第1058話 残念ながら、骨を折ることができなかった。的なお話

あっちへフラフラ、こっちへフラフラといい匂いがするテーブルに片っ端から立ち寄っていく。

魚介類はたくさんあるが、肉類もたくさんある。

そして注目すべきなのは調味料。

スパイスが効いているのもあるけど、それ以上に漂うのが醤油や味噌といった日本らしい調味料類の香りだ。


どれもこれもいい香りで食欲をそそる。

全部堪能したい。

したいんだけど、忘れちゃならないのがルナが留守番しているということ。

あんまりのんびりするのはよくない。

ルナの事だ。

多分夕食を食堂で食べられないだろう。

ひょっとしたら食べてるかもしれない。

ここにたくさんの人が集まってるので食堂は空いているはずなので、男性が少なくなる。

だから食べに行けるかもしれない。

いや、やっぱダメだ。

1人で食堂に行こうものならナンパする馬鹿が現れないとも限らない。

何せ、ルナはかわいいからな。


急ぐべきかもしれない。

しれないんだけど、楽しまないと留守番しているルナに申し訳ないし……あー、悩ましい!

もういい。

食う!

馬鹿の考え休むに似たりなんて言葉もある。

答えの出ない事を考えていても時間の無駄。

ならば食べて、楽しんで、そんでさっさと戻る。

これが1番いい。


「あれ? レント何してるの?」

「蓄えてる。」

「なんで!?」

「いやだって、ルナが食堂で食べてるか分からないし。もしも食べてなかった時の事を考えたら、一応持っていった方がいいかなって。」

「あ、なるほど。」


食堂に行けばナンパされるかもしれないが、そもそも食堂に行けない可能性もある。

その場合ルナは何も食べられない。

その可能性を考えて持って帰った方がいいだろう。

というか、そうであって欲しい。

アカネとかだと上手くあしらえるだろうけど、男性恐怖症のルナだと、ナンパされても対応できないだろうし。


そうして食事を楽しみつつ、ルナの分も蓄えつつ、ついでに自分が後で食べる分も確保して、そろそろ部屋に戻ろうかと思う。

思うけど、その前に。


「なあ、いい加減にしてくれないか?」

「あら、気付いていらしたのね。」

「当然だ。」


自分の分も確保していたのは、このアサミとかいう人がこっちの方をずっと見ていたからという理由もある。

美味しかったからまた後で楽しみたいという理由も勿論あるが、それ以上に、この人の視線が気になって食事を楽しみきれなかったので、後でちゃんと楽しみたいと思ったから。


「それで、何の用だ?」

「いえ、私は特に用はないのですが、彼がね。」

「やあ、可憐なお嬢さん達。今夜予定はあるかな? 船旅最後の夜を僕と一緒に過ごさないかい?」

「随分と下心丸出しのナンパじゃねーか? そんなに海の藻屑になりたいのなら早く言ってくれよ。俺がすぐにてめーを海に叩き落としてやるからよ。」

「君は、彼女達とはどういう関係なんだい?」

「あ、全員俺の女だよ。分かったらさっさと死んでくれ。」

「ふっ……随分と余裕のない事で。そんなに自分に自信がないのかい? それに、死ぬのはごめんだね。ここで人死が出たらいろんな人の迷惑だろう? とはいえ、何もないというのも、それはそれで君も納得出来ないだろう? ここは1つ、腕相撲で勝負するというのはどうだろう? 君が勝てば僕は潔く立ち去ろう。だが、僕が勝てば彼女達と一晩過ごさせてもらうよ? ま、無理にとは言わないけどね。」

「上等だ。その腕2度と使いもんにならなくしてやるよ!」

「随分と物騒だね。」


このクソ野郎には地獄を見てもらおう。

それに、腕相撲だって?

ちょうど良い。

この間アニメで腕相撲を有利に運ぶための戦術を知った所だ。


「ごめんね。」

「あ? 何がだ?」

「実は彼女に君が恥をかくようにしてくれって頼まれたんだ。本当はこういうの好きじゃないんだけどね。」

「なんでそんな事してんだよ?」

「惚れた弱みかな。全然相手にされてないけどね。」

「そうかよ。じゃあ、今以上に失望されないと良いな。」

「へぇ? なんでだい?」

「ここで俺に負けるからだよ。」

「それは面白いね。でも、僕も負けるつもりはないからね。」


誰かの合図で勝負は始まり、そして一瞬で決着がついた。

残念ながら、骨を折ることができなかった。

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