第15話 いざ、スラムの奥へ
「改めて名乗ろうか。
冒険者ギルドのギルドマスターをしている……そうだな、雷鳴とでも呼んでくれ。
それが私の現役時代の二つ名だ」
ハルバードを肩に担ぎ、ギルドマスターはニヤリと笑った。
しかし、雷鳴か。
雷鳴では、何かの拍子にピブリオマンシーに巻き込みそうな気がするのでちょっと怖い。
たぶん、あの
雷鳴よ、落ちよ!
……とか唱えるたびに、ふとギルドマスターの顔が浮かんだらどうなるか?
それでギルドマスターが転んだり気絶したりする展開は、あまりにも迷惑すぎるだろ。
「じゃあ……サンダーボルトでどうでしょう?
俺の故郷で雷鳴を意味する言葉ですが」
すると、ギルドマスター……あらため
「サンダーボルトか。
悪くない響きだ」
顎に指を当ててしみじみつぶやくと、彼は唇を左だけ引き上げて男臭い笑みをうかべた。
どうやら気に入っていただけたようである。
だが、そこに異を唱える者がいた。
「……ギルドマスターだけズルいわ。
私にも何か素敵な呼び名をつけてくださらないこと?」
スタニスラーヴァがなにやら拗ねているようだが、無視だ、無視。
下手に何か与えようものなら、感極まって抱きついてくるのは眼に見えているからな。
いや、あの胸に抱きつかれるのは嬉しいのだが、同時にやってくる死の両腕が嫌なのだ。
それでもふと魔がさしそうなほど魅力的ではあるのだが、俺はまだ死にたくはない。
そんなスタニスラーヴァに対し、
おお、やはりこの人ってば有能だ。
「お前は危険人物だからトシキに近づくんじゃない」
「不当な扱いです。 改善を強く要望します!!」
涙目で強く主張するスタニスラーヴァだが、そんな要望はとうてい受け入れれない。
「却下」
俺と
だって、今までの実績がねぇ。
そんなわけで、俺と
途中、ギルドマスターの秘書官の方や受付嬢がいろいろと引止めにかかったが、うらみがましい眼でこちらを見ているスタニスラーヴァを示し、あれをどうにかできる護衛がほかにいるのかと問いただせば、誰もが口を閉じるしかない。
そんなわけで、有能な護衛をつれて街を歩くこと三十分ほど。
話し上手な
「ここは?」
「あぁ、スラム街だ。
昔あった地震の被害でこのあたりの街並は放棄されてね。
いつのまにか脛に傷のある連中や、住処の無い連中が住み着くようになってしまってのだよ」
なるほど、このように放棄されてしまった場所というのは、そういう連中にとって住みやすい場所になるのだろう。
だが、このような場所を放置すれば、治安が悪化する原因にもなりかねない。
なによりも、俺の赴任地がそんな場所のど真ん中というのはいただけなかった。
同時に、俺の脳裏にふと疑問がわきあがる。
「
この地域……いや、この町の一般庶民の教育ってどんな感じなの?」
「智の神の眷属だけあってそこが気になるか」
「学校はあるの?」
「まぁ、待て。
ひとつずつ答えよう」
答えを求める俺を手で制し、
「まず、学校は存在する。
ただし、それは裕福な市民か貴族階級の行くものだ。
一般家庭の教育についてはまったく知らないが、おそらく親が最低限のことを教えるほかは、自分の職業に関するものしか知らないと思っていいだろう」
ほほう。
まぁ、封建社会の世界観だと、そういう感じになるのはしかたがないだろうな。
むしろ江戸時代の日本のように、寺子屋があって庶民を教育し、誰でも書物が読めるといった環境が異質なのである。
あと、このような視点から語るということは、
商人の出には見えないし、文官といった感じでもない。
おそらくは、騎士か何かの家系といったところう。
それでこの物腰の柔らかさとはね。
この町の冒険者ギルドはいい上司をもったものだ。
「識字率は?」
「庶民はまず文字が読めないと思ったほうがいい。
まれに庶民へと転落した知識階級の人間が文字を読める程度だな。
冒険者ギルドの事務員も文字はかけるが、もともとそういう教育を受けてきたお嬢様育ちばかりだ」
あぁ、たしかに事務員が文字を読み書きできないというのは話にならない。
その条件だと、庶民から人員を募集することはできないだろうな。
そしてそのような職場であれば、貴族出身の人材でもないとギルドマスターは勤まらないだろう。
組織の中の階級と身分の階級が矛盾することは、ひじょうに大きな火種を抱えることになるからな。
「冒険者もほとんどが文字が読めないの?」
俺の質問に、
「そうだ。
だから、冒険者ギルドで依頼をうける場合も、冒険者が要望を伝えて、事務員がその条件にあった依頼を探す。
そして該当する書類を読み上げて、依頼の内容を口頭で説明する……というのが、主な事務員の仕事だ」
そういえば、冒険者ギルドでも掲示板などは見かけなかったな。
俺がそんなことを考えていると、今度は
「どうやらトシキの故郷は違うようだな」
「まぁね。
うちの国の識字率が異様に高いのはわりと昔から有名なんだけど」
そんな会話をしていると、ふいに
「そろそろ到着だぞ。
あれが廃棄された寺院だ」
指の示すほうに眼をやると、そこには藪としか形容のしようが無い、かつて庭であったらしき空間が広がり、その向こうに蔓とひび割れに覆われた大きな建物があった。
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