第76話 プロパガンダ
「いやぁ、なかなか派手な入場になっちゃいましたねぇ」
「ふはははは、愉快! 愉快であるぞ!」
……と笑っているのはアンバジャックとドランケンフローラ。
どっちがどっちの台詞かだなんて、わざわざ説明するまでも無いよな。
「笑い事じゃないから、この妖魔共。
大惨事だよ。 注目集めすぎ!」
街に突入した羊たちだが、あわや大惨事……の前にふとよいことを思いつき、俺の放った魔術【包みこむ右手】によって全員捕縛に成功した。
だが、その結果、奴らはお互いの毛が複雑に絡み合ってしまい、自由に動けない状態になってしまったのである。
メーメーと悲しそうに鳴いてはいるものの、自業自得だ。
そこでしばらく反省していなさい。
なお、奴らの反省に付き合う義理も無いので、羊たちはそのまま自警団に預けてきた。
ただ、一匹だけおとなしい羊がいたので、同行を許可することにしたのだが……。
荷物持ちにするつもりだったのに、アンバジャックの奴が俺を持ち上げて、羊の背中に乗せやがった。
歩くのが遅いからそのほうがいい?
うるせーちょっと図体がおおきいからと言って、いい気になるなよ、この野郎!
熊の脚は短いんだよ!
……とまぁ、そんな罵声を心の中でつぶやいていると、ドランケンフローラの足がピタリと止まった。
「むむっ、ここじゃ! ここからよい匂いがするぞよ。
トシキよ、この店に入るのじゃ」
たしかに、気がつけば焼き鳥の屋台にも似た匂いが周囲に漂っている。
お、この世界特有の炭火を使っているっぽいな。
煙の中にも燻製にもにた香りが混じっており、肉を焼く香りにとてもよくマッチしている。
思わず、俺は口の中にじわっと濃厚な肉汁が広がる幻覚を感じていた。
「へいへい。
まぁ、悪くなさそうだしここにするか」
「羊はここで待っているように。
人についていったり、勝手に出歩いたりするんじゃないぞ」
「めぇぇぇ」
俺はそういい含めてから羊の背を降り、色あせた木のドアを押し開ける。
そこは地元の労働者が利用するような、とくに目立つところの無い料理店だった。
狭い店は綺麗に掃除されていて、よごれた感じはまったくしない。
だが、ここはちょっと場違いだったかもしれないな。
客はおそらく林業に従事者しているであろう、体格のいい男たちばかりだ。
ちょうど食事時なせいで、どの席もぎっしり筋肉が……じゃなくて、人が詰まっている。
アンバジャックのようなマッチョならば違和感が無いが、俺やドランケンフローラのような……って、いつの間にかドランケンフローラの姿がガタイのいい兄ちゃんになっている。
さすが妖魔。
器用なものだな。
さて、店の中の様子を観察していると、年季の入った看板娘がこちらにやってきた。
「三名様かい?」
「あぁ。 席は空いているかな?」
俺のかわりにアンバジャックが返事をかえす。
これはしょうがない。
俺の見た目は子供だからな。
さて、空いている席は……おお、ちょうどカウンター席が3つ空いているな。
でも、並んでいる席は二つだけか。
「並んだ席じゃなくて悪いけど、いちおう三つ空いている席があるから座っておくれ。
この手の店は慣れてない感じだから説明しておくけど、メニューなんて高尚なものは無いよ。
出せるのは日替わりの定食だけさ。
あ、お持ち帰りもできるが、どうするんだい?」
「お気遣いどうも。 ここで食べます。」
「ありがとさん。
あと、料金は前払いだよ」
俺が料金を支払うと、ちょっとだけ奇妙な顔をされてしまったが、そのあたりを追求する気はないらしい。
料金を支払って、出来上がりを待ちながら周囲の会話に耳を傾ける。
なお、席に関してはアンバジャックがさっさと一人だけ離れた席を選んだ。
相談で時間を消耗するよりは楽でいい。
さて、客の会話に聞き耳を傾けると、やはり話題は木がなくなってしまった森に関してのことである。
どんな会話をしているかというとだ……。
「神殿の言うことには、なんでも少し前に勝手に火傷の治療を行った奴がいてよ。
その行動が森の神の怒りに触れたらしいぞ」
「あぁ、それでうちの親方も、朝早くから森の神の神殿に詣でて木を返してくれるよう嘆願しに行ったらしい」
さすがあの神殿の奴らだ。
ずうずうしいにもほどがあるな。
……というより、このままだとさらにアドルフが怒り狂うぞ。
たぶん、次は人の住めない場所にされちまうんじゃないだろうか?
「おや、自分が聞いた話だと、森の神はもう神殿にいないらしいですよ?」
そんなことを言い出したのは、なんとアンバジャックだった。
「おい、めったなこというもんじゃない!」
「いったい何を根拠にそんなことを!!」
客の中から二人ほど立ち上がって詰め寄ったが、アンバジャックは特にあわてることもなく話を続けた。
「だって、森の神が森から木をなくしてどうするんですか?
自分の信仰揺らぐだけでしょ。
それに、あの大きな火事のときに森の神は何をしてくれたんです?」
「そ、それは……」
その追求に、立ち上がった男はうろたえる。
何もしてくれなかったのはみんな知っているからな。
「街を狼藉者が襲ったとき、何か助けてくれましたか?
神殿の門を閉ざして、助けを求めてきた人々を締め出したのはなぜです?」
アンバジャックの言葉に、成り行きを見守っていた連中が頷き始める。
そりゃそうだろう。
あれはひどい光景だったからなぁ。
「火傷を負った貧しい人々を、森の神は助けてくれましたか?
宿泊場所を提供してくれるって話だったけど、泊めたのは裕福な人たちだけだったじゃないですか」
「いや、だからといって森の神をないがしろにするのは……」
たじろいだ男たちの様子に、俺はここが攻め時だと思って声を上げた。
「ねぇ、森の神ってどうして何もしてくれないの?
それ、本当に神様なの?」
「なんて事を言うんだ、小僧!」
「森の神を敬わないだなんて、親はどういう躾してやがる!!」
先ほどから森の神を持ち上げていた男たちは、俺を叱り飛ばそうとする。
だが、アンバジャックが周囲の男たちに植えつけた森の神への疑惑は消えなかった。
食堂の空気は、どんどん暗くなってゆく。
「ねぇ、なんでおじさんたちは森の神の味方をするの?
僕たちには何もしてくれない、ひどい神様じゃない」
俺がわざと空気を読まずに発言を続けると、その男たち……おそらく森の神殿の回し者は、形成不利と悟ってその場から逃げ出した。
「くっ、お前ら後悔するなよ!」
なんというか、個性の無い捨て台詞だなぁ。
俺がそんなことを考えていたときである。
「ほら、あがったよ」
横からオバ……もとい年季のはいった看板娘が、包みを差し出した。
「悪いけど、あんたたちの食事はお持ち帰りにさせてもらったよ。
出て行っておくれ」
どうやら、やりすぎてしまったようである。
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