が至近距離から俺を見つめてくる。


 ああ、なんて綺麗なんだ……。


 そんなことを考えている間にもミエリィの顔が少しずつ接近してくる。


 両手で顔を押さえられているとはいえ、逃れようと思えばできただろう。


 だが突然のミエリィの奇行に思考が追いつかなかったというのもあるし、そもそも俺がミエリィから離れるようなことをするはずもない。


 端から見れば俺の顔に自身の顔を近づけるミエリィの姿は、まるでキスをしようとしているようにしか見えないだろう。


 正面にいる俺がそう思うのだから、見ている3人は尚更そう思うはずだ。


 危機迫った顔のエリスをエルが羽交い締めにして抑えている姿が視界の端に映っている気がしたが、それどころではない。


 既に視界の大部分を占めているミエリィの顔。


 自然と柔らかそうな唇に視線が移動する。


 いったいどういう状況なのか。


 こんなことをしている場合ではないのではないか。


 そう思うが、そんなことどうでもよくなるくらい目の前のミエリィは魅力的で。


 心なしか頬が染まり、いつもより艶っぽい表情に見えるのは俺の願望が見せた錯覚だろうか。


 気恥ずかしくなり思わず目を閉じる。


 そしてついに2人の距離が0になった。


 ピトッ―――――


 額に何かが触れた。


 ゆっくりと瞼を上げると、鼻を突き合わせる程の距離にミエリィの顔があった。


 どうやらミエリィが自身の額を俺の額に押し当てているらしい。


 彼女の呼吸を直に感じる。


 どれ程の時間が経っただろうか。


 実際にはほんの数秒だったのかもしれないが、俺にはあまりにも長かった。


 ミエリィがゆっくりと顔を離していく。


「ソリスの部屋の場所は把握したわ。

 さあ、行きましょ!」


「あ、ああ」


 おずおずと差し出された手をとる。


 すると次の瞬間には見慣れた部屋にいた。


 学院の寮の私室も決して狭く不便なわけではないが、やはりこの部屋の方が広いし落ち着く。


 どうやら問題なくウィリムス王国の王城にある俺の私室へと転移することができたようだ。


「助かった。

 悪いが少しこの部屋で待っていてくれ。

 父上に魔王との接触方法があることを話してくる」


「わかったわ!」


「……いや、勢いで帰って来てしまったが、ミエリィと魔王の関係について父上に話してもかまわないか?

 勿論ミエリィの身の安全は保障するつもりだが、ことがことだ。

 場合によってはミエリィが魔族側の刺客だと判断されてしまうかもしれない。

 お前を害することができるとは思えないが、それでも不便を強いることにはなるだろう」


 いくら俺が王子であるとはいえ、国王の判断には逆らえない。


 もしミエリィが魔族に与する者だと判断されてしまったら、俺の権力では護りきれない。


 当然そうならないよう全力で説得するつもりではあるが、陛下がどう判断するかまではわからない。


 軽率な行動だったかと、後悔の念が少し湧き上がってくる。


「別にいいわよ。

 私は魔王を友達だと思っているし、その事を他人に隠すようなことだと思わないもの。

 それに何かあってもソリスが護ってくれるんでしょう?

 それならなんの問題もないわ」


 屈託ない笑みを浮かべるミエリィ。


 どうしてミエリィはそこまで俺のことを信じてくれるのか。


 俺の持つ力など精々王族としての権力だけだ。


 大抵のことなら絶大な力を発揮するに違いないが、国王の前ではそんなもの無いに等しい。


 それに単純な力などミエリィの足元にも及ばないだろう。


 ミエリィを護るにはあまりにも無力な存在。


 そんな簡単なことがわからないほどミエリィは愚かではない。


 だが、その事を理解していてなお俺のことを信じてくれている。


 何の根拠もない信頼だが、それでもその事実があるだけで力が湧いてくる気がする。


 気持ちだけではミエリィを護ることなどできないということはわかっている。


 しかし、行動する前から気持ちが負けていては、できることもできなくなってしまう。


 俺は己の両頬を叩いた。


「感謝する。

 お前は俺が護ってみせる。

 安心して待っているがいい」


「え、ええ」


 どこか惚けた様子のミエリィを残し、俺はウィリムス王国の国王である父上の元へと向かった。


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