なんか色々と忙しくなった気が…… その1
この年になって若気の至りというのも恥ずかしいのだが……
ヨタヨタしながら風呂からあがってきた小鳥遊の姿を見ていると、ほんとに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。
「小鳥遊……その、なんだ……色々と無理させちまってすまないな」
照れくさそうにそう言った俺なんだけど、小鳥遊は嬉しそうに微笑みながら俺に抱きついてきた。
「……いいの……嬉しいから……武藤さんと一緒になると、キュンキュンするの……」
どこか甘えたような声でそんな事を言われてしまうと、理性的に色々とやばくなりそうなんだが……
◇◇
昨日よりは状態がマシになった小鳥遊は、今日は仕事に向かうことになった。
マシになったとは行っても、歩き方がまだ危なっかしいところがあるもんだから、
「今日は一緒に出勤しよう」
いつもは時間差で出勤している俺達なんだけど、今日は一緒に家を出ることにした。
……そういえば……ここしばらく、古村さんの襲来がなくなった気がする。
つい先日までは最低でも1日2回はやってきていたのに、昨日は一回もこなかったな。
どうにかトイレまでの経路を確保することが出来たんだろう。
これで、古村さんの犯罪すれすれの格好での来訪に慌てる必要がなくなったわけで、思わず安堵のため息を漏らしていた。
いつもの駅へ向かうと……あれ?
なんか、俺に向かって一生懸命手を振っている女の子がいるような……
そんな事を考えている俺に向かって駆け寄って来たのは、他ならぬ早苗ちゃんだった。
「武藤さん、おはようございます、お久しぶりです!」
「あぁ、早苗ちゃん、おはよう。学校が再開になったのかい?」
「はい、今日からなんです」
嬉しそうに笑顔を浮かべながら俺に話しかけてくる早苗ちゃん。
春休みと、新型風邪のせいで学校が休みになっていたせいで、しばらく会うことがなかったんだ。
以前は、コミュ障がひどすぎて、うつむきながらスマホに入力した文字を見せてくるのがやっとだった早苗ちゃんなんだけど、今の早苗ちゃんは、相変わらず恥ずかしそうではあるものの、しっかりと自分の口で会話をすることが出来ている。
ゲームの中でも、俺や村のみんなと接している間に、不自然なまでに噛みまくることがなくなっていた早苗ちゃんだけど……リアルの方でもいい影響が出ていたんだな。
……おっと
今日は小鳥遊が一緒なんだし、早苗ちゃんと仲良く会話をしているとまたぞろ怒られるんじゃあ……
その事に思い当たった俺は、後方3歩下がった場所に立っている小鳥遊へ視線を向けた。
……すると
小鳥遊は、笑顔を浮かべながら俺と早苗ちゃんの様子を見つめていた。
先日までは、
『あざと可愛い小娘JKと何仲良くしてるんです?』
とか言いながら、背後に絶望のオーラモーションを発動させていた小鳥遊なのに……
そんな感じで、終始俺と早苗ちゃんの様子を後方から見つめているだけの小鳥遊だったんだけど、
「それじゃあ、今日も途中までよろしくお願いします」
早苗ちゃんが俺に近寄ろうとすると、その間にスッと割って入ってきた。
笑顔のままなんだけど、その全身から、
『それ以上は駄目』
といったオーラが見え隠れしていて……うん、やっぱり小鳥遊は、小鳥遊だな。
そんなわけで……
電車の中でも、間に小鳥遊を挟んだ格好になっていた俺と早苗ちゃん。
「そういえばですね、ディルセイバークエストで、以前所属していた攻略サイトのプレイヤーさんが、何人か退会処分になっていたんですよ」
「え? そうなのかい?」
「はい、一応、フレンド登録させてもらっていたんですけど、昨日その方の反応が消えていたんです。気になって、IDを調べてみたら、
『このプレイヤーは規約違反により退会処分になりました』
って、表示されていたんです」
あ~……
これはひょっとして、あれなのかな?
ブランのスクショを無許可で攻略サイトに投稿していたことを運営に通報したのが原因なんだろうか? だとしたら、ちょっと後味が悪いというか……俺的には、無許可で撮影されたスクショを削除してもらって、以後気を付けてもらえればそれでよかったんだけど……
「今回、退会処分になったプレイヤーさんって、いっぱいスクープ記事をアップしていた方々なんですけど……以前から色々とトラブルを起こされていたみたいなんです」
「トラブル?」
俺と早苗ちゃんが話していると、小鳥遊が大きく頷いた。
「あの退会処分になったプレイヤーは、以前から無許可でプレイヤーのスクショを攻略サイトに投稿していましたから……私も何度かされたことがあって、通報したことがありました……退会になったのは、その累積だと思います」
「私もそう思います。同じグループに所属しているって理由で色々言われたこともありましたので……」
なんか……どんな世界でもやんちゃをする人はいるってことなのかもしれないな……
とりあえず、あのプレイヤーが今回の件を糧にして、ルールを守って楽しくゲームを遊んでくれたらな、と、思った俺だった。
◇◇
電車を降り、会社に向かう途中で、俺と小鳥遊は少し距離をあけて出勤することにした。
この駅は会社のみんなも利用しているしな。
先に小鳥遊が出勤し、俺は少し送れて出勤する。
わざと大回りして、会社へ向かっていると、
「あ、武藤さん」
後方から、いきなり声をかけられた。
振り向くと、そこには東雲課長の姿があった。
「おはようございます、武藤さん」
「おはようございます、東雲課長。今日も早いですね」
課長クラスになると、夜の接待なんかがあるせいで、重役出勤している人も多いんだよな。
まぁ、実質残業しているにもかかわらず残業代がつかない上に、お店の代金も経費で落ちない今日この頃なわけだし、それくらいはってことで多めに見られているわけなんだが……
そんな中、東雲課長ってば、昨夜は接待だったはずなんだけど、普通に出勤しているんだもんな。
やっぱ、出世する人は違うな、って、尊敬の眼差しで見つめてしまう。
「他の方は知りませんけど、少なくとも会社から給料をもらっているのですから出勤時間を守るのは社会人として最低限の常識だと思っていますので」
「まぁ、確かにそうですね」
そんなとりとめのない会話を交わしながら会社に向かっていく俺と東雲課長。
「……あの、武藤さん……まだ勤務時間前なのに、仕事の事をお話してもよろしいでしょうか?」
「えぇ、かまいませんよ」
「ありがとうございます。実は、今日の昼から、商談に出向くのですけど、その際に同行願えないかと思いまして……あ、急にお願いしてしまって申し訳ありません、もちろん何か御用事や先約がありましたら、そちらを優先して頂いてかまいませんので」
「えぇ、まぁ、通常業務しか予定はありませんので問題ありませんよ。でも、俺でいいんです? 課長補佐を同行させた方がいいんじゃないです?」
「いえ、こ、今回もまた、倉庫の件が絡みそうな事案ですので、直接の担当である武藤さんに同行願えると話が早いと思いまして……」
気のせいか、少し焦った様子が垣間見えた気がしないでもなかったんだけど……
「そういうことでしたら、喜んで同行させてもらいますよ」
「よかった……それじゃあ、午後にまた」
そこで社内に入った俺と東雲課長。
「では、よろしくお願いします、武藤係長」
社内に入ると同時に、俺のことを役職呼称するあたり、ほんときっちりしてるんだよな、東雲課長って。
さて、そんな東雲課長に負けないように……ってのは、さすがに無理がある気がするけど、俺の出来ることをしっかりと頑張るとするか。
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