2.April
私の最初の大仕事は、四月に緑化ドーム内で咲いた桜の花弁を、希望者に配るというものでした。
ドーム内の植物は、自然に落ちた葉や枝なども含めて、外へ運び出すことは禁止されています。しかしこの桜の花弁の配布は特例だったので、朝からたくさんの人が列をなしていました。
芝生広場の上にテーブルを配置して、並んでいた人々に一枚ずつ、籠の中に入っていた花弁を手渡していきます。
私は人間と違って疲れなどは感じませんが、いつまでも途切れない人の列に、花弁が足りないのではないかという不安を抱いたことを覚えています。
そのうち、一人の少女の順番が回ってきました。
年齢は六歳ほどの彼女は、頬を上気させて、私のことを見上げて言いました。
「ロボットさん、一枚ください!」
『かしこまりました』
「ありがとう!」
花弁を受け取った彼女は、嬉しそうに礼を言いました。
そのまま、手にのった小さな花弁を握りしめて帰ろうとするのを、私は思わず『お待ちください』と呼び止めていました。
『このままですと、花弁が皺になってしまいますよ』
「え、どうすればいいんですか?」
急に不安そうな顔になった少女の肩から下がった鞄を、私は指差しました。
『そちらに、何か薄いものを挟めるようなものはありませんか?』
「はい、あります」
少女がそこから取り出したのは、一冊の絵本でした。非常に年季の入っていて、日に焼けた背表紙は薄くなって文字が読めないほどです。
「これに挟めばいいですか?」
『はい。そうしてください』
少女は、無作為に開いたページの中に、拳の中の花弁を落としました。
ひらひらと柔らかく落下する花弁は、緑の鮮やかな草原のページの上にのりました。それを見た少女の顔に、優しい微笑みが広がります。
「ロボットさん、ありがとうございました」
『いえ。お帰りにお気をつけて』
深々と頭を下げた彼女は、踵を返して去っていきました。
私は次の順番を待っていた方に、『お待たせしました』と断りを入れて、花弁を渡す仕事を再開しました。次の方は非常に優しい方で、「お気になさらず」と言って、私から花弁を受け取っていました。
数名に花弁を渡しながら、私は何度か少女が立ち去って行った先を、横目で確認していました。
最後に見えた少女の横顔は微笑んでいて、目線は胸に抱いた絵本に注がれていました。
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