第14話

 なんやかんやが終わり、お礼もかねて休憩室・・・・・・もとい質素な応接室での簡単なおもてなしを受けた。エリュシアさんが淹れた紅茶(!?)に、ベリーライムという柚子の香りのする木の実の皮を混ぜ込んだウィッカーと言うクッキー。

 ついでだからとこちらからもイェスディンを五個献上した。

「因みに、ミサキ嬢もあれはできるのかね?」

「できるわけないじゃん。どこの曲芸師よ?」

楽にして構わないとか、敬語はいらないとガンジュールさんやエリュシアさんに言われて美咲は畏まった態度を解いていた。それで、俺がイェスディンを捌くのを眺めながらガンジュールさんが美咲に聞くと、呆れたように応える。それを聞いて、ガンジュールさんはあからさまにホッとした様子だった。

「解せぬ」

「解せないのはこっちの方よ!何をして何を食べたらそんな事できるようになるのよ!?」

「美咲も大体同じ事できると思うんだがなぁ」

「やらないわよ!もしできたとしても!やらないわよ!!」

力一杯否定されてしまった・・・・・・。悲しい。

 取り敢えず、イェスディンは五枚のお皿に盛り付けた。その後はしばらく歓談することになった。

 歓談の最中、何故かこの地ではどれ程の木を一太刀で切れるかがその剣士の腕前なのだと言う話しになった。昔、どれだけの大木を切れるかと言う祭りにもなったそうだ。

 やり方は、魔力と言うものを剣に纏わせて斬るのだそうだ。

 エリュシアさんが言うには、俺達でもできるらしい

「じゃあ、後でやり方を教えてね」

イェスディンを頬張りながら美咲が言う。俺も、魔法があるとこの世界へ来るときに聞いていたので興味はある。俺もお願いすることにした。



 歓談が終わり中庭に出ると、そこでは騎士や兵士、ついでに冒険者達が必死の形相で訓練に励んでいた。歓談中に、昨日教国が攻めてくるのを雌伏していた騎士や兵士達が領中から集まり、更にはこの領地を拠点に構える冒険者達がまだ招集もしていないのに集まってきたとの事。しかし、総勢でも五百程だという。収集した教国の軍勢は五千にも上るのだとか。

 その訓練をしている人々の脇で、俺達はエリュシアさんに魔法の基本のきの字から教えて貰う。

「先ずは、魔力を感じるところから始めましょうか。これから魔力をあなた達に流しますので、それを感じ取ってくださいね」

俺達が頷くと、エリュシアさんは俺達の肩に手を押く。すると、ぞわりと悪寒が走った。しかし、その、悪寒を走らせる物を知っている気がする。

 結論を言おう。その未知なる魔力という物を知っていた。

「悪寒が走ったと思いますが、その悪寒の元を意識してみてください。掴もうとすれば掴める筈です」

「こうか?」

剣を選ぶときに使ったモノを意識して手の形にし、エリュシアさんから感じられるモノを掴もうとすると、さしたる抵抗もなく握りつぶしてしまった。エリュシアさんから悲鳴が上がる。

 そこからの全員の行動は凄まじかった。先ず、ガンジュールさんが素早くエリュシアさんを抱き寄せて俺達からエリュシアさんを離す。呆気にとられているとヤイガニーさんがエリュシアさんと俺達の間に割って入り、訓練していた者達が俺達を囲み、剣の切っ先を俺達に向けた。皆、一様に殺気立っているがヤイガニーさんだけ冷や汗を垂らしつつ俺達に向けている切っ先がプルプルと震えている。

「お、おぉ。何というか、申し訳ない。わざとじゃなかったんだが」

両手を上げて降参の意を示しながら釈明すると、ホッとしたように全員から緊張の糸が解れていった。殺気も無くなっている。

「あ、あの、私がびっくりしてしまっただけなので大丈夫です・・・・・・よ?」

「だが、悲鳴を上げたじゃないか。何があったんだ?」

俺の釈明に合わせるように、エリュシアさんも俺に何もない事を告げると、兵士達は俺が釈明したときよりもあからさまに胸をなで下ろして去っていく。何人かは俺に詫びていった。そんな中でガンジュールさんはエリュシアさんに尋ねている。

「あ、はい。私が二人に魔力の存在を知覚して貰うために結構強めに魔力を流しました」

「で、掴めると言われたからそれっぽいモノを操ってエリュシアさんの魔力を掴もうとしました」

「そしたら、ハジメ様に握りつぶされてしまいまして」

「エリュシアの強めの魔力を握りつぶしただとっ!?」

「え?あぁ、はい。そうみたいです」

俺とエリュシアさんがそのときの様子を交互に説明すると、ガンジュールさんはぶっ倒れかねないほど驚かれた。俺は戸惑うしかない。

「実はエリュシア、この領地で最高の魔法使いなんだ。我々ではエリュシアの眉一つも動かせないほどの魔力を持っている。その彼女がちょっと強めに魔法をかけると、大分堅いシロモノができあがるんだ」

と、説明してくれるガンジュールさんだったがにわかには信じがたい。それこそ紙風船を潰すかの如く易々と潰れてしまったのだから。

「まぁ、いいじゃありませんか。そろそろ続きをしたいのだけれど、構いませんよね?」

悩み始める俺とガンジュールさんを止めたのはエリュシアさん本人だった。ガンジュールさんは難しい顔をしていたが、頷くしか無かったようだ。

「ねぇ、一?どうやったの?」

座り直すと、肩越しに美咲が聞いてきた。俺が「武器の根本から切っ先まで伸ばすやつあるだろ?あれだ」と答えると、「あー、あれかー。あれ、苦手なんだよねぇ」と頷いていた。

 「今度は更に強くしますので、ハジメ様は同じ様に握りつぶして見てください。ミサキ様は掴むのを頑張ってください。ここは基礎のきの部分です。掴めると魔力操作が出来るようになりますので、焦らずに頑張ってくださいね」

言いながら、エリュシアさんは魔力を流してくる。確かに悪寒が先程より強い。

 「ほいっ!」と言うかけ声がした。美咲からだ。それと同時に、エリュシアさんの魔力が震えた気がした。

「かったーい!なにこれー!?鉄棒つかんでる見たーい」

にわかに騒ぎ出す美咲。俺は、それを聞いて握りつぶさないように触れていたそれーーこちらでは魔力と呼ぶモノに力を入れる。すると、先ほどと同じ様にさしたる抵抗もなく潰れてしまった。

「・・・・・・二人とも、素晴らしいわ!こんな短期間で魔力操作を会得してしまうなんて!!」

感極まった様子でエリュシアさんは言葉を紡ぐ。

「えー?要はこれと同じでしょ?」

そう言いながら自在倉庫より棍を取り出して回転させながら上空へ放る。そのまま立ち上がって綺麗な円を描く棍を手の平で、手の甲で、果ては体全身を用いて弄んでいく。回した棍は度々回転の方向が変わるが、違和感がなく、棍の回転も衰える様子は無い。

 しかし、唐突と言うか、やはりというか、俺へ飛んでくる棍の先端の数が増えてきた。と言うより、狙われ出した。

 流石に座っていては避けられない、腰を狙った打ち払いで飛び上がり両足を地面に着ける。すかさず流れを切って突いてきた五連突きに合わせて跳びすさって距離を置く。

「何すんだコノヤロウ!」

「何で当たんないのよコノバカ!」

雌雄が同時に吠える。

「当たったら痛いだろうが!」

「もしかしたら痛くないかも知れないでしょう!?」

「ぶぉんぶぉん鳴ってる鉄棒が痛くない保証がどこにある!?」

「ふんっ!」

舌戦が不利と見るや、美咲が打ち込んできた。それを、体を捻って躱し、ついでに棍を抑えて動けなくしてやる。

「くっそー!」

本当に悔しそうに顔をゆがめて悔しがる美咲に、「大人しくしてろ。バカ」と頭を叩く。じっとしようとすればできる癖に、それをしようとしないバカなのだ。

「さて、話の腰を折って申し訳ありません」

「いえ。ミサキ様が付加魔法をお使いになられておいででしたので寧ろ僥倖と捉えるべきでしょう」

エリュシアさんに謝罪すると、エリュシアさんは何やら呪文を唱えだした。

「付与魔法?」

「えぇ、付与魔法ですわ。物質に魔力を付与。つまりハジメ様の言葉のように言えば、魔力を通すことによって発動する魔法ですわ。ミサキ様の場合、極端に魔力が薄いのと、意識が感じられないのが気になりますが」

「ふむ・・・・・・?」

「普通の付与魔法はもっと大量に魔力を流し込んで、例えばもっと堅くなるようにとか、もっと切れるようにと意識するのです」

「なるほど?やってみよう」

腰に穿いていた直剣を抜き放ってエリュシアさんの言うところの魔力を通す。言われたとおり必要最低限ではなく意識して大量に。すると直剣の細部まで子細に把握できた。そこに、堅くなるように念じてみる。

 すると、先程までは隙間だらけに思えた直剣が密になった。いや、魔力が直剣の隙間に入り込んで支え始めたのか?どちらにせよ、堅くなったように感じられる。

「凄い・・・・・・。ちょっとアドバイスしただけなのに・・・・・・。しっかりできてるわ。物質の結合を強くするのではなくてちゃんと魔力で支えてる・・・・・・」

「いや、勝手にこうなったんだが」

「それは・・・・・・、きっと無意識がしっかり魔力の本質を理解してるのでしょうね。普通の方だと、ミサキ様の様になりますから」

言われて美咲を見ると、大量の魔力で棍を圧縮し、物理的な結合を強くしていた。無理があり、無駄が多い。

「美咲、それでぶっ叩いたら棍が折れるんじゃないか?」

「えー?やっぱりー?隙間を埋めれば堅くなると思ったんだけどなー?」

「埋め方が違うんだよ」

言いながら、美咲の背後から身体を密着させるようにし、美咲の両手の甲に手を合わせる。

「おっほぅ!?」

魔力の流れを美咲に解るよう這わせると美咲が変な声を上げた。

「美咲、圧縮を解いて」

「ほっほひぃ!」

奇声を上げるのを止めないが、美咲は圧縮を解いた。・・・・・・何故顔が赤くなっているのか。

 構わず棍に俺の魔力を伸ばし、更に量を増やしていく。

「こ、このっ!?かん・・・・・・しょくも、・・・・・・なかなか・・・・・・あ、あっ、引きずり込まれるっ・・・・・・」

子細が解るようになるまで増やすと、堅くなれと念じる。

「~~~~~~~~!?」

都合二度目だが巧くいった。先程の直剣と同様に魔力が隙間を埋め、先ほど以上に堅くなった感触がある。

「わかった?美咲?」

俺の言葉に、美咲はうなだれるように頷く。

「どうした?美咲?」

気付けば美咲は脱力して俺に寄りかかってきている。腰も砕けたのか足下も覚束ないようだ。慌てて棍をオレのインベントリに入れて美咲を抱き上げる。

 すると、エリュシアさんがクスクスと笑い出した。俺は、申し訳ないが美咲の異常事態に動転し、睨みつけてしまう。

「クスクス。・・・・・・ごめんなさいね?女の子は男の子と一緒に魔力操作をすると感じちゃうからっ。クスクス。しかも、あなた達、クスクス。相性ばっちりよっ。流石は魂の番ね?」

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