第31話 完全無欠少女、疑惑!
最近ミエリィの様子がおかしい。
元々誰であろうと遠慮なく声をかけていたミエリィは、普段から邪険に扱われているソリス殿下にも気にすることなく話しかけていた。
あの不屈の精神は見習いたいと思うが、今重要なのはそこではない。
僅かにではあるがソリス殿下へ声をかける頻度が上がった気がするのだ。
単純に声をかける頻度はもちろん、お茶に誘って断られたときも今までは素直に引き下がっていたミエリィが食い下がるようになった。
ミエリィの様子に変化を感じ始めたのは、殿下が賊に拐われた演習以降だ。
あの時ミエリィが殿下を探しに行ったが、その時に何かあったのだろうか。
そして私がミエリィの様子に疑問を持つようになった一番の理由。
それはミエリィの匂いが変わったのだ!
今までは青い果実のような、爽やかで甘い香りだった。
だがこのところミエリィからそれだけではなく、熟した果実のような濃厚な香りを感じるようになったのだ。
どちらも甲乙つけがたいいい香りなので私にとって喜ばしいことではあるのだが。
「エルはどう思う?」
「そうだね~、エリスさんと友達になったことを少し後悔するくらいには引いてるよ~」
「私の話ではない、ミエリィのことだ」
そっと視線を移すとソリス殿下に話しかけているミエリィの姿が目に入った。
「私はいつものミエリィちゃんだと思うけど。
まあ、でも確かに言われてみれば少し殿下への態度が変わったような」
「こうなんというか……、執着に近いものを感じるんだ」
「……ミエリィちゃんもエリスさんには言われたくないと思うけど。
ミエリィちゃんが殿下に執着か~。
ミエリィちゃんに限って権力に目が眩んだなんてことはないだろうし」
「私もそう思う。
正直ミエリィの実力なら媚など売らなくても、どの国にでも厚待遇で迎え入れられるだろう」
ミエリィの力は破格だ。
その力の程を知れば大国を含め多くの国々がミエリィを引き込もうと動くのは間違いない。
「そうなると他に理由があることになるけど……。
まさか、恋?」
「それこそミエリィに限ってありえんだろう。
だってあのミエリィだぞ?
外壁を吹き飛ばして、竜を友達にするような奴が王子とはいえ普通の人間に恋をすると思うか?」
「エリスさん、ミエリィちゃんに対して結構容赦ないよね。
言いたいことは分かるけど。
でも思い出してみて。
演習のあったあの日、殿下を連れてきたミエリィちゃんの様子が少しおかしくなかった?」
「そういえば確かに珍しく取り乱していたような。
それに顔も赤かった……」
あの時のミエリィの表情はいつもの明るい少女のものではなかったような気がする。
「あれってもしかして私たちの見ていないところで殿下に何かされたんじゃないかな?」
「まさか、殿下は普段からミエリィを避けているのだぞ。
その殿下がミエリィに何かをするとは……。
いや、待てよ。
これまではミエリィへの悪感情から避けていたが、国からミエリィを自国へと引き入れるように指示が来たのか?
ミエリィは自分の力を隠すようなことをしていないし、ミエリィの存在を認知していてもおかしくはない。
ミエリィを引き入れるためにはどうすればいいか。
権力や金になびくような奴でないことは殿下も承知しているはず」
「そうだね~。
普段から大量の白金貨を持ち歩いているような子だからね」
「ならばどうするか。
それはミエリィを恋愛感情という鎖で繋ぎ止めてしまえばいい。
いくらミエリィが変人だとしても人の子である以上、人を好きになることもあるだろう。
情に厚いミエリィのことだ、一度惚れた相手を無下に扱うことはないはずだ。
それどころかお願いされれば純粋なミエリィはどんなことでもしてしまうかもしれない。
そう、どんなことでも……。
グフフフッ、フフッ」
「エリスさん?」
おっと危ない、思わず妄想が。
「失礼。
要するに殿下は純粋なミエリィの恋愛感情を利用して自国へと引き込もうとしているのかもしれない。
どうやってミエリィを惚れさせたのかまではわからないが」
「それは流石に考えすぎじゃないかな?」
「エルよ、平民のお前にはわからないかもしれないが、貴族というものは自分の為ならばどんなに汚いことだって平気でする生き物だ。
ミエリィの恋心程度、ミエリィという戦力を引き入れるという目的の前では殿下にとってなんの価値もないだろう」
「……それが本当ならあまり良い気はしないね」
「同感だ。
ミエリィも貴族だから仕方のないこともあるのかもしれない。
だが、友として目の前で利用されているのをただ眺めているというのは、到底受け入れられるものではない。
それもミエリィの恋心を利用するなど、本当に許しがたいことだ」
「まあ、でも今の話は全部エリスさんの想像に過ぎないわけだし。
心配しなくても何もないんじゃ……」
その時だった。
「良いだろう、参加してやる」
ミエリィに茶会へと誘われていたソリス殿下が返事をしたのだ。
いつもならミエリィを無視して立ち去る殿下が、返事をしただけでなく茶会に参加するだと?
殿下の発言に驚いているのは私たちだけではなかった。
教室にいた他の生徒はもちろん、殿下の取り巻きたちも一様に目を見開いて驚いている。
まさか本当にミエリィを自身へ縛り付けるつもりなのか。
このままではミエリィが国の傀儡になってしまう。
いつも自由で明るいミエリィが。
折れてしまった私を再び立ち上がらせてくれたミエリィが。
そんなこと、そんなこと許してなるものか!
「エル、行くぞ!」
「えっ、ちょっとエリスさん!?」
私はエルを連れて2人へと歩み寄る。
「ミエリィ、私たちもそのお茶会に参加しても構わないか?」
「ええ、もちろんよ!
みんなでした方が楽しいに決まっているわ!」
変わらぬ笑顔を向けてくれるミエリィ。
その笑顔を見て思わず抱き締めて匂いを嗅ぎたくなる。
だが、私は見逃さなかった。
ミエリィが私たちの参加を認めた瞬間、ソリス殿下が不快そうに表情を歪めるのを。
恐らくミエリィを手中へと納める上で私たちの存在は邪魔なのだろう。
演習の時は私たちの存在など関係ないと言っていたが、殿下にとって邪魔な存在がいないに越したことはないだろう。
伯爵令嬢に過ぎない私ではウィリムス王国の王子であるソリス殿下に権力では到底及ばない。
だが私はミエリィの友だ。
その立場はミエリィを守る上で最高の立ち位置に違いない。
殿下がどのような手段を用いてくるかはわからないが、友であるということを最大限利用してその全てを阻止してみせよう。
そしてミエリィに気がつかせるのだ。
ソリス殿下に騙されているぞ、と。
人を疑うことを知らないミエリィはただ伝えただけでは、ソリス殿下に騙されていると信じることはないだろう。
それならば私が側でミエリィを守り抜いてみせる。
ミエリィが騙されていることに気がつくその日まで。
そしてその暁には権力の手から守り抜いたご褒美に、ミエリィに抱き締めてもらうのだ!
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