第64話 脇役高校生は相合傘をする

 スタジオの外へと、再び出るとやじ馬はほとんど存在しなくなっており、代わりにとても強い雨が降っていた。


「あー。ひどい雨ね」


「そうだな。でも、雨が降る前に撮影を終えられてよかった」


「この雨だったらもれなく騒ぎの中心だね」


「確かにな。でも、こうして傘を持ってきて……ないっ!?」


 俺はハッと気がついて、涼風と顔を見合わせる。今朝見た時は確かに忘れないようにしようと心に決めていたはずなのに、早めに撮影をすると聞いて急いだせいで忘れてしまったのだ。


 ここから家に行くまでは30分は歩かなければいけないし、びしょ濡れ確定だろう。まぁ、忘れた俺が悪いのだから何も言えないのだが……。


 これ以上酷くなる前に走って帰ろうと涼風に謝る。


「ごめん涼風! 走って帰るから今日は送れない! じゃあ———」


「———待って! その……ここから家までどれくらいかかるの?」


 雨の中に一歩出てしまったが、涼風に聞かれたためまた雨の当たらないところに戻る。


「ここから大体……走って20分くらいかな? まぁ、さっき小走りで30分かからないくらいだったからそれくらいだと思う」


「そ、そんなに長く雨に当たってたら風邪ひいちゃうんじゃないの……?」


「あー……。でもすぐにシャワーを浴びれば大丈夫じゃないかな?」


「うっ。で、でも、靴とかまで濡れたら明日大変になるんじゃないの?」


 確かに靴は基本的に夏と冬の一足ずつしかないし、濡れた靴を乾かすための機械もマンションにはない。最悪明日はびしょびしょの靴で過ごすことになってしまうし、濡れると匂いも気になってくる。


「確かにそうかぁ……。雨宿りでもしようかな……」


「じゃ、じゃあ! 私の傘に入って一緒に帰る?」


「え、でもそれじゃあ涼風も少し濡れることにならないか?」


「大丈夫だよ! 肩が少し濡れるくらいだし、その……雨宿りしてる静哉くんを置いて帰るほうが罪悪感があるし……」


「なら、お願いしようかな。まぁ、これくらいの雨なら傘さえあればそこまで濡れはしないか……」


 俺は涼風の傘に入れてもらって帰り道を歩く。……というか、自然と誘われてはいってしまったけどこれって相合傘だよな。


「……まぁ、そうだよな」


「え、今何か言った?」


 涼風の方をちらっと見てみたけれど、特に意識した様子はなく、ただ俺が濡れると悪いからという善意から誘ってくれたのだと分かった。自分だけ意識していても仕方がないし、気持ちを切り替える。


「いや、濡れてもし風邪をひいたら次の撮影もプールもきつかっただろうなと思ってな。ありがとう」


「確かにね。じゃ、これは貸し一ね!」


「あははっ。分かった」


 黒板に傘を書いてその中に名前を書いてはしゃいだり、こうして相合傘をして気にするのは中学生くらいまでなのだろう。


 特に涼風のような学校でもトップカーストとして過ごしている人は帰り道に買い食いしたものをみんなで回して分けたりもしているだろうから、もしかしたら間接キスなども気にしないのかもしれない。


 相合傘に対しては少しだけ意識してしまったが、間接キスに関しては妹が多くのものを少しずつ食べたいとかいう贅沢な望みの持ち主だったから、一口だけ食べたものを渡されるなんてことがざらにあったせいで俺もあまり気にしない人間になってしまっている。


 まぁ、家族だったから気にしてないのだろうと言われてしまえばそれまでなのだが……。


「そ、そういえばさ! 静哉くんが神代光生だって気がついたっていう女の子とは何か進展があったの?」


「ん? どうしてそんなことを聞くんだ?」


「い、いや! さ! よく物語とかだとバラされたくなかったらいうことを聞け-! とかあるじゃん? まぁ大体男が女に言うのが定番だけど……」


 確かによく見る展開ではあるし俺に対してだったら効果がありそうだ。だけど、江橋さんはそんなことをするようなキャラじゃないし、もう別人として見るとまで言われてしまっている。


 でも、江橋さんがそんなことを言ってきたとしたら……。


「あははっ」


「なんで急に笑い出したの!?」


「いや、江橋さんが、あ、その女の子が江橋麗華って名前なんだけどね? 江橋さんがそんなことを言ったところを想像したらおかしくてさ」


「江橋さん……。そうなんだ。じゃあ本物ですかって聞かれてバレてそれっきり? タコパをしたみたいな話を聞いた覚えはあるけど……」


「そうだなぁ……。大体四人グループで遊んでるんだけど、夏休みに祭りに行くっていう話は出てるか? あと変わったのは学校でも普通に話しかけられるようになったくらい?」


 まぁ、たった二つに見えるが、その二つがとても大きい。特に学校でも話しかけられるようになったことが。


 そういうと、涼風が随分と驚いたような顔をしていた。珍しい。


「え、それじゃあ、あんなにこだわってたモブ高校生辞めたの?」


「いや、自動的に辞めることになったというか……。まぁ、学校で画鋲が靴に入ってることも机に花瓶が置かれてることも無いから、思っていたよりは魔境ではなかったって感じかな?」


「そんなことしたら一発で停学だよ……」


「あー……。確かにそう考えると前の俺ってヤバい考え方してたんだな。……でも、モブが一番楽っていう考えは変わらないぞ。無理して戻りたいとまでは思ってないが……」


 誰かと話をするというのも楽しいし、祭りなど一人で行くのには向いていないところにも簡単に行くことができる。


 そう考えるとモブの次に良いのは友人キャラなのかもしれない。まぁ、どちらにせよ、いつ世代交代するか分からない主人公は論外だ。


「えっと、お祭りも四人で行くんだよね?」

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