4.June


 六月には、桜の花弁の譲渡会とは違う、大きなイベントが控えています。

 それは、ドーム内を流れる小川に現れる、蛍の観察会です。


 普段は夜に閉まっているドームを開けて、お客様を招き入れるため、他のイベントとは異なる緊張感がある日でした。

 ドームの入り口に立ち、列をなしたお客様方を順番に招き入れていきます。所持カードによる年齢確認、夜間外出許可が出ていないお子様方はちゃんと保護者が同行しているかどうかを確認していきます。


 その中の列の中に、十五歳ほどの少年が二人並んでいました。明らかに夜間外出許可書が出ていない年齢ですが、筒形のAIロボットが同行しているため、観察会参加を両親たちから許されたのでしょう。

 念のために、AIロボットが型番登録されている正規品かどうかを、ネットワークにアクセスして確認します。その時に、少年の一人が、六年前に『淡色』という本を読んでいた少女を眺めていた彼だということに気が付きました。


「二人っきりがいいのに、スティーブンスもいるなんてな」

「仕方ないよ。僕らだけじゃあ、夜に出歩くこともできないし。父さんたちも譲歩してくれたんだよ」

『お二人とも、聞こえていますよ』


 六年前の少年が、そう愚痴っているのを友人と思しき少年が宥めていました。その上、スティーブンスと呼ばれたロボットが、人間臭く恨み言を言います。

 いったい彼らはどうしてここへ来たのだろうかと不思議に思いながらも、私はスティーブンス殿の確認が終了したので、彼らをドーム内に通しました。






   ◇






 定員に達したのでドーム内の出入り口を閉め、今度は小川の方へ意識を向けます。

 小川の前には、生物進入禁止ガラスが張られていますが、もしものことがあります。ガラスとガラスの間の柱にはカメラを配置して、それはリアルタイムで私に配信されていました。


 黄色と緑の間の丸い光が、空中をゆったりと舞いながら、淡く点滅しています。

 蛍たちの生殖のための行為に、人々は目を輝かせて、蛍がこちら側に近付くたびにわあっと歓声を上げていました。


 そんな彼らの中に、先ほどの少年二人とスティーブンス殿が立っているのを見かけました。

 少年たちは感動しているようですが、それを素直に表情に出せていない様子で違和感がありました。その内に、友人の方の少年が口を開きました。


「ねえ、地球でも蛍は見れるの?」

「見えるんじゃないかな」


 対する少年の返事は、力のないものでした。

 そして、遠くの方へ飛んで滲んでいる蛍の光へと、右手を大きく伸ばしました。


「地球から見たら、ここの光はあんなに小さいものかもしれないな」

「行路の途中でワープするから、見えないよ」


 少年の一言をジョークだと受け取ったのか、友人は優しく微笑んでいました。

 少年も、「そうだな」と答えて微笑み返します。しかしそこに滲む寂しさは、どうしても拭えないままでした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る