第4話 かぜなみ



〜〜〜風波〜〜〜

(沖から吹く風でサイズが上がる波。まとまりが無い波。)




pm3:00



「ありがとうございましたー。」


1組のお客さんが帰っていく流れで

ドアの開閉を見守っていると、

去っていく人達とすれ違う男2人組。

先程の控えめな開閉の音とは違って、

既に目が合う彼らが開けるドアは

倍の音と速度。


「ちゎーーす!」「やっほーー!」


「ゲ。場所教えたっけ?

…しかも2人揃って…」


「え?!ゲって!嘘でしょ?

テッテだけなら分かるけど、

僕まで一緒にしなくてもー。」


大学の後輩で、モデルの仕事仲間。

今は僕よりも活躍中の2人が

あまり顔を隠さずにお店に来た。


「…目立つだろ!

ほら、お客さんにバレないうちに

カウンター座って!飲み物あげるから!」


「そとヤバイ。暑過ぎ!

俺、コーラとか飲みたい。」


「…メニューには無いけど…

あるから出すよ…

ミミーはコーヒー?ミルク入れる?」


「うん。アイスカフェオレでー。」


「ビックリした?!

南先輩に場所聞いたんだー。

店の名前も教えてくれないし。」


「…南にも言ったけど、

わざわざ来るような所じゃないんだって…」


「えー?

暑いけど、海久しぶりで楽しいのに。

…仁先輩元気かなー?って。

いきなり仕事減らして…」



確かに今まで好き嫌いせずに

モデルの仕事をしてきたけど、

これからはスケジュール的にも

僕に合った内容を

少し選ばせて貰う事にした。



「心配してくれたの?

今まで大学通いながらできてたんだから、

これからも…少しは減るけど

カリスマモデルは続けるよ?」


「どちらのカリスマモデル?」


「こちらだよ!」


カフェオレを作りながら

テッテに声を荒げた時、

ドアが開き

制服姿のグウが入ってきた。


「おかえりー。」


「…ただいま…混んでるね?手伝おうか。」


「いや、

ここの2人はお客さんじゃないから。」


「どーもー、お構いなくー。」

「……」


にこにこで声を掛け挨拶するミミーと

とりあえず顔だけ笑顔で挨拶するテッテ。

2人に頭を下げるグウ。


「……どーも。

…手伝える事はやるよ。

仁兄はカウンターにいればいい。」


制服姿のまま鞄を適当に置き、

昨日も使ったエプロンを身に付けると

さっき空いた席の後片付けへ。



「仁先輩、弟いたの?バイトの子?」


「…モデルの仕事興味無いかな?」


ミミーの質問には

どっちも違うと答え、

テッテの質問には…


「興味無いと思うよ…

今でもサーフィン界では有名人だけど

きっともっと有名になるから…

別のルートでそのうちモデルするかもね…」


「サーファー…?

普通に顔も身体もモデル並だね。

筋肉付いてなさそうに見えるし。」


「…それが筋肉凄いんだな…

サーフィン、アマチュアでは

1位くらいのレベルだよ?

そして僕がサーフィンの師匠である。」


「え?仁先輩サーフィンやってたの?!」


「なんだよ、そんなに意外そうに…

僕の弟子はオリンピックに

出るかもしれないのに。」


「マジ?!」


テッテとの会話をニコニコしながら

聞いているミミーにはカフェオレを、

騒ぐテッテにはコーラをグラスで出した。


「あ!バイト君!あ、違った弟子君!」


洗い物を乗せたトレイを持って

カウンターに来たグウに声をかけるテッテ。

僕がトレイごと受け取ると

テッテはグウの空いた手に手を伸ばした。


「未来のオリンピック選手?

握手してくださいー。」


「え?あ…どうも…」


困ってる表情を全く隠そうともしないまま、

グウも手を出し握手した。


「グウ、ゴメンね。

こいつ見た目も性格もチャラそうだけど…

悪気は全く無いんだ。」


「チャラく無いし!悪気無いし!

え?何か変な事してる?」


整った顔がいつもの表情豊かな顔、

困って泣きそうな顔になったのを見て、

グウも笑顔になった。


「いえ…初めて言われたからビックリして。

…他のお客さん来るまで

テーブルで少し休んでるね。」


「ああ、うん、こっちは気にしないで。」


エプロンを脱ぎ、

他のお客さんから離れたテーブルで

イヤホンを耳に当て、ケータイを見てる。

その佇まい、店の中の誰も邪魔しないよう。


…店主の僕を立てつつ、

バイトと気の利くお手伝いの中間…

僕がやる事の邪魔はしないけど、

簡単に済ませれる事は

何も言わずにやってくれる。

…初日からそうだった。


相変わらず人見知りだけど。

お客さんとは笑って話して…

…大人になったな。



グウにもコーラを運ぶ。

グウはグラスに入った氷とコーラを見つめ

テッテの方へ視線を移したと思ったら

またケータイの画面へ戻ってしまった。


…見れると思った笑顔が見れないだけで

こんなに苦しくなるんだから、

この先も期待したら大変な事になるのは

わかってるんだけど…


ケータイの横に自分の顔を並べる。

どうにかこっちを見て欲しくて。

…グウの為のコーラなんだけど。


少し笑ってくれた。


「…いただきます。」


「召し上がれ。」







「仁先輩、1人で店始めるって聞いたから

少し心配で…っていうか、

大学で会えなくなったと思ったら

仕事でも会う機会少なくなって…

寂しくなっちゃって…ね?テッテ。」


「ね?ミミー。

けど楽しそうで良かったー。

1人じゃないみたいだし。」


「ね。仁先輩の視線バレバレだね。

…熱視線送られて平気でいる彼、

強者でウケる。」





ウケると言い残し…


心配して、暑い中

電車に乗り、歩いて来てくれた彼等。

お店にいたのは短時間だったけど、

僕、熱視線って程見てないはずなのに…

…グウに余計な事、

言わずに帰ってくれて良かった。







既に今までいた他のお客さんも帰っていて、

グウと2人きりの店内。



テーブルにいたグウはエプロンをして

何か手伝ってくれるつもりなのか、

カウンターに入ってきた。


「手伝ってくれる時は

制服じゃなくて、私服に着替える?

今度持ってきな?上で着替えればいいし。」


「…そうする。

さっきの2人、モデルなんだね?」


「知らない?

僕の雑誌とか、さては見た事ないな?!」



時期的にアイスコーヒーのオーダーが多い。

コーヒーを濃いめで作っていると

匂いがより鼻より上、僕の五感に入って

気持ちも落ち着き、思考回路が鈍くなる。



「あるのはある…。

なんかのインタビュー記事も見た事ある…

知り合いなのに、そういう所からの情報って

凄く微妙だった。

仁兄の事忘れてたのに

一瞬で思い出されるし、

更に遠い存在って気持ちにもなったし…」



鈍くなる思考に比例して

頭じゃなく心がより働き出す。

グウの言葉ですぐ切なくなる。

ほんと重症なんだよな…。



「寂しい事言うなよ…

こうして戻って来てるでしょ…?

…今度はグウが遠くに行くくせに…」


「え?何?最後聞こえなかった。」


聞こえなかった言葉があったからか、

すぐ隣にくっつくグウ。


「何でもないよー…。

今17時か。どーする?

店は僕1人でもいいよ?」


「……あのさ、仁兄はあの人の為に

コーラを買っておいたの?」


「え?あの人?…ああ、

テッテもコーラ飲んでたか…

たまたま飲むって言うからあげたんだよ。」


「コーラは俺の?」


「…今まで普通に飲んでたくせに

何で今更聞くんだよ…」


「俺の為に用意してくれてた?」


「しつこいな。そうだよ。

グウが飲むかと思って!」


「はい。ありがとう。

ではこちらからも愛情ひょ…」


肩に手を置かれて、

近づいて来た顔を避ける為に

思い切り逆を向いて叫ぶ。


「…わざとかよ!わかってて言わせて…

ダメ!ここ外から丸見え!」


カウンターの中で、

両手が塞がる僕の顔にすぐグウの顔。

キスしてる所、お客さんに見られたら…

地元のお客さんだったら更にマズイ…


必死に抵抗して訴える僕が面白かったのか、

クシャクシャの顔で笑い出すグウ。


グウの笑顔につられて、

いつもなら笑ってしまうのに

心が締め付けられて、笑えない。



グウは今、

僕にキスをしようとした。


どんな愛情表現だよ、って思うけど。

身内の愛情表現…って

自分に言い聞かせてるのに…

また、

今朝のようなキスを願う僕もいる。



コーヒーの抽出中なのに、ポットを置く。

グウの手を引いて、店の奥へ。

店に入らないと見えない死角で

壁にグウを押し付け、睨んだ。



…コーヒーの強い匂いのせい。

…グウが無邪気すぎるせい。


睨む僕自身に問いてる僕…。

いつもの仮面は取れたの?

それとも後で後悔するのに…外したの?


睨む目線の先に同じ高さで刺す様な目線。


「仁兄、好きだよ。」


「僕も好き…」


言い終わって無いくらいで

唇を合わせる。

深く深く味わいたかったけど、

立ったままで力加減が分からない…

お互いの舌の感覚を味わった。

これはこれで…


「エロ…」


グウも…そう思うのか…


「……グウは、男と付き合った事…

あるの?」


「………」



答えはどちらでも良かった。


付き合った事が無ければ

僕がいろいろ教えれるかも知れないし。


有れば…少しショックだけど

自分の事を棚に上げれないし、

男を愛せるって事は…僕の事も…

って思えるのに…


そんなに言いづらい事なのか。



「…大丈夫だよ。キスとか…

今の『好きだよ』で、

さぁ恋愛が始まりますよ、って

訳じゃないんだから…」


グウを失いたくは無いから

逃げ道を作る。




いつも、

すぐ切り離せる恋愛しかして来なかった。

いつも、

グウが好きな事を

思い知らさせれるだけの恋愛だった。



僕の中心であるグウと、恋愛なんてしたら…


心臓がいくつあっても足りない。

気持ちが底辺から空高く…

振り幅が想像つかないのに。



今、心は振り幅の底辺。

知りたい事は山程なのに

グウから何て言われるのか……怖い。けど。




「……僕は、今年も一緒にいたいと思うし…

グウが…遠くに行っても、

ここに戻って来るなら

この先もずっとここで…

一緒に過ごしたいと思ってる。


それが、恋愛関係じゃ無くてもいいって

思ってたんだけど…


好きって…愛してるって事なら…


恋愛関係で…一緒に過ごしたい。



……グウ、良く考えて答えを出して。


恋愛関係か…

今までみたいに身内としてか…


答えは明日以降。何日か真剣に考えて。」



僕が言ってる意味は、

頭の回転が速く

僕の気持ちを読めるグウならわかるだろう。

目を合わせなくても伝わったはず。


鞄を渡し、帰ってもらう。

僕は二階へ…

少しちゃんと呼吸したくて…。




手の震え、気付かれてませんように。

今にも涙がごぼれそうだった事も…

気付かれてませんように。



恋愛関係でも、そうじゃなくても、

ずっと一緒にいたいと

思ってくれてますように。


…恋愛関係で…過ごせたらどんなに…

淡い期待は、グウの選択で消えるかも。




僕は外した仮面をまた付ける準備、

心の準備をしておこう。



いつもいつも傷付くのを恐れて

僕は波に乗るだけのサーファー、…なのに…


こんなに

挑戦する勇気が出るなんて…












3年前



グウがもうすぐ中学を卒業して、

近くの高校に進学が決まったらしいと

父親が教えてくれた。


父親同士が仲良しで、

小さい頃はそういう風に

僕もグウも、なるものだと思っていた。

子供、奥さん、家族ぐるみで…。



最近は学業プラス、バイトの時間も増えて

あんまり会えなくり、

グウの態度も思春期だからか

いつも素っ気ないけど…

会う口実が出来たし、お祝いがしたい。


モデルの仕事をしているから、

流行にもそれなりだけど…

プレゼント…何か送りたい…

身につける物じゃ重いかな。

けど、15歳とかって

アクセサリー喜んでくれそうだけど…

グウは喜んでくれるかな。



講義が空いた時間、

地元の海沿いのファミレスで

レポートを書いて時間を潰しながら、

グウが来るのを待っていた。


悩んだ末、参考に後輩の意見も含めて

ネックレスを買った。

グウなら気に入ってくれそうな

男らしいゴツイ物が多いブランドの

シンプルなチェーンだけのネックレス。

あとピアス、輪になってるシンプルな物を。


…ずっと付けていれる様にシンプルな物を…



「仁兄。お待たせ。」


「あ、グウ。久しぶり。」


店に入って脱いだであろうコートを抱え

僕も着た学ランに身を包むグウ。

何度か見た姿なのに、ドキドキするのは

またグウが男らしく成長したからかな…



「…久しぶり。何?奢ってくれるって。」


「高校受かったって聞いて。

おめでとう!春から高校生かー。

あ、グウを待つのに

このファミレスにしちゃったけど、

何か食べたいのある?」


「何でもいい…お腹すいてる…」




グウは大盛りでハンバーグセット。

僕は普通セットが注文通り運ばれて来た。


「頂きます。」


見る見る口の中に入っていく。

食べ盛りの男の子だもんな。


「足りなかったら言ってね?

…僕も頂きまーす。」



店員さんの

いらっしゃいませの声が響く。

出入り口を見ると、グウと同じ学ランの

男の子と女の子が数名入ってきた。

彼らはすぐにこちらを見て

グウに気付いたからか盛り上がり出した。


「ねえ、あの子達、グウの知り合い?」


グウもそちらを向くと、

みんな手を振って、グウも手で挨拶した。

…中でも1人、

恥ずかしそうにはみ噛む女の子。


「友達かな?…彼女…かな?

付き合ってるの?」


何となく…そうかな?と思って

軽く聞いてしまった。



自分で受けるショックの大きさも考えずに。



「……んー……」


返事をしたグウは、

照れて顔が……赤かった。






店を出たら夕日のキレイさにびっくりした。

慣れ親しんだ夕日も忙しさで忘れてたんだ。

けど感動できる心境じゃ無い…

沈む太陽、気持ちもより沈む。


初冬の潮風で熱が奪われ身体も固まる。

不自然に脚を進め、手元もぎこちない。



用意したプレゼント、


僕の気持ち、重さがバレない様に…



渡せたのは


ピアスだけ。





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