第2話 異世界への就職は突然に

白井しらい 俊樹としきさん、26歳。

 家族構成はなし。

 趣味は格闘技の観戦。

 おもにプロレス。

 重度の活字中毒」


 やたらと品のいい面接官の男性は、俺の提出した履歴書をざっと読み上げると、にっこりした顔でこう告げた。


「突然ですが、貴方あと二年で死にます」


「はぁっ!?」


 突然のことに、俺は何を言われたのか一瞬わからなかった。

 この人、何?

 占い師? それとも新興宗教の勧誘?

 どうやら、とんでもないところにきてしまったようである。


「予定では……就職が思うように行かず、将来への不安から鬱病を発症。

 気分転換に愛車で峠を攻めに行ったところで、ハードラックだかバットラックだかと踊ってしまうようですね」


「なな、なんだよそれ!」


 やめてくれ、その台詞は俺に効く!!

 嘘や冗談でもそんな話聞きたくないから!

 言っていることを信じたわけではないのだが、内容が妙にハマりすぎて怖かった。


「あぁ、そうそう。

 貴方はご存知なかったようですが、昨日あなたに就職のお知らせをしたご友人。

 実は五年前にバイクの事故で亡くなっております」


「ちょっと待ってくれ! あんた、何を言ってるんだ!!」


 やめてくれよ!

 次から次へと……意味はわかるが到底受け入れがたい言葉ばかり投げつけやがって!

 ストレスで吐き気がしてきそうだ!


「改めまして、わたしは異世界で智の神を勤めているものです。

 申し訳ありませんが、名前を告げることは出来ません。

 神の名前を知ることは、貴方の魂に負荷がかかりすぎるので」


 その言葉と同時に、男の頭上に光の輪が輝いた。

 同時に、風のような何かが俺に向かって押し寄せてくる。


 今になって気づいたが、この男……品がいいというイメージはあるものの、その目や鼻や口の配置がどうなっているのか認識できない。

 逆光になっているわけでもないし、ほんの三歩ほどしか離れていないのにもかかわらずだ。


 本能のようなもので理解した。

 こいつ、本当に人間じゃないぞ。

 いったい何者だ?


「だから、先ほども言ったとおり神様ですよ。

 貴方の世界の担当ではありませんけどね」


「も、もしかして心を読んだ?」


 この展開はまさにラノベで読んだ定番の流れである。

 だが、自称『智の神』は苦笑いを浮かべるだけであった。


「まさか。 そんな下品なことはしませんよ。

 ただの推測です」


 そう答えると、智の神は指をパチリと鳴らす。

 すると、目の前に一通の書状が現れた。


「実は私の管理下にある神殿の図書館で欠員が出てしまいましてね。

 貴方のご友人から、推薦があったのですよ」


 そこに書かれていたのは、確かに古い知り合いによって書かれた推薦状だった。

 このギリギリ読めるぐらいのへたくそな字にはおぼえがある。


 いやしかし、異世界の智の神に推薦状を書くとか……しばらく見ない間にあいつは何者になったんだよ!?

 古い友人の現在の姿を妄想しながら、俺はこれが現実であるとようやく受け入れ始めていた。


「わかったよ……司書の仕事、勤めさせてもらいたい。

 いや、勤めさせていただきます」


 上司となるからには、口調も改めなくてはならない。

 俺が頭を下げると、智の神はうれしそうに微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いしますね。

 では、まず最初に肉体改造の手術を受けていただきましょう。

 人の体では何かと不都合があるので」


「に、肉体改造手術!? ここは悪の秘密結社かよ!」


「ははは、悪の秘密結社ではありませんね。

 ですが、お望みならバッタの体と融合させることは可能ですよ?

 そのぐらいはサービスは問題ありません」


 ぎゃあぁぁぁぁぁ!

 そんなノリの良さはいらないってばよ!!


「やめて、やめて! お願いだから、待って!!

 その特撮は大好きだけど、自分が体験するのは無しだから!」


 そう叫んでいる間に、なぜか俺の服が消えて素っ裸になる。

 改造の邪魔になるのだろうけど、セクハラはいけないとおもいます!!


「それは残念。

 ですが改造は受けてもらいます。

 なにぶん、この仕事は危険が付き物でしてね。

 神殿に収められている書物を狙って、ロクでもない輩が頻繁に襲い掛かってくるんですよ」


「なに、そのハードな職場!?

 そんなの司書の業務じゃないだろ!!」


「ははは、日本の司書も別の意味でハードじゃないですか。

 大丈夫、痛くしませんから」


 抗議もむなしく、智の神による肉体改造は止まらない。

 俺の全身に不可解な力が染み渡り、心臓がドクンと強く波打つ。


「貴方には、わが眷属であるスフィンクスになっていただきます。

 本来、スフィンクスの下半身は獅子の脚なのですが、慣れるまで大変だろうと思うので人と同じくかかとをつけて歩ける熊の形状にアレンジしておきますね」


 なんという微妙な心遣い。

 あんまり嬉しくないんですけど。


「あ、あの……これって、人間には戻れるのでしょうか?」


 おそるおそる尋ねると、智の神は軽くうなずいた。


「そこは問題ありませんよ。

 先に貴方の体の構造のデータは保存してありますので、必要ならばいつでも元に戻れます。

 あとは、人の姿になるだけならば、魔術を使って一時的に自力で戻ることも可能ですね」


 その答えに、俺はホッと胸をなでおろす。

 正直、いきなり人ではない体になるのは精神的にキツいからな。


「あぁ、そうそう。

 なれない異世界暮らしでしばらくは不便でしょうから、貴方と同じスフィンクス族の教育係を用意しておきますね。

 びっきりの美女を用意しておきましたから、期待してもいいですよ?」


 あぁ、それはちょっと楽しみだな。

 そんなことを考えていると、全身に心地よい熱が回り始めた。

 そして下半身と背中に妙な違和感が襲い掛かる。


 痛みや苦しみは無い。

 だが、声は出せなかった。

 到底言葉にならないような奇妙な感覚が俺の体をまさぐり続け、だんだん意識が薄くなってゆく。


 だが、このタイミングになってから智の神はとんでもない爆弾を落としてきたのである。


「おや?

 向こうでトラブルがあったようですね。

 貴方の転送に関していろいろと変更を加えなければ……」


 ちょ、ちょっとまて、なんかいろいろと不穏な言葉が混じっているんですけど!!

 いったい何が起きて……あ……意識が……落ちる……。

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