第102話 緊迫の三分クッキング
用意するのはニンニクモドキ、そしてトウガラシモドキ、そしてその他の食材。
まずは、フライパンに、オリーブオイルっぽい油を入れ、加熱。
十分にフライパンが温まったら、例のモドキふたつを入れて少し焦がし気味になるまで火をいれる。
それだけで、周囲に危険な香りが漂い始めた。
「何をしているんだ、トシキ?
すごい匂いだな」
俺が暗黒の儀式……もとい料理を始めると、アドルフが口を出してくる。
なぜ彼がここにいるか?
むしろ逆である。
アドルフのいる作戦室に、俺がコレを持ち込んだのだ。
むろんこの部屋に調理用の設備があるはずもなく、石を削って作った即席の七輪に炭火を入れ、その上で調理をしている。
……む、考えてみれば少し状況がわざとらしいか。
アドルフに怪しまれてないと良いのだが、奴は勘が鋭いしあまり楽観的な期待はしないほうがいいだろう。
「あぁ、ちょっと腹が減ったから夜食でも作ろうと思ってね。
むこうはしばらく膠着状態で動けないだろうから、今のうちだよ」
そういいながら、俺は刻んだベーコンと青菜を入れ、隠し味のふりをして醤油をいれた。
アンバジャックが出してきたこの青菜はゼンマイを巨大化させたような食べ物で、この世界独自の野菜らしい。
さて、そろそろ逃げる準備でもしておくか。
アンバジャックによれば、例の大惨事はニンニクモドキと醤油の魔術的な反応によるものらしい。
そしてニンニクモドキと醤油が反応してその牙を剥くまでには、若干タイムログがある。
そんな事を思い返しながら、俺はフライパンに蓋をした。
魔術的反応を大きくするためには、そうしたほうがいいらしい。
さて、準備は整った。
「ちょっとお手洗いにいってくる。
アドルフ、つまみ食いなんかするなよ?」
「するわけ無いだろ。
何言ってるんだ、トシキ」
とは言うものの、奴は非常に好奇心が強い。
精霊に食欲が存在しているかも怪しいところだが、たとえ存在しなかったとしても十中八九手を出すだろう。
つまり、これは奴の好奇心を書き立てるためのフリだ。
こうしておけば、少なくとも俺との約束を破るかどうか葛藤している間はこの部屋から離れないだろう。
そうして時間を稼いでいる間にフライパンの中の反応が進んで、一気にドカンというのが俺の作戦だ。
だが、アドルフは何を思ったのか突然席を立った。
「アドルフもどっか行くのか?」
「あぁ、俺も一緒にトイレにゆく」
……まずい。
ここでコイツが一緒にきたら、この計画は終わりである。
おそらく俺の意図をなんとなく察し、警戒し始めたに違いない。
ここでし損じると、もう打つ手はもう無いだろう。
なんとかしてアドルフをここに縛りつけなくてはならないのだが、その理由も方法もとっさには思いつかなかった。
しかも、ニンニクと醤油の反応は今もジリジリと進んでいる。
フライパンが爆発し、狂気がばら撒かれるまであと一分ほど。
これは作戦失敗か?
そう思った瞬間、俺の頭にとある疑問が浮かび上がった。
「……ん?
そういえば、精霊って排泄あるのか?」
するとアドルフは眉間に軽く皺を寄せ、なぜそんな質問するのか分からないとばかりに軽く首をかしげた。
「基本的に無いな。
飲み食いしない限りだが。
俺たちは周囲の魔力さえあれば飲食の必要はない」
「だったらなんでお前がトイレに行く必要があるんだ?」
少なくとも俺は、この数日の間にアドルフが何かを口にしたところを見ていない。
すると、奴はあいまいな笑顔を浮かべた。
「いや、なんとなくトシキが行くから一緒に行ってみようかと思っただけだ」
「お前、まさかそういう趣味が!?」
一瞬嫌な想像が頭に浮かぶ。
いるのだ。
トイレで用を足していると、横から股間を覗き込む奴が。
「どういう趣味だ?
意味がわからん」
「アドルフ。
排泄行為を覗くのは、ものすごーく失礼なことだからな!」
「そうなのか?」
「そうなの! だから、絶対についてくるな!!」
そうキツく言い含めて、俺は強引にアドルフとの対話を打ち切った。
さて。 奴はすでに俺が何かたくらんでいることに感づいている。
だから適当に理由をつけて俺を監視しようとしたのではないだろうか?
だが、もう遅い。
俺はそんな台詞を頭の中で呟き、階段を下りて地上へと続く昇降口に向かう。
おそらくこれも察知しているに違いない。
今頃は、俺を捕まえようと部屋を出る頃か?
「だが、チェックメイトだ」
その台詞と共に、頭上から小さな爆発音が響いた。
よし、ほぼ計算どおりのタイミングだ。
さぁ、アドルフ。
逃げる俺と爆発したフライパンの調査、どっちを選ぶ?
おそらく俺を選ぶだろうが、それは不正解だ。
なぜなら、お前には今の爆発で危険な香りが染み付いているのだから。
アンバジャックの言葉だが、例のニンニクもどきと醤油による反応は、上級の精霊であるアドルフにはおそらく効果が無い。
だが、低位の精霊ならば確実に効果があるといっていた。
そして、この巨大な浮遊図書館には無数の精霊たちが搭乗しており、しかも好奇心からこの建物の周りに集まっている。
こんな状況で……例の匂いの染み付いたアドルフが、何も知らずに部屋を出たらどうなるか?
「うおわぁぁぁぁぁぁ!?」
俺の思考に応えるかのように、上から盛りのついたネコのような声と、アドルフの悲鳴が響き渡った。
「よし、今のうちだ!」
俺は壁にあるパネルを開き、その仲にあるハンドルを握った。
これをまわせば、外に続くハッチを開くことができるはず。
急げ、急げ……急げ!
ギャリギャリとハンドルを回す音が鳴り響くが、ハッチの隙間はなかなかひろがらない。
くそっ、誰だこんなめんどくさい作りにした奴!
責任者でてこ……なくていいや。
これ作ったのアドルフだし。
お前は上でしばらく遊んでいてくれ。
その瞬間、まるで俺の心の声に応えるかのごとく、衝撃音と共に床が傾いた。
どうやらアドルフが暴れているようである。
くそっ、こう揺れるんじゃハンドルが思うように回せない!
はやくしないと、アドルフが来る!
腕がちぎれるかと思うほどハンドルを回すが、ハッチの隙間はまだ狭く、これじゃ俺が体をねじ込んでも途中で引っかかってしまうだろう。
くそっ、せめてあともう少し隙間があれば……。
そうしている間に、上のほうがずいぶんと静かになった。
どうやら、狂った精霊たちはアドルフに鎮圧されてしまったらしい。
まずい。
足音が近づいてきた。
間違いなくアドルフのものだろう。
だが、まだ出口は十分に開いていない。
俺のこの小さな体がやっと通り抜けられるかどうかといったところだ。
いや、もしかしたらこの狭い隙間でも、俺ならば潜り抜けることができるかもしれない。
ここは一か八かやるしかないだろう。
俺は自分の頬を叩いて気合を入れると、ハッチの隙間に頭を突っ込む。
そして、そのまま腕の力で体を外に押しやった。
よし、背中は通ったぞ。
尻を通して、あとは足を引き抜くだけだ!
しかし、その時である。
「トシキ、お前どこに行く気だ」
その低い声と共に、誰かが俺の足をつかんだ。
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