三
もやもやとした感情も、どんどんと太鼓を打つようだった心臓も静まっていく。
私から手を離して天狗が黒い羽根を広げた。
「龍はその存在自体が祝福。よい一日を」
そう言って飛び去る天狗に手を振りながら、私は首を傾げる。運ばれて来たお汁粉を食べ始める頃には、自分がさっきまで何を考えていたのかすっかり忘れてしまっていた。
そして、それを思い出そうともしない。
「さぁ、山を散策しに行こうか」
「うん。たくさんの神様に会いたい!」
「そうだね。御神木でも探そうか? この七日間にしか見えない木があるんだよ」
「それいいね! そう言えば、あの天狗さんってケンのお友達なの?」
「そうだよ。僕が付喪神になった時からの友達なんだ」
話をしながらケンのお汁粉を見ると、やはり光の粒になって舞い上がっている。これが神様の食事の仕方なのだろう。
「ケンって、いつから神様なの?」
何気なく聞いてみた。
「八年くらい前だったかな?」
「へぇ。茶碗の付喪神なんだよね? 元になった茶碗は無くなっちゃうの?」
「そうだよ。人間の手元からは無くなるんだ。いつの間にか無くなっちゃうものだから、みんな探すんだけど見つからないんだよ。だいたいは諦めるんだけどね、コヤネがイヤだって泣いて騒いで大変だったよ」
「私が? どうして?」
ケンが隠しようもなく、しまったという表情をする。
その表情にハッとして、もう一度ケンの姿をよく見る。
ススキ色の髪に飴玉のような緑色の瞳。それと同じ緑色をした着物の裾には、花弁のような模様が描かれている。
道理でケンを見ているとお祖父ちゃんを思い出す訳だ、と納得した。
「お祖父ちゃんの茶碗と、同じ」
「やっぱり、バレちゃった?」
「自分でバラしたんじゃない。最初から私の事を知ってたなら言ってくれればいいのに」
「ごめん。名乗ろうか悩んでて……」
大好きなお祖父ちゃんのお葬式が終わった時、お祖父ちゃんがいつも使っていた茶碗が見つからなくて皆で探した。
お母さんたちは高いものだからと言って探していたけれど、私はお祖父ちゃんの思い出ごと無くなってしまうようで寂しくて、必死に探したんだ。
思えばあの頃から家がおかしくなったのかもしれない。
お母さんもお父さんも私も他人みたいで、汚い言葉ばかりを吐く。
「ケンはあの日まで、ずっと私たちの事を見てたんだよね?」
「そうだよ。コヤネはいつもお祖父ちゃんと一緒にいたよね」
私たちはお汁粉を食べながら少しだけ昔話をして、それから店を出る。痛くない所だけ探して話す私は、結局ケンに聞きたい事を聞けないまま立ち上がった。
私とケンは散策路を外れてカエルの案内で湧き水を飲みに行ったり、白い鹿を探したりしながら過ごした。
そろそろお昼を食べに山城の蕎麦屋にでも行こうかと話していると、急にケンが立ち止まり私を制止する。
「どうしたの?」
「神様たちが仕事をしているんだ。別の道から行こう」
「神様たちの仕事って、祟り神を浄化するってあれ? 私、見てみたい!」
「うん……。まぁ、遠くから見るだけなら」
「ありがとう!」
茂みに隠れてしゃがみ、葉の陰から覗く。
そこには黒い大きな塊が蠢いていた。巨大な芋虫のようなそいつは「グゥゥ」と声を漏らす。
それを三体の神様が囲む。
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