十五年後
一
「カラスさん、また来たの? はい! ブドウ半分こね?」
娘が茜さす縁側で天狗と話している。もちろん、神々の七日間ではない今は話す事なんて出来ないし、娘は普通のカラスだと思っているけれど。
もうすぐだ。
あと何時間かすれば、娘のお友達のカラスさんは天狗になる。
「それじゃあ、僕は行くよ」
夫がそう言って立ち上がる。
「お疲れ。それじゃあ、帰りは明日の昼頃ね?」
「たぶんね。神様がいるんだからいいと思うけど、二人とも気を付けてね」
「分かってるよ」
話している所に、頭にカラスを乗せた娘が走って来る。
「パパ、お仕事? 一緒にスープ飲みに行かないの?」
「パパはお仕事が終わったら一緒に行くよ。神様に会えたら、ちゃんと挨拶できるね?」
「できるよ!」
夫と娘の微笑ましい会話。私はそれを眺めながらカラスをちらりと見た。カラスは『娘は任せろ』と言わんばかりに胸を張る。
初めての神々の七日間で多くの事を学んだ私は三十歳になった。もうすぐ二度目の七日間が始まる。
夫が出かけてしまい、少し寂しそうな娘に声をかける。
「さぁ、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんの所に行こうか」
「行く、行く! お祖父ちゃんの電車の帽子ね、今日くれる約束してるんだよ!」
「そうなの? じゃあ早く出かけよう」
六歳の娘を連れ、同じ市内に住む母と父の家へ向かう。
あの七日間の後から二人は随分と丸くなり、喧嘩もしたけれど楽しく話せるようにまでなった。喧嘩も、昔と違って安心して出来るようになったのだ。
父は今も現役で、昔と同じ路線を運転している。昔と変わった事は、今日のような日に休みを取るようになった事。
車を走らせて実家の近くまで来ると、懐かしさが込み上げた。
「ねぇ、ママ。カラスさん置いて来ちゃったら、寂しかったんじゃない?」
「寂しいのはどっちだろうね? それに、きっと一緒にいると思うよ」
私の言葉を肯定するように、車に並走して飛ぶカラスが目に入った。
「本当だ! いた、いた!」
実家の前では、サグメの母とうちの母がお喋りをしていた。私たちに気が付くと、笑顔になって手を振る。
「いらっしゃい! 今日はミチネにも手伝ってもらって美味しい夜ご飯を作ったのよ! 入って、入って! 保育園はお休みよね? お泊りしていく?」
母がウキウキと娘の手を引いて歩く。
サグメの母は私の肩を叩くと、煌びやかな鞄を見せる。
「いいでしょ! 買ってもらっちゃった」
「まだそんな事やってるんですか? いい加減にしないと、さすがに怒られますよ」
「コヤネちゃん、私の事なんだと思ってるのよ。これはミカゲに買ってもらったの」
「旦那さんに? 本当ですか? 良かったじゃないですか。そう聞いたら途端に素敵な鞄に思えてきましたよ」
「何とでも言いなさい。そっちの旦那は?」
「仕事に行きましたよ。警備員なんで」
「それじゃあ大変ね。あのごった返した神社の警備とかするんでしょ?」
「そう聞いてますよ」
ついつい長話をしてしまうと、頭をツンツンと突かれた。
「天狗さん。頭はやめてよ。禿げちゃうでしょ?」
笑っているのか何なのか、天狗さんはカァ、カァと鳴いた。
中に入るとサグメの父、ミカゲさんもいた。人付き合いを敬遠しがちな父からすると、とても珍しい。父とミカゲさんは楽しそうにお酒を飲んでいる。
私たちは皆で夜ご飯を食べ、日付が変わるまで寝ないとぐずる娘を「起こすから」と約束して何とか寝かす。
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