第203話 大鬼退治
「愚カナ……貴様等ニ勝チ目ナド無イ!」
大鬼人の狼牙棒の先に今度は巨大な光球が発生する。咄嗟に身構えるクリスタ達だが、大鬼人は彼女らではなく、倒れているフラカニャーナに光球を放った!
「な……!?」「……ッ!」
まずは確実にフラカニャーナに止めを刺す気だ。自分達に向かって放たれると思って警戒したクリスタ達は咄嗟に反応が遅れた。巨大光球は動けないフラカニャーナに容赦なく衝突する……
「させませんっ!!」
……寸前でリズベットが割り込み、障壁でフラカニャーナを保護する。リズベットの障壁に触れた光球は破裂し、凄まじい衝撃派を発生させる。
「ああぁぁぁぁっ!!」
悲鳴と共にリズベットが崩れ落ちる。彼女の分厚い障壁でもダメージを軽減しきれないのだ。だがそれによってフラカニャーナは間一髪守られ、クリスタとイエヴァも大鬼人に攻撃する時間を稼げた。
「流石だわ、リズベットさん!」
クリスタとイエヴァは、これ以上大鬼人に魔法を撃たせまいと、素早く接近して攻撃に掛かる。物凄い風圧と共に薙ぎ払われる狼牙棒を屈み込んで躱したクリスタは、そのまま大鬼人の
「……!」
咄嗟に足を引いてそれを躱す大鬼人。そこに間髪入れずイエヴァがハルバートの穂先を突き入れる。電光石火と言って良い一撃だ。だが……
「フンッ!」
「……っぅ!」
何と大鬼人は突き出された槍の穂先に、正確に右手の狼牙棒を打ち当てた。持っているハルバートに途轍もない力が加わり、危うく手放しそうになるイエヴァ。何とか手放すのだけは堪えたが、衝撃で大きく身体が
大鬼人が持っていた左手の狼牙棒を真っ直ぐ突き出してきた。それはイエヴァのむき出しの腹部に直撃し、苦痛と衝撃で彼女の身体がくの字に折れ曲がる。勿論障壁が無ければ即死していただろう。
「ぐふっ……!」
身体が前のめりに折れ曲がり、後頭部が無防備に晒される。大鬼人は一歩踏み込んでその後頭部目掛けて、右手の狼牙棒を振り下ろす。
「させないっ!」
クリスタが両手のダガーを同時に突き出す。それは狙い過たず大鬼人の脇腹に吸い込まれた!
「やった…………ッ!?」
一瞬喜びかけたのも束の間、クリスタはダガーが
「馬鹿メ! 貴様等ノ柔弱ナ攻撃ガ、我ガ鋼ノ肉体ヲ貫通出来ルト思ッタカ!?」
「……っ」
クリスタが渾身の力で突き入れたはずのダガーは、大鬼人の筋肉に阻まれ内臓まで到達していなかったのだ。挙句に筋肉に挟み込まれて抜けなくなった。
クリスタは咄嗟にダガーを手放して飛び退ろうとするが、大鬼人がその腹に膝蹴りを叩き込む方が速かった。
「ぶっ……!」
やはりくの字に折れ曲がるように前のめりの体勢で、大きく吹き飛ばされるクリスタ。そのままうつ伏せに床に倒れ込む。
腹を押さえて悶絶するクリスタ。イエヴァも似たような状況だ。戦士隊でも最精鋭と言えるこのメンバーが手も足も出ない……。やはり〈競技者〉は、完全に〈市民〉の枠を飛び越えた一種の〈貴族〉と考えた方が良さそうだ。
それでいて体質的には〈市民〉であるので、神気にも耐性があり恐らくライカの神気放射も効かないだろう。そういう意味では神気という弱点が無い分、下手な〈貴族〉よりも厄介な相手と言える。
「フン……女ニシテハ楽シメタ方カ……。残リノ雑魚共ハ一気ニ片付ケルカ」
とりあえずクリスタ達が戦闘不能になったと判断して、未だ眷属と斬り結ぶカタリナ達を先に殲滅するべく、大鬼人が踵を返そうとすると……
「――らあぁぁぁぁっ!!」
「ヌッ!?」
大鬼人に後ろから斬りかかる屈強な女戦士……フラカニャーナだ。先程まで起き上がれない程のダメージを負っていたとは思えない程の力強さで、身体ごと勢いを付けて大剣を薙ぎ払う。
大鬼人はその斬撃を片方の狼牙棒だけで受け止めた。しかし武器を通して僅かに腕が痺れる感覚があり、驚きに目を瞠った。
「ホォ……ヤハリオ前ガ一番楽シメソウダナ?」
「ち……!」
全力の一撃を受け止められたフラカニャーナは、舌打ちしながら一旦飛び退って距離を取る。
「シカシ我ガ一撃ヲ受ケテ、コウモ早ク回復スルトハ…………フム、アノ女ノ仕業カ」
一瞬訝しそうな様子になった大鬼人だが、フラカニャーナが復活した原因にすぐに思い至ったようだ。その視線の先には苦し気ながらメイスを構えるリズベットの姿があった。
「柔弱な攻撃だって? 上等だよ! あたしの攻撃を受けてもそう言ってられるかい!?」
フラカニャーナが大鬼人の注意をリズベットから逸らさせる為に、敢えて大声で挑発しながら斬りかかる。飛び上がるようにして放たれた唐竹割りの一撃を、今度は二本の狼牙棒を交差するようにして受け止める。
「うおおおぉぉぉぉぉっ!!!」
獣のような咆哮を上げながら、怒涛の連続攻撃を仕掛けるフラカニャーナ。しかし大鬼人は二振りの狼牙棒を巧みに操って、その全てを余裕を持って捌き切った。
本来両手持ち武器は、手数が少ない代わりにその圧倒的な破壊力で敵を防御ごと打ち破れるのが強みだ。だが大鬼人はまるで取り回しの軽い小型武器を振るうように二本の巨大な狼牙棒を操り、しかも片腕でもフラカニャーナの両手持ちの全力攻撃を上回る程の膂力なのだ。
前提条件となる身体能力に差がありすぎて、1対1ではフラカニャーナにまず勝ち目は無かった。そう……1対1ならば。
「ふっ!!」
大鬼人の背後から鋭い呼気と共に、繰り出されるハルバートの一撃。イエヴァだ。リズベットの応急処置で戦線復帰したのだ。
「ヌッ!」
即座に反応して身を躱しつつ後ろを振り向きざまに、狼牙棒をカウンター気味に叩きつける。だが今度はイエヴァも反応出来た。
クリスタが良くやるように腹這いになる勢いで身を屈める事で、薙ぎ払われる一撃を躱しきった。だがすぐにもう一本の狼牙棒の追撃が……
「させるかぃっ!!」
足を狙うような軌道でフラカニャーナの斬撃。
「チィッ!」
大鬼人が舌打ちしながらその攻撃を受け止める。そこに間髪入れずイエヴァが今度は薙ぎ払うように斧刃を叩きつける。
大鬼人がその一撃を狼牙棒で受けると、次の瞬間にはフラカニャーナの大剣が風切り音と共に迫る。2人の女戦士は即席ながら抜群の連携で互いの隙を補い合うように、交互に攻撃を仕掛ける。
「ヌゥ、貴様ラァ……!」
その鬼気迫る勢いと 連携の前に、さしもの大鬼人が防戦一方となる。フラカニャーナとイエヴァの全力の連携攻撃を凌ぎ切っているだけでも、本来とんでもない事ではあるのだが。
だがこのまま膠着状態が続けば女性達に勝ち目はない。ここは魔素の満ちる空間であり、大鬼人にはほぼスタミナや魔力切れの心配がないのに対して、フラカニャーナ達はこの間にも刻一刻と体力や神力を消耗しているのだ。
一方的に攻めているようで、実際には決定打を見出せずに追い込まれているのは2人の方だった。彼女らの顔に焦燥が浮かぶ。
だがそこに……
「ムゥッ!?」
大鬼人の唸り声。その側頭部に小さな投げナイフが浅く突き立っていた。クリスタだ。彼女もまたリズベットの応急処置で動けるようになったのだ。
神力も込められていない小さなナイフは、大鬼人が煩わし気に頭を振っただけで簡単に弾け飛んでしまった。だがその一瞬の停滞は、熟達の戦士である2人にとっては待ち望んだ大きな隙であった。
飛び上がるようにしてイエヴァが大鬼人の頭目掛けて一閃突きを放つ。それは狙い過たず首元に吸い込まれ……る寸前で、大鬼人は身を捻るようにして寸での所で回避した!
「……!」
「甘イワッ…………ガッ!?」
勝ち誇ったような大鬼人がカウンターでイエヴァを吹き飛ばそうとしたが、それは自身の苦鳴によって中断される。
フラカニャーナの大剣が……大鬼人の腹、それも刺さったままになっていた
イエヴァの一撃に気を取られていた大鬼人は、同時に放たれていたフラカニャーナの攻撃への対処が遅れたのだ。
「キサ――」
「うるぅああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
クィンダム随一の怪力自慢のフラカニャーナの渾身の力で、浅く刺さっていたダガーが大剣と共に深く押し込まれ……遂に内臓に到達した!
そして大剣に込められていた神力は、ダガーを伝って大鬼人の体内に侵入。その剛健な肉体を内側から焼き潰した。
「ウゴオォォォォォッ!!! バ、馬鹿、ナァ……!!」
裂けた巨大な口から大量の血液を吐き散らしながら、大鬼人が倒れ伏す。いかに〈競技者〉と言えども、体内に神力を流し込まれれば他の〈市民〉同様、死は免れない。これは全ての進化種共通の弱点なのだから。
地響きと共に地に伏した大鬼人は、二度と起き上がってくる事は無かった。同時にその死を証明するように、カタリナら隊員達が戦っていた眷属共も消滅していく。
大鬼人を……〈
「ぐ……うぅ……」
「はぁ! はぁ! はぁ! ふぅ……!」
それを見届けて、糸が切れたように苦し気に四つ這いになってしまうイエヴァ。フラカニャーナも尻もちを着いて座り込んで、肩で大きく息をしていた。当然2人共全身は汗まみれだ。
リズベットから最低限の応急処置だけを施されて、全力で戦っていたのだ。体力は勿論の事、戦っている最中は忘れていた激痛がぶり返し、到底立っている事は無理だった。
「死んだ……のね? 流石に……ちょっと、キツイわね……」
クリスタもそのまま横座りの姿勢になって、荒い息を吐いていた。
「た、隊長! 大丈夫ですか!?」
眷属達の足止めに徹していた隊員達が、それぞれの隊長の元へ大慌てで走っていく。
「わ、私達は少し休んでいれば大丈夫よ。それよりリズベットさんを介抱してあげて……」
「……! あ、し、神官長様!?」
クリスタに促されて彼女の部下達は、青い顔をして倒れ込んだまま苦し気に呼吸しているリズベットに気付いて、慌てて何人かがその介抱に向かう。
元来が鍛えられた戦士ではないリズベットは、大鬼人の強力な魔法を二度も防いだ衝撃で身体に相当のダメージを負っていた。特に二度目の光球の魔法で肋骨か何かを折ったらしく、その激痛を押して3人の応急処置に奔走していたのだ。
瞬間的に消費した神力の量も相当な物で、身体のダメージも伴って半ば意識を失っているような状態になってしまっていた。
「はは……戦士じゃないってのに大したモンだよ、ホントに」
フラカニャーナの若干呆れたような言葉に、クリスタも小さく笑って同意する。
「全くね……。〈競技者〉を斃した真の功労者は彼女ね」
イエヴァの元にもカタリナら部下達が集まる。
「た、隊長……あの化け物を本当に倒してしまうなんて……。やはり隊長こそ真の戦士です!」
カタリナの感激したような言葉に、他の部下達もウンウンと頷いている。イエヴァはかぶりを振る。
「私だけじゃ到底無理だった。……それよりまだ任務は終わっていない。あいつの死体から鍵を探して」
「あ……そ、そうですよね。隊長はここでお待ち下さい。私達で探します」
地下組の任務は別に大鬼人を斃す事ではない。大鬼人が守っていたこの扉の奥にある要石を破壊する事こそが目的なのだ。
カタリナと何人かの隊員がおっかなびっくりという感じで大鬼人の死体を探る。やがて隊員の1人が大鬼人が身に着けていた金属製の
「隊長、ありました!」
「……じゃあ扉を開けて、奥の要石を破壊して。カタリナ、あなた達に任せる」
「え、ええ!? 私がですか!? た、隊長達は……」
いきなりの重大責任にカタリナが及び腰になる。イエヴァは再びかぶりを振る。
「私達はしばらく動けそうもない。大丈夫。要石自体は神術さえ使えれば誰にでも破壊出来る……らしい」
「し、しかし……」
「早くして。上では地上組が今も死闘を繰り広げている。この問答の時間さえ惜しい」
「……ッ! わ、解りました! やってみます」
地上組の事を思い出したカタリナは、ハッとして表情を改めると、意を決したように鍵を手に立ち上がった。他の隊からも比較的傷の浅い隊員達が選抜され、それに付き従う。
武骨な鍵穴に鍵を差し込むと、それはピッタリと嵌った。そのまま思い切って回すとガチャンッという大きな音と共に、扉が内側へ向かってゆっくりと開いていく。
中から魔素を伴った冷気がカタリナ達に吹き付けてくる。奥は整備されていない洞窟のような通路になっていた。カタリナはゴクッと喉を鳴らすと、付いてきた隊員達と共に洞窟へと踏み込んでいく。
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