第42話

 俺が選んだのは逃走だった。ただし、包囲を抜けるときに斬りかかってきた兵士の足を払い、こけさせた上で背中を踏んづけて足をもつれさせた演技をしながら適当に他の奴に近付いて軽くタックルをかまし、跳ね返された演技をしながら背後から近づいてきた二人にラリアットをかましてやった。残ったのは音声記録再生装置を斬った兵士だったがそいつには足払いをかけてやった。全員に軽くやってやった。つまり、挑発だ。しかしそれが全力だと思ったのだろうか?「運のいい奴・・・・・・」と怒りを湛えた声音でつぶやきながら立ち上がった奴らは、もう既にジョギングレベルで走り出していた俺に狙いを定めて追いかけてきた。

 ジョギングコースは、まず街の顔である東西へ延びる目抜き通り。ここは今の時間朝市の準備で中、小規模の商人が暗い顔で鮮度の落ちた野菜や日干しや塩漬けにされた川魚などがそこかしこで並び始めていた。

 俺はそこで兵士がぶつからないように何も置かれていないところを押し広げながら走り、適当なところで脇道に逸れる。

 そこは職人街だった。まだ朝が始まったばかりだというのにそこかしこからハンマーが鉄を叩く甲高い音や木と木を打ち合わせる硬質な、けれどどこか柔らかい音が聞こえてくる。それよりも弱い音も有るようだ。

 つぎに赴いたのは商店街だった。いや、職人街を真っ直ぐ走っていたらいつの間にか商店街に入っていただけだが。後ろを見ると、それなりに疲れを見せながらも未だ活きよく付いてきている兵士集団。

 俺は商いギルド前で立ち止まった。前方から別の兵士の集団が走ってくるのが見えたからだ。

「そこの者!止まれ!」

もう止まっている俺に対し威圧的に声を投げてくる応援の兵士。近くに来るとこちらは丸腰にも関わらず問答無用で抜剣してきた。

「これでもう逃げられんぞ」

やっとの思いで追い付いた兵士たちから声が挙がる。走っているときには鞘に納めていた剣を、もう抜剣している。

「丸腰相手に警備兵十人が抜剣たあ横暴じゃないかい」

「少し痛めつけて立場という物を教えてやろうという俺達の粋な計らいだ。涙流して喜ぶんだな」

息を切らした兵士がそんな事を言う。構えてはいるが、隙だらけなその様に鼻で笑ってしまう。

 それを見ていきり立った一人の兵士が斬りかかってきた。適当に振り上げ振り下ろす様は軸がブレブレでしかも動きが緩慢だ。低位の冒険者ならまだしも、中位以上の冒険者には手も足も出ないように見える。

 そのレベルに合わせ、俺は慌てたように大きく剣筋から身を避ける。その後で斬りかかってきた男に無様に見えるように掴みかかって身につけている簡素な兜を奪うとそれで兵士の頭を強打してやった。

 昏倒した兵士を見やり、息があることを確認する。耳からも鼻からも目からも血が出ていないし気絶しているだけだ。

「ぼ、暴力反対!!」

兜がひしゃげていないことを確認してから驚いた仕草に駄目押しに忌避するようにほっぽりだしつつ言ってやった。声も震わせる名演技だ。

「貴様!あくまでも我らに刃向かうか!?」

「斬りかかってきたら避けるだろ!二回も斬りかかられたらそれ以上されないようにするだろうが!」

「ええい、公務執行妨害で逮捕する!」

「お、横暴だー!」

おっと、最後の最後で棒読みになってしまった。とんだ大根役者だ。

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