第441話 来るんじゃなかった。的なお話
今日はアイリスさんのところにユキノの胸当てを渡す日だ。
というわけで早速ユキノを連れて向かう。
「お、いらっしゃいっす! 既に出来てるっすよ!」
「そうか。こっちも出来てる。」
「それじゃこっちに来てくださいっす!」
アイリスさんに連れられて俺とユキノは工房と呼ぶべき所へと案内された。
革の匂いが充満している。
ここまで匂うなんて、よっぽど頑張っているんだな。
それに辺りを見てみれば革の切れ端が散乱し、修理中と思しき物や作成途中と思しき物がそこかしこにハンガーで掛けられたりしてる。
作業台にはポーションの空き瓶がいくつも転がっている。
あー、やばい。
こんなところ来るんじゃなかった。
こんなの見せられたらアイリスさんへの好感度がめっちゃ上がるじゃん!
あっちの方を見れば使い込まれた作業台がもう一つ置いてある。
そこには道具だけが置いてあるけどホコリひとつ見当たらない。
この店は元々アイリスさんの父親がやっていたらしいから多分その父親の作業台だ。
それがホコリひとつない状態という時点でもう、ね。
いつ帰って来てもいいようにしてるってのが丸わかりだ。
前に文句を言っていたが嫌ってないことが分かる。
それが凄くいじらしいというか、可愛く思えてきてしまう。
「これがユキノさんのっすね。まだ大まかな物っすけど着る分には問題ないっすから。さ、先ずは試着してほしいっす。」
「分かった。」
アイリスさんから渡された防具を受け取りそれを着るユキノ。
「どこか動きづらいとか無いっすか?」
「問題ない……どころかこれまでのよりも動きやすいな。すごいな。」
「それは良かったっす。」
「ただ、ちょっと大きくないか?」
「あー、それは内側に胸当てを仕込むからそのための隙間を空けてるからっす。」
「そうだったのか。すまない。」
「問題ないっす。そりゃ気になるのも仕方ないっすから。」
ユキノが防具を脱ぐので俺も胸当てと金属片を取り出してそれをアイリスさんに手渡す。
これで俺の仕事は終了、ではない。
皮と合わせてみて着心地が悪かった場合は修正するから。
まあ、それはないと思うけど。
「じゃあ、今から合わせてみるっすね。」
先ずは金属片。
元から想定していたようで金属片を仕込む隙間を用意していてそこに仕込むと入れた所を太い針で手縫いしていく。
それが終わると胸当てに取り掛かる。
「うーん。レントさん、申し訳ないんすけど、この胸当てに輪っかを付けてくれませんっすか? ちょっとこのままだと固定しづらいんで。」
「あ、そっか。形だけに拘っててそこら辺は全く考えてなかった。庭とか貸してくれないか? 今すぐやるから。」
「ならこっちの大型の奴の革を裁くための部屋があるっすからそこで。」
アイリスさんに案内してもらってそこで作業を行う。
携帯炉を取り出して音が響かないように魔道具を設置する。
「輪っかはいくつ欲しい?」
「最低でも4つは欲しいっす。」
「分かった。」
4つというのも最低でもって事だから6つでいいか。
先ずは細い金属の棒を6本作りそれを丸めていき胸当てに溶接する。
こんな所でヒートバーナーが役に立つなんて。
溶接するのは内側ではなく外側。
装着時に違和感を残したらダメだからな。
「こんなもんでどうかな?」
「十分っす。こっからは私の出番っすね…………まあ、それが冷めてからっすけど。」
「………そうだな。」
俺が至らないばっかりに無駄な時間を使ってしまった。
時間が必要だし丁度いいということでお昼休憩を挟んだ。
食休みも終えて完全に冷めたことを確認してから作業を再開する。
「じゃ、始めるっす!」
それからの作業は早かった。
事前に用意してたのだろう防具の内側に使う革に胸当てを驚異的なスピードで縫い付けていく。
固定できているか時折確認しながらあっという間に縫い付けてしまった。
その真面目な顔は正直に言って、凄くかっこいいと思った。
しかし、あの胸の部分の凹みはどうやったのだろうか?
皆目見当もつかないな。
それが終わると防具に縫い止めていった。
「仮止めっすけどとりあえず試着してくださいっす。」
「分かった。」
再び試着するユキノ。
「どうだ? 窮屈だったりするか?」
「問題ない。」
「気になるところがあれば気軽に言ってくださいっす。」
「そうだな……強いて言えば、もう少しだけ上に付けてくれるとありがたい。」
「上っすね。了解っす。」
窮屈だったりしたら俺の方の問題だから質問してみたが大丈夫なようで良かった。
その後の調整でなんの問題もない事が確認できた。
これで俺の仕事は完全に終わった。
後はアイリスさんに任せよう。
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