第6話
次の日。教会に行くので早めに朝食を済まそうと一階に赴き宿屋の裏手にある食堂に出ると、兵士風の人が食堂の正面玄関から顔を見せているところに出くわした。
素知らぬ顔で席につき、宿屋の受付も勤める女将さんに朝食の注文を頼んだ。
宿屋の店主も勤める料理人のおやっさんに俺の注文を伝えたところで、女将さんは食堂を未だにのぞき込んでいた兵士に気さくに話しかけていた。
「ここにシミュリストル様の御使い様がお泊まりになっていると聞いてきたのだが」
「えっ!?そのような方がっ!?」
聞きたくは無いのだが、それなりに耳がいいので聞こえてしまう。二人は周りに聞かれないようにか小声だ。
「一昨日、東門より報告があり昨日足取りを追っていると、どうやら商いギルドに立ち寄った後その受付嬢からここの宿をお勧めしていたらしいのだ」
「一昨日ですか?一昨日ですと、お泊まり始めたのは・・・・・・」
そこまで言って視線をさまよわせる。しかし、それは俺に向かう事はなかった。
「そうでした。お客様ですもの、勝手にお教えする訳にはいきませんわ」
唐突に兵士に視線を戻して言い放つ。
お、おぉ。凄い女将さんだ。信頼ではあちらの方が優に上だろうに客を庇い立てするとは。
関心が先立ってしまい、俺は立ち上がって二人の元へ向かった。
「話題の人物は私で合っていますよ。女将さん。私は凩 一と言います。故郷の習いで姓が前に来ています。どうぞよろしく」
「あ、これはご丁寧にどうも。私は領主の衛士を勤めておりますヤイガニー=ディルフレッドと申します。先程の会話を聞かれてしまいましたか。これは申し訳ない。領主が、御使い様が現れたと言うことでお会いしたがっております」
俺が名乗ると、兵士風の人は割と低い声で身を正し、自己紹介を返して来た。俺への用件は、そのうち来るだろうなと思っていたことだった。
「はぁ。会うだけで良いなら会いますけど、何か頼まれたりしませんか?」
「それは大丈夫だと思います。見た所お年も召して居られないようですし、我が主は他と違いシミュリストル様の教え通りに政を執り行っておりますので能力以上の働きは臨まれません。ただ、シミュリストル様の信者の一人でおりますので、御使い様にお会いしたいだけかと」
「わかりました。教会にイェスディンとコーンディッチを寄付してからなら大丈夫ですよ。領主の館に向かえばいいでしょうか?」
怒られるかな?と思ったがちょっとした挑発を入れてみる。朝っぱらから呼び出す連中だ。俺が自分本位で動いて揺さぶってみるのも一興だろうと思い、暗に俺の目的が上で、領主の願いが下だと言ってみる。すると、ヤイガニーさんは固まってしまった。それを見て、俺も身構える。
「すみませんでした!」
次にヤイガニーさんの口を吐いて出た言葉は謝罪の言葉だった。こっちは面食らう。
「いや、報告には人物像を知るに足る情報がなかったので領主の反対を押し切って連れて行くつもりでしたが、まさか教会の寄付が領主の面会よりも優先すべき物と捉えている御仁が居るとは思いませんでした!」
ここに来た理由を言いながらヤイガニーさんは感涙しそうな程に喜びつつ握手を求めてくる。
「領主は領主自らお越しになると息巻いております!是非今日のご予定をお教え下さい!そして出来れば我が領主のために時間をお先下さりますよう具申させて下さい!」
お、おぉ、なんかよくわからんが俺の言った言葉はヤイガニーさんの心にクリティカルだったようだ。
と言うか、この町の人って善人が多過ぎやしませんかね?
俺が了承し、昼過ぎならばこの宿で休んでいることを伝えるとヤイガニーさんは今にもスキップでもし始めそうなほどにこにこと上機嫌で去っていった。
マジで何だったんだ?あれ。
気を取り直して騒いだことをこちらを見つめる客に詫び、元の席に戻って朝食を摂る。
教会に行くときに遠回りしてナシリゴーをいくつか購入した。
教会では、丁度朝食の準備中らしい。
「何かご用でしょうか?」
じっとその戦場のような調理場を眺めていると、楚々とした人が俺を見つけて声をかけてきた。ここに来た理由を伝えると、奥に引っ込んで一人だけ連れてきた。着ている服は質素に見えるが所々に模様が施されていて、上品さがにじみ出ている。
「こんな朝早くに食料の施しをいただけると伺いました。私はこの教会の司祭をさせていただいておりますアントンと申します。用件を聞いたこの者はこの教会に仕えるキャミィと申します」
「はい。私は凩 一と申します。故郷では平民も姓を名乗りますので普通にしてくれて構いません。それから、姓を前に出しています。この国に習うなら、ハジメ=コガラシと言えばわかりやすいでしょうか?」
「なるほど。不思議な響きのお名前をお持ちなのですね。初めて聞きますが、快い響きです」
「ありがとうございます。それで、宜しければイェスディン三十個とコーンディッチ八十個を受け取っていただけますか?」
「そんなに!?」
俺が数量を口にすると目を見開いて口元を両手で隠す仕草をしていた。
おー、この仕草って驚きを示す仕草だったんだなぁ。
などと場違いな感想を持ちながら、一つ二つとポケットからイェスディンを取り出し、アントンさんとキャミィさんに渡す。この町でイェスディンは贅沢品だ。近くに採集場はあるが、殆どはこの町で消費されることなく王との方へ持って行かれるので食べたくても食べられないらしい。
「早く保管庫に持って行って下さい。それとも、どこかに置けば良いのでしょうか?」
「わ、わかりました!木箱を持ってきますっ!」
俺が催促するように言葉を紡ぐと、ポカンと口を開けていたアントンさんが再起動した。
キャミィにイェスディンを渡してデザートにするよう言いつけると、自分は慌てたように教会の中に入っていった。
十五個の食べ頃のイェスディンと十五個の収穫時期のイェスディンと八十本のコーンディッチを寄付した俺は、教会の講堂の方に回ってシミュリストルと会話をすることにした。
一昨日と同じ場所に座り、同じ姿勢になる。
ーーもしかして、ここってシミュリストルのお膝元でしょうか?
『そうです。治安良く、信心深い人々が多いので、陰謀渦巻き神をも恐れぬ教国よりこちらに移動しましたわ』
ーー宣言していないのですね。
『神託を隠すような教国は潰れれば良いのです。再三にわたる警告にも耳を貸しませんでしたので教国に施した特権的加護を全て廃しました』
ーー何か教国を潰すなどの協力をした方が良いですか?
『必要ありませんわ。最初に言ったとおり、あなたはこの世界の文明発展に寄与していただくのを目的として召喚したのですから。それにご尽力いただけるのであれば、何をなさって貰っても構いません。そう言えば、昨日登録していただいたベリナナのチョコレートソースがけ、堪能いたしましたわ!』
「もう作ったのかよ!?」
思わず声を上げてしまった。ハッとなって辺りを見渡すが、幸いな事にだれもおらず胸をなで下ろす。
そんな様子をシミュリストルは見ているのか、くつくつと笑いを押し殺している。
『ハジメから一本取ってやりましたわ!』
達成感を滲ませる喜色の声に、俺は舌打ちをしてしまう。
『そう言えば、チョコレートソースもレシピ登録して下さいませ。私は地球のレシピを使ったのですが、こちらの世界のチョコレートとは、固形物で、そこから発展する物は有りませんので』
「りょーかい」
肩肘張って敬語を使うのもバカらしくなり、砕けた口調で了承の意を述べる。誰もいないのであれば口に出しても問題あるまい。
『それから、ミサキ様の件ですが、想定以上に衰弱が早いらしく地球の管理者からの要請で近々召還致します。予定では明後日、ハジメ様と同じ場所にお送りします』
「そうか」
安堵のため息が出た。気にしないように務めては居たが、やはり美咲が居ないと八割型人生に張りがない。その内、美咲と再会出来るとわかっていてもこうなのだ。何も知らされていない美咲は俺以上に堪えるだろう。
シミュリストルとの会話を終え、町に繰り出した。昨日買い忘れていたポーチと、その他食材の買い出しだ。武器や防具は美咲が来てからで良いだろう。
子供達に一銅貨を支払ってオススメの雑貨屋に案内してもらい、ハードレザーのウェストポーチと、小物入れ用のサイドポーチを二つずつ購入。ついでに、同じくハードレザーのアイテムボックスが売りに出されていたのでこれも二つ購入した。
後はその内必要に成るであろう、蝋に浸した大きいジーンズ生地の布。テントにするそうだ。
それからロープを三十メートル。十メートルはテント用に細かくするが、念の為、一人十メートルは持っていた方が何かと便利との事。
後は魔石用のランタン二個と油用のランタン二個。鉄棒を四本、鉄板一枚、針金としか思えない鉄線を堅いのと柔らかいの五十本ずつ、鉄用断ち鋏、鉄ヤスリ、木でできたボウル、木でできたおたま、木でできたそこの深いお皿と浅いお皿、木でできたスプーン。
楽しくなってきて店内を物色していたら、なんと抹茶用の泡立て器もあった。喜んでいたら店の店主が来て、これは適当なところに置いておく工芸品だと言う事だった。ちなみに、木でできた泡立て器は無いとのこと。泡立て器は鍛冶屋で注文するしかないそうだ。
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