第111話 汝れこそは、我らが物語の主人公なり

「すいませんが、これで失礼させていただきます」


 お姫様の見舞いが終わったあとは、いつものように晩餐の招待があった。

 だが、俺はすぐに帰ることを執事たちに告げて屋敷を後にする。

 だって……ストレスを溜め込んだ精霊たちが本当に何をしでかすか分からないんですもの。


 よく、留守番している犬やネコが家の中をひっくり返した現場の写真とかウェブであるだろ?

 あれが町や国レベルになったところを想像してほしい。

 胃が痛くなるだろう?

 だが、それはまだ天国だ。

 なにせ、そんなのが数人ほどいるのだから。


「そうですか……残念でございます。

 次回こそはぜひお時間をいただきとう存じ上げます」


 そんな別れの挨拶を受けた後、俺はまず馬で広場に戻った。

 そこからゴンドラを降ろしてもらってようやく浮遊図書館に戻ると、ステーションセンターの片隅にポメリィさんの姿を見つける。

 隣にはジスベアードもおり、なにやら雑談をしているようだ。

 道理で俺の見送りに奴の姿がなかったはずだ。


 デートかな?

 邪魔しちゃ悪いし、このままスルーするか。

 だが、そう思った瞬間ポメリィさんと目が会う。


「あ、トシキさん。

 お帰りなさいですぅ!」


 なぜ、見つけちゃうかなぁ。

 俺に向かって手を振るポメリィさんだが、その横にいるジスベアードからはものすごく不満げな目で見られていた。

 ……仕方が無いだろ。

 見つかっちゃったんだから。


「ただいま。

 ジスベアードとデート中じゃなかったの?」


「やだ、ちがいますよぉ」


「あー、そうなんだ。

 てっきりデートだと思ったんだけどねぇ」


 すくなくとも、ジスベアードはそのつもりだったようだぞ。

 顔が完全にヤニ下がっていたからなぁ……。


「それよりも見てください。

 森の木々がけっこう戻ってきているみたいですよぉ」


「あー、アンバジャックとドランケンフローラが頑張っているみたいだね」


 ジスベアードには悪いが、すこし雑談に付き合う必要がありそうだ。

 俺は重い足どりでポメリィさんの近くまで移動すると、ステーションのガラス窓を覗き込む。

 すると、眼下には潅木と草に混じっていくつも大きな木が生えていた。


 当然ながら自然なものではなく、アンバジャックとドランケンフローラの妖術による森の再生だ。

 ただし、育てているのは紙の材料になる白布樫のみである。


 ……というのも、この植物はもともと成長が早く、妖術で即製栽培しても術の反動が小さいのだ。

 しかも、産業的な価値がとても高い。


 そんなわけで、今後の森の再生について妖魔たちと話し合った結果、白布樫の森を作ることで町の産業を助ける方針を決め、先日の領主との晩餐のついでに提案したのである。

 特に領主側も異存はなく、この町はまず製紙業の町として復興する事が決まった。


 今までの主幹産業であった林業のほうは、木々が十分な大きさまで育つのに時間がかかる。

 なので、これは諦めてもらうしかない。

 木材として使えるような樹木は調整が難しく、無理に大きな木を魔術や奇跡で生み出すと環境に大きなゆがみを作ってしまうのだそうだ。


「さて、俺はそろそろ行くよ。

 地上から持ち帰った人間たちの伝承を精霊たちが待ちわびているから」


「あ……それは急いだほうがいいですね。

 精霊さんたち、あんまり待つのは得意じゃないですからぁ」


 きっと、今頃は動物園のクマのように執筆室の中を群れでうろついているであろう姿を思い浮かべ、俺とポメリィさんはそろってため息をつく。

 普通、何百年も生きていれば時間の感覚はゆったりしたものになると思うのだが、俺の知る限りほとんどの精霊はせっかちな傾向にある。

 たぶん、時間の感覚とは無関係に、単に我侭だから待つのが嫌なだけではないかと思うが。


 そしてこの浮遊図書館の中枢である図書館施設にたどり着くと、待ちきれなかったのかレクスシェーナが入り口で俺を待っていた。

 

「遅かったわね。

 待ちくたびれたわよ?」


「まぁ、色々と邪魔が入ってね。

 はい、これ。 今日の分のデータ」


 そういいながら、俺は懐から智の神からもらったオウムの人形を差し出す。

 この人形、なんと録音機能もついているのだ。

 しかも、聞いた内容を文字に変換し、目から出る怪光線で紙に焼付けるという謎性能がいつの間にかなされたアップデートで搭載されている。


 なお、気付いたのは、つい最近のことだ。

 オウムの人形の目から突然光線が出たときにはかなりびびったぞ。

 そしてその怪しい光線によって、建物の壁にオウムの人形に追加された機能の一覧が焼き付けられ、アドルフが激怒したのは苦い事件であった。


「確認させていただくわ」


 オウム人形を受け取ると、レクスシェーナはあらかじめ用意してあった紙の前にそれを運ぶ。

 そしてプリントアウトされた物語に目を通し、そこに記された事実から隔絶した内容に眉をしかめた。


「ひどいものね。

 それで、我らが主人公殿はこの悲劇をどうするつもりかしら?」


 つまり、生贄になるお姫様を助けるのかという意味だろう。


「さぁな。

 正直に言うと迷っている」


「らしくないわね。

 でも、賭けてもいいわよ。

 このまま見捨てると後味が悪い……とか言いながら、たぶん貴方はどうにか助けようとするわよ」


 そして、レクスシェーナは去っていった。

 こんな言葉を残して。


 ――だって、貴方は私たちが望む物語の主人公ですもの。


 まったくもって、観客というものはいつも無責任なものだ。

 

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