第26話

 次の日。取り敢えず俺と美咲は朝方に冒険者ギルドに行くと皆に伝えておいたので行くことにした。鍛錬中に怪我をしても大丈夫なように、ポーションの素材集めを兼ねて依頼をこなそうと思ったのだ。

 さらには四人に春になったら旅に出ることも伝えてあるのでそれぞれの得意なところを確認しておくのも目的だ。

 ギルドに赴いて先ずやることは掲示板の確認。もう、陽が出てそれなりの時間が経っているので人はまばらだ。

「あ、ハジメさんにミサキさん、おはようございます」

銅級にある依頼書を物色していると、ミシェルさんから声をかけられた。

「おはようございます。あ、こっちの四人は身元を引き受けたイッカク=マラヴィロッツさん、ホルエス=コーディローンさん、イヌヅカ・マサツグ君、ハマナ・ミライちゃん。・・・・・・皆、こちら俺達がギルド登録するときに担当してくれたミシェルさん」

俺が一言入れながら紹介すると、和やかに軽めの自己紹介をした。その後でイッカクさんとホルエスさんがギルドカードを持っていないらしい事がわかり、ミシェルさんに登録をお願いした。

 登録している間にざっと十五枚ほど依頼書を見繕い、ミシェルさんにパーティーで受ける旨を伝えた。するとミシェルさんは安心したようにため息をついた。

 どうしたのか聞くと、最近採取依頼を受ける人がまた居なくなった様だった。最近は適当に葉っぱを刈って来るだけではクエスト達成にならなくなったため、冒険者が面倒くさがってやらなくなったようだ。一応、どうしてこうなったかを周知徹底して協力を呼びかけ、さらにはギルドからも特別褒賞を出すようにしたのだが芳しくないらしい。・・・・・・まぁ、つっこんで聞くとどこのギルドも同じ状況らしく、同級から鉄級冒険者に強制的に教育を施していく事で何とか回していくとのこと。

 今までの製造工程のポーションは低級か劣化品としてこれからもしばらくは売られていくらしい。ただし、売値は通常の三割減と統一された。そして、新しい行程のポーションは通常品となり今までと同じ価格で購入できる。知らなかったとは言え、粗悪品を売って利益を貪っていたお詫びのようなものだとメイヴルは言っていたが、素材が集まらずに今までの物を作らざるを得なくなっていたらしい。

 しかし、この町に限って言えば新行程の素材はそこまで危機的状況ではないとミシェルさんが言っていた。偶に俺達が丁寧な採取法で必要でないと思われていた部分ごと大量に納品していたからだ。それのおかげで多少ギルドの財政が潤っているらしい。この時期、必要な部分が適切にあり、さらにはシミュリストルの御使いが採取したと言うことで多少値段を釣り上げているらしい。

 元々ほかのギルドにバカにされ、さらには領主へ不当に少ないギルド運営費しか支払われていない状態だったのでシミュリストルに相談を持ち込んだらこうすれば良いと言われたのだとか。・・・・・・想像以上に神様は俗物だったという事で良いのだろうか。



「腕をピンと伸ばして!ハマナちゃんは腕が少し内側に巻き込んでる!そうそう!そこでストップ!ホルエスさんは腰が浮いてる!もうちょっと落として!イッカクさん!肩が入ってる!肩だけ戻して!イヌヅカ君!手打ちになってる!腰から捻り込んで!肘を腰に乗っけて打ち出す事を想像して!そうそう!そんな感じ!」

美咲の楽しそうな声を聞きながら、俺はそこら辺に生えているポーションの素材を収集している。

 何をしているのかというと、俺はともかく美咲が早々に飽きてしまった。と言うより、自在倉庫に沢山余ってるのでやる気が出ないと喚いたのだ。

 わめき散らす美咲の声を聞きつけた四人はこれ幸いと普段行っている鍛錬を教えてくれと願い、それに乗っかった美咲は始めにお手本を見せ、説明してからもう一度お手本を見せてから四人にやらせ、現在に至る。

「というのはやってません!」

落ちが付いた。真剣に取り組んでいた四人はそれを聞いて盛大にずっこけ、脱力する。

「拳一つとっても正しいと思われている打ち込み方はあるわ。今教えたのが私たちの故郷では一つの流派の内で正しい打ち込み方になるの。ただし・・・・・・イッカクさん、ちょっと受けてくれるかしら?痛くないようにするから」

「おう、わかった」

そう言ってイッカクさんに返事をもらってから美咲はイッカクさんに軽く、パンチを放つ。先ほど教えていた正拳突きとは見ただけで違う。ボクシングのジャブだ。

「威力は違うけど、別の流派ではこれも正しい打ち込みになるわ」

「全然違うな」

蚊に刺された程度も痛がらないイッカクさんは実感を込めてそう応える。他の三人も理解した顔だ。

「ただし、正しい動き方を知っているのと居ないのとでは天と地の差ほど鍛錬の質が変わってくるのはわかるわね?」

四人が無言で頷く。

「私と一が毎日やってる鍛錬は体に正しい動きを覚え込ませ、染み渡らせること。これはイッカクさんも最近やり始めたわね?その他には、どの動きがどの動きに対応しているか理解してからになるわ。これを十五年、毎日やっているわね」

「最初の内はそこまで考えてやってなかったけどな」

依頼書一枚分の採取が終わったので、俺も美咲の語るご高説に混ざる。

「いいじゃない。十五年、毎日やってたのは確かなんだし」

俺の言葉にちょっとむくれて見せる美咲。・・・・・・かわいい。

「じゃあ、その鍛錬を見学しても良いですか?」

「参加して貰おう。・・・・・・何、簡単なんだ。身構える必要もない。俺たちの動きを見て真似するだけで良い。改善案はその都度出そう」

そう言って、俺、美咲、イッカクさんが並んで立ち、その目の前に対峙して俺の前にイヌヅカ君、美咲の前にハマナちゃん、イッカクさんの前にホルエスさんが立った。

「まずは右正拳突き。足を肩幅に広げ、足の親指に体重を乗せ、その親指で地面を掴む。少し腰を落としてゆとりを持たせて腰を捻り、上半身を雑巾の様に絞る。絞りきったら力を解放して一直線に目標めがけて打つ。ゆっくりだ。力を解放するのは想像の中だけ。ここで力を込めると思うだけで良い。・・・・・・想像したところに拳はあるか?無いなら同じ動作を繰り返して想像したところに拳が来るまで続ければいい。ほんの少し、見た目でわからなくても違和感が有ればそれは失敗だ。違和感が無くなるように。正拳突きは右も左も同じ動作だから左右交互にやると良い」

自分の動作に違和感を覚えるのは相当に難しい。しかも、ゆっくり、ゆっくりやるのだから尚更だ。

 四人は首を傾げつつも何度も拳を繰り出し、繰り出して首を傾げるを繰り返す。

 始めの内はそれでいいのだ。何年と毎日拳を打ち込んで微かに違和感を覚え出すような代物なのだから。最初は、ゆっくり、ゆっくりと正しい動きを体にしみこませ、頭の中にどう動くのかを叩き込むしかないのだ。



 ゆっくり、ゆっくりと動くのは相当に堪えるらしい。暫く久々に一心不乱と言うほどでもないが拳を打っていて終了の合図を入れるとホルエスさん、ハマナちゃん、イヌヅカ君が盛大に息をついていた。しかし、確かな手応えを感じているのか表情は溌剌としているように見える。

「さて、休憩がてら薬草の採取だ。チノミーは採取しといたから他のを頼む」

「そう、言えば、・・・・・・薬草は、採集方法が、指定されたと、聞きました」

ハマナちゃんがいつもの調子よりゆっくりと、呼吸を整えながらそんな事を言って来る。

 ミシェルさんの言っていた通り、冒険者はしっかりと情報収集を欠かさないらしい。ホルエスさんとイッカクさんは首を傾げていた。

「そうだね。正しいポーションの作り方が広まったけど、それに対して冒険者は今まで通り葉っぱしか持ってこないからギルド同士で話し合って冒険者に採集箇所の指定をする事になったんだ。一番変わったのはアガペーかな?葉っぱには殆ど有用な物が含まれてないから根っこだけ納品する様になった」

「正規の作り方の試作品を飲んだが凄まじかったぞ。中級ポーションで骨折が一瞬だった」

「その効能は上級ポーションじゃないのか?」

イッカクさんの言葉に驚いたのはホルエスさんだ。思わずと言った様子で聞き返していたが、イッカクさんはその認識を変えようと自分が体験した子細をホルエスさんに説いていた。・・・・・・俺が作った中級ポーションだからちょっとむず痒い。

「シミュリストル様が仰っていた事は本当だったのだな」

にわかには信じられないと思いながらも、ホルエスさんはイッカクさんの言葉を認めたようだ。

 さて、話を戻して薬草採集だ。イッカクさん、ホルエスさんには最初も最初なので葉っぱを集める必要があるウォッシュグラス、スウィートレモン、ウェステルトス、キリンジを中心に採取してもらい、ハマナちゃんやイヌヅカ君には根っこが必要なミシュガン、ハリナラ、フェブリンを中心に採取をしてもらう。俺たちは茎が必要だったり、葉脈が必要だったり、逆に葉脈が邪魔だったり、ややこしい物の担当だ。中には髭根が必要なのも有る。しかも茎が必要な薬草には葉っぱがマイナス効果を持っていたりするのだから、扱いが面倒くさい。

 風属性に金属性を混ぜて水属性にし、それを発動させてカッシェルーの根本に注ぎ、カッシェルーを引き抜く。これが髭根の必要なカッシェルーの採取方法だ。加工するときは髭根を落とし、カッシェルーの本体は長ネギのような風味で美味しいので自在倉庫へ。髭根を乾燥させてすり鉢で粉にし、チノミーを煮出した液体へ投入。ここまでがポーション作成に共通する行程だ。チノミーとカッシェルーは混ぜた薬草の有用作用を増幅させる作用が有るらしい。

 ウォッシュグラスはチノミー、カッシェルー、と混ぜて泡立ちをよくし、キリンジを混ぜて殺菌効果を持たせて皿洗い用の石鹸に。キリンジを少な目にしてスウィートレモンやシンデッチ、ウェルブレンと言う香り高い草花を混ぜるとボディーソープやハンドソープ、シャンプーになるそうだ。・・・・・・シャンプーやボディーソープ、ハンドソープの概念は有るのか。

 ミシュガン、ハリナラ、ウェステルトスは芳香剤の原料だ。ミシュガン、ハリナラの根を乾燥させて粉にし、新鮮なウェステルトスを潰して混ぜ合わせてからお好みでスウィートレモン、シンデッチ、ウェルブレンなどを混ぜて乾燥させながら固めるそうだ。ついでにキリンジを混ぜてトイレ用にも流用可能。匂いは、好みによる。俺は強い匂いが苦手だからミサキと話してシンデッチの量をかなり減らしてもらっている。

 フェブリンは煎じて飲めば風邪の特効薬だ。但し、大人のみ(十五歳以上)。面白いのが、カッシェルーの髭根意外を乾燥させて粉にしてから併せて飲むと子供用の風邪薬になるのだ。それでも、五才未満には飲ませられないが。

 そんな事を考えながら採集していると、依頼個数以上の収穫ができた。途中から四人も採集速度が上がったところを見ると、もしかしたら鑑定スキルに目覚めたのかもしれない。

「ハジメ殿、三十三にもなって鑑定スキルを手に入れましたぞ!」

嬉々としてそう伝えてきたのはイッカクさん。武術スキル以外が手に入ったことにいたく感動している。俺に伝える前に周りの三人に教えて回ったのか、三人は苦笑いをしている。

「それは良かったです。では、昼を食べて蹴りの練習をしたら帰りますか」

「そうしよう、そうしよう!」

聞いたところによると、ホルエスさんも鑑定スキルを入手して既にレベル十。イッカクさんはレベル五。ハマナちゃんはレベル三十、イヌヅカ君はレベル六十になっていた。ついでに、知識についても増加していると言っていた。

 短時間の採集だけでここまで上がるのは珍しいらしく、なぜか皆に俺と美咲が崇められてしまった。



 昼食を済ませ、また同じ様に三列で向き合う。

「じゃあ、午後は蹴りだ。左右とも大体同じ動きだから片方だけ教えるぞ。まずは前後に肩幅に開く。重心は中心が望ましい。で、拳でも言えることだが腰は必ず少し落としておく。腰が自由に動かないと勢いの乗った良い攻撃が出来ないからな。イヌヅカ君、もうちょっと落としても支障ないぞ。そう、そこだ」

「ハマナちゃん、腰、落としすぎ!落としすぎても腰は不自由になっちゃう!もうちょっとあげて!腰回してみて!回る?うんよし!」

「こうやって、肝心要を教えられながら鍛錬するのは久しぶりだが、理路整然と教えられるというのはスッと入ってくるな。しかも、見ているところがまるで違う」

初めて俺たちに教わるイッカクさんは、俺達の説明に感心しきりだ。

 こっちの人たちは、まだ腕を早く振る事を念頭に腰は意識外との事。だから、俺達が教えることは先進的すぎて俄には信じられないが、一度意識して動いてみるとびっくりするほど体に馴染むらしい。馴染むというか、この動きをするだけで力を余すことなく込められると言うか・・・・・・言葉にはし辛いが、兎に角イイらしい。

「ふむ。この構え方は覚えておくと良い。この構えから繰り出されるのは何も足技だけでなく手技もこの構えから出せるからな。その場合は前に出している足の方を牽制に使える。・・・・・・まあ、巧くなると前足の方からも重い一撃を出せるようになるが、これは鍛錬有るのみだ。今は意識の外で良い」

「ここからが蹴りでの鬼門だよ。気を引き締めてね。重心を後ろに下げて、前の足を地面に這うようにしながら後ろの足にくっつけて、そのまま後ろ足に這うように持ち上げて。後ろ足の踵を浮かせて捻る。捻ったら上半身を後ろに倒しつつあげた前足を前へ」

「ひあぁぁぁぁ!?」

悲鳴が上がった。ハマナちゃんとホルエスさんだ。見ればイヌヅカ君も苦悶の表情で前足が出せずに固まっている。ハマナちゃんとホルエスさんも似たり寄ったりだ。

 一応、俺と美咲はゆっくりと伸ばしていって体と足が水平になってから十五秒ほど静止し、元に戻す。イッカクさんは足を延ばし切れていないがまあまあ、及第点だ。

「うん。辛いのは知ってるから取り敢えずイッカクさんを目指そう。イッカクさんはこの前より足が伸びてますね」

「本当か!?難しいが鍛錬に体が答えてくれるのは幾つになっても嬉しいものだ!」

俺の言葉にイッカクさんは笑顔で応えてくれる。まるで子供のようだ。

「取り敢えず!出来るところまでで良いから逆足もやっちゃって!十五秒静止して下ろすの。最初は私たちも出来なかったからね!出来るようになるまで三ヶ月は掛かったんだから!」

落ち込む三人に励ますように言う美咲。本当は五ヶ月くらい掛かったのだが、見栄を張ったな。

 うーん、うーんと唸りながらなんとかこなす三人を眺めながら蹴りのノルマ左右十五回ずつをこなす。次いで行うのは回し蹴りだ。説明しながらやると、前蹴りよりは楽なので限界を迎えつつある太ももに喝を入れながら全員でこなす。そこで思い至ったのが、昔美咲と共に開発した鍛錬法だ。

 美咲に見せようと提案してみると、「確かに良いかも!」と良好な返事を貰えたので四人を休ませつつその鍛錬法を披露することにする。

「この鍛錬方法は、素早くやると確実に喧嘩の元になるからゆっくりやってね」

と、実感の籠もった注意を言いつつ、俺と美咲が対峙する。距離は、腰を入れて拳が相手に当たる距離。

「こう、ペアになって向き合って、受ける側と打つ側に分かれて打たれる側が打たれる箇所を言うの」

「右肩」

「打つ側は言われたら即座に動き出すの。でも、気をつけてほしいのはあくまで動きの確認だから素早く打たない。しっかり一つ一つ確認しながらゆっくりと打つの」

言いつつ、美咲はゆっくりと右手で肩の付け根に向けて一直線に拳を打ち込む。

「打ち込むのは相手の急所。確実に、正確にね。当てる部分は目標は中指の付け根を心がけて」

正確に中指の付け根で俺の左肩の付け根に触れ、十五秒程度経ってから構えを解く。

「あ、美咲、今の俺の左肩だったからペナルティーな」

「ほっひょぉ!?」

締まらんなぁ。

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