おいおい小鳥遊 その3
『あの……あ、朝のお礼をきちんとお伝えしたくて』
「別に、そんなに気にしなくてもよかったのに」
朝と同じ制服姿の女の子に、笑顔で話しかける俺なんだけど……俺の前には女の子が突き出しているスマホがある。
……いや、お礼を言いたいのなら、言葉で言ってくれてもいいんじゃないか?
朝と同じく、スマホを使って話しかけてくる女の子を前にして、思わず苦笑してしまう俺。
でもまぁ女の子から見れば、俺は今朝はじめて会ったばかりの見知らぬおじさんなわけだし……最近の若い女の子の中には、そんなおじさんにも気軽に話かけてくる子もいるにはいるけど、まぁ、人見知りする気持ちはわからないでもない。
……とはいえ、スマホを通してしか会話出来ないというのは人見知り過ぎやしないかなぁ、と思わなくもないんだけど……
女の子は『菊田早苗』という名前だそうだ。
俺の会社の最寄り駅から2駅先にある高校に通っているらしい。
いつもは仲良しの友達と通学しているそうなんだけど、今日はたまたま一人だったんだとか。
……という内容を、全てスマホを通して教えてもらった俺なんだけど……そうだな、まぁ、確かに、女の子から見れば、俺は今朝はじめて会ったばかりの見知らぬおじさんなわけだし……俺は同じ言葉を何度も自分に言い聞かせていた。
正直、痴漢にあっていたのを助けてあげただけなんだし、そこまで自分のことを伝えてもらわなくてもよかったんだけど……早苗ちゃんが名乗ったから、俺も自分の名前を伝えておいた。
「とにかく、次からは気を付けてな」
笑顔でそう言った俺は、早苗ちゃんに手を振りながら電車に乗り込んだ。
ちょうど帰宅ラッシュの時間帯なので、車内は結構混雑していた。
まぁ、でも、いつも通りって感じかな。
そんな事を考えている俺……そんな俺の真正面に、早苗ちゃんがいた。
「あ、あれ?」
って、思わず変な声が出ちゃったんだけど……よく考えたらそれもそうだよな。
今朝、俺が通勤電車に乗った時に早苗ちゃんはすでに乗車していたわけだから、当然同じ方向の電車に乗ることになるわけだ。
……しかし
早苗ちゃんは小鳥遊並に背が低いんだけど……胸がかなり大きいというか……上から見つめると、結構すごい光景が……って、いかんいかん、高校生を相手に何を考えているんだ、俺は。
って、社会人相手でも当然問題行為だって……
そんな早苗ちゃんは、俺に向き合うようにして立っているんだけど……列車が揺れる度に、周囲の人達と接触しては俺にぶつかってきて、
ふにょん
って……おいおい、ちょっと勘弁してくれ……胸の感触がとんでもないんだけど……
俺は、立ち位置を移動し、早苗ちゃんをさっきまで俺が立っていた壁際の方へ移動させた。
で、俺は早苗ちゃんを守るようにして立っているわけだ。
端から見たら壁ドンしているように見えなくもないんだけど、こうして壁に手をついていないと列車の揺れで早苗ちゃんにぶつかりかねないからな。
そんな事を考えている俺と壁の間に立っている早苗ちゃんなんだけど……気のせいか、顔を真っ赤にしたままうつむいているような……
「ひょっとして、この体勢恥ずかしかったかな? じゃあ、俺、反対を向くから……」
そう言いながら、向きを変えようとした俺。
すると、早苗ちゃんは俺のネクタイをそっと掴んだ。
そして、突き出されたスマホには、
『このままがいいでしゅ』
って……なんで、スマホに入力しているのに、最後噛んだようになっているんだ?
でもまぁ、早苗ちゃんが良いって言ってるわけだし……俺は、早苗ちゃんを壁ドンしているような姿勢を続けていった。
◇◇
早苗ちゃんと別れて、帰宅した俺。
「……あれ?」
マンションの前に引っ越しのトラックが止まっていた。
どこかの空き部屋に引っ越してきた人がいるのかな?
そんな事を考えながら俺の部屋へ戻っていくと……引っ越しの荷物が運びこまれていたのって、俺の部屋の隣だった。
……そういえば、お隣さんってちょっと前に引っ越してたっけ
引っ越しが終わって、新しい住人の人と出会ったら挨拶しとかないとな。
とりあえず、すれ違った引っ越し業者の人達に挨拶をしながら、俺は自室へ入っていった。
いつものように近くのコンビニで買ってきた弁当をリビングの机の上に並べていく。
最近のコンビニって、ホントにすごいよな。
惣菜とかが充実してるし、パスタも結構いける。
そんなわけで、エビの濃厚クリームのパスタと筑前煮で晩飯を済ませた俺。
まぁ、選択的にどうなんだ? って自分でも思ったんだけど、なんか無性にその2つが食べたくなったんだから仕方ないってことで。
「……さて、じゃあ今日もゲームにINするか」
後片付けを終え、風呂も済ませた俺はいつものようにディルセイバークエストにログインするためのヘルメットを被り、ベッドの上で横になった。
◇◇
一度視界がブラックアウトし、そしてクリアになっていく。
うん、俺の部屋の天井じゃない……でも、もうすっかり見慣れた、メタポンタ村の中にある俺の家の天井が目の前に広がって……
「パパ! 待ってたベアよ!」
「主殿! 待ちかねたのじゃ!」
天井を見上げていた俺の視界に、左右から割り込んで来たのはポロッカとラミコの2人だった。
「うわぁ!? って、2人ともびっくりするじゃないか」
「えへへ、だって待ちかねたベアだもん」
「まったくなのじゃ! 主殿のためにあれこれ頑張っていたのじゃからな!」
驚いている俺の事などお構いなしとばかりに、俺の腕に抱きつきながら嬉しそうに笑顔を浮かべているポロッカとラミコ。
……ラミコが安心した様子で俺に抱きついているということは……
「エカテリナは、イベント会場に行ったのかな?」
「そうなのじゃ、ちょっと前にINするなり、すごい勢いで走っていったのじゃ」
「そうベア。なんか『週末のために倒すべし倒すべし』って呟きながら走っていったベア」
週末のためにって……ひょっとして、俺と食事に行っている間にイベントのランキングが下がらないように、今のうちにレアモンスターを討伐しまくっておこうって思っているのかもしれないな。
そこまで無理をしなくても……と、思いはするものの、そこまでして俺と食事に行きたいと思ってくれているってことが、ちょっと嬉しかった。
「……そういえば……ファムさんの姿が見えないな」
いつもなら、NPCの村人達を指導しているファムさんなんだけど……
「ファムなら、半日くらい前に姿が消えたベアよ」
「そうなのじゃ。引っ越しがどうのこうのと言っておったのじゃ」
「引っ越しねぇ……はて? ファムさんはこの村に住んでいるので引っ越す必要はないはずなんだけど……」
疑問に思いながら首をひねる俺。
窓からファムさんの家を見ていたんだけど……別に引っ越ししている様子はないんだけど……
「あ、フリフリさん! こんばんわでしゅ」
窓の外を見つめていた俺の視界に飛び込んで来た、明るい笑顔。
「あぁ、昨日の……確か、エナーサだったっけ」
舌を噛んだせいで口を押さえている女の子に、笑顔で声をかける俺。
この小柄な女の子、背中に羽が生えている天使の姿をしているんだけど……ディルセイバークエストの最大手の情報掲示板を運営を担当しているプレイヤーらしいんだ。
昨日、街で開催中のイベントに必要なアイテム『リザード族の防具』を販売していた際に、インタビューしてきたんだよな。
メタポンタ村の事も話していたので、それで訪ねて来たんだろう。
「エナーサ、今日は何の用だい?」
俺がそう声をかけていると、俺の後方からリサナ神様が服装の乱れを直しながら早足でやってきた。
「あらあらあら、今日も私のインタビューに来てくださったのでございますのね」
「いや……そりゃ違うだろう……ってか、昨日もいつの間にかインタビューを受けてるし……」
「あらあらあら、別に無理強いはしておりませんですわよ。エナーサさんがど~うしても私の話を聞かせてほしいと言いたげな眼差しをしていたものですから、そのご要望にお応えさせていただいただけでございますわよ」
そう言いながら、エナーサに密着していくリサナ神様。
んで、俺はそんなエナーサとリサナ神様の間に割り込んだ。
「ストップ! ストップ! そんなに迫ったらエナーサも怖がってしまうだろう? ただでさえリサナ神様はワニの頭の被り物を被っているんだし」
「あらあらあら、失礼ですわね。これは被り物ではありませんのよ、れっきとした私の頭でして……」
そう言いながら、大きく頷いたリサナ神様。
その拍子にワニの頭の頭部が外れて部屋の中を転がっていった。
「あらあらあら……」
んで、それをリサナ神様は、片手で顔を隠しながら慌てて追いかけていったわけで……まったく、それのどこが本当の頭なんだよ。
苦笑しながらリサナ神様を見つめていた俺は、その視線をエナーサへ向けた。
すると、エナーサは、真っ赤な顔をしながら俺を見つめていた。
小柄なエナーサなんだけど、俺も小柄なドワーフだから、目線の高さはほぼ同じだった。
「エナーサ? どうかしたのか?」
「……え? あ、あぁ……す、すいません、なんでもないんでしゅ……ちょっと今日、似たことがあったものでしゅ……から、ついその事を思い出してしまっていただけなんでしゅ……」
話ながら何度も舌を噛んでいるエナーサ。
その様子に思わず苦笑してしまう俺なんだけど……昨日も思ったけど、エナーサってば、ホントによく噛むよなぁ……
照れ笑いを浮かべているエナーサを見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます